2026年9月10日(木)、福岡・東比恵ビジネスセンターIIで開催された「Fujitsu Experience Day Fukuoka 2026」に、カラビナテクノロジーのロボティクスアーキテクト・原 広仁が登壇しました。
セッションは、この日の最終枠となる17:00からの「フィジカルAI最前線。自律する製造現場の創造へ ー Physical AI Nexus Japan in Kyushu ー」。
会場入口に掲示されていた一日のタイムテーブルを見ると、8本並んだセミナーのうち、この最終セッションの枠にだけ赤い「満席」の札が貼られていました。夕方17時からの最後のコマで、です。フィジカルAIというテーマに対する福岡・九州の関心が、掲示物一枚からはっきり伝わってきました。
この記事では、当日の空気と、登壇者それぞれが何を話したのか、そしてなぜ福岡・北九州の受託開発会社がフィジカルAIの話をしているのかを、社内の目線でレポートします。
「すべてのビジネスに、Data & AIの力を。」
Fujitsu Experience Day は、富士通が各地で開催しているビジネスイベントです。福岡開催となる今回のテーマは「すべてのビジネスに、Data & AIの力を。」。
人手不足、技術継承、業務高度化、そして変化し続ける市場環境。いま企業に求められているのは単なるデジタル化ではなく、データとAIを「実装」して現場と経営を動かす変革である——というメッセージのもと、製造・流通・金融・公共の実践事例と、体験型のデモ展示が一日を通して並びました。
事前申込は9月4日17時で締め切られ、以降は会場受付での対応。1階エントランスには受付、関係者受付、入場証返却カウンターが並び、朝から人の流れが途切れませんでした。
セミナーは朝10時から8本。自治体のAIガバナンス、ソーシャルデジタルツイン、医療の病床稼働最適化、モダナイゼーション戦略、ERP。扱う領域はかなり広く、その一日の締めくくりに置かれていたのがフィジカルAIのセッションでした。
「Physical AI Nexus Japan」が九州にやってきた
セッション名にある「Physical AI Nexus Japan」は、富士通のオープンイノベーション拠点 Uvance Innovation Studio(川崎)が主催してきたイベントシリーズです。
第1回は2026年6月15日に川崎で開催。定員を大幅に超える申込みがあり、補助席を追加するほどだったと聞いています。第2回は7月22日、テーマは「ヒューマノイド」。ハイパースケーラー、投資家、スタートアップ、事業会社と、普段は交わらないレイヤーのプレイヤーが一堂に会する場として回を重ねてきました。
その「Nexus(結節点)」が、今回 in Kyushu として九州に持ち込まれた。ここが個人的にはかなり大きなポイントだと思っています。
フィジカルAIは、東京や川崎の会議室だけで社会実装が進む技術ではありません。ロボットが動くのは工場であり、倉庫であり、港湾であり、建設現場です。そして九州には、自動車、半導体、鉄鋼、そして無数の中小製造業が集積している。「現実世界のAI」を語るなら、現場のある土地でやったほうがいい。今回のセッション構成は、まさにそれを体現していました。
40分、7人。行政・大学・メーカー・SIerが並んだ壇上
登壇者は次の通りです。
- 富士通株式会社 執行役員常務 川西 俊幸 氏
- 北九州市産業経済局 未来産業推進担当課長 福田 修 氏
- 九州工業大学 客員准教授 鈴木 章央 氏
- KiQRobotics株式会社 代表取締役社長 滝本 隆 氏
- カラビナテクノロジー株式会社 ロボティクスアーキテクト 原 広仁
- 株式会社ドーワテクノス フィジカルAI開発チーム 古田 唯可留 氏
- モデレーター:富士通株式会社 Head of Global Industry Hub 青柳 一郎 氏
進行は、富士通・北九州市および各社からPhysical AIの取組みを順に紹介し、最後に全員でのパネルディスカッション、という構成。持ち時間40分に対して7人。壇上の足元には赤い数字で「40:00」を刻むカウントダウンタイマーが置かれ、開始前からいい緊張感がありました。
会場後方には三脚を立てた撮影クルーが複数入り、客席には企業のスーツ姿から現場に近い装いの方まで。フィジカルAIの話を「未来の話」としてではなく「うちの工場の話」として聞きに来ている、そういう顔ぶれでした。
北九州市:フィジカルAIを「街づくりの戦略」に据える
最初に強い印象を残したのが、北九州市の福田さんのパートでした。
北九州市は、長期的な街づくり戦略の叩き台にフィジカルAIを位置づけている。そして国が進める地域未来戦略の地域産業クラスター計画において、フィジカルAI分野で第1号の認定を受けた。一自治体の産業振興策という枠を超えた話です。
掲げられているビジョンは四者それぞれに向いています。企業には生産性向上・新産業創出・産業集積。大学研究機関には研究の社会実装と人材育成。市民には便利で豊かな暮らしと新たな都市空間。行政には社会課題の解決と、そのモデルの世界展開。産業だけでなく市民生活まで含めて「魅力的な共生都市」を目指す、という組み立てでした。
目標は「日本一の社会実装都市」。現場から得られたデータをサプライチェーンに集約して産業クラスターを形成し、市民とAIが共生する町をつくる。そのための政策パッケージが4つ示されました。
- フィジカルサンドボックス:製造・物流・港湾などの現場で、行政自らがファーストユーザーとなり、規制改革を活用して実証を進める
- フィジカルAI社会実装ラボ:事業化への拠点
- 匠プロジェクト:研究開発と人材育成
- フィジカルAIと街づくり:技術やデジタルインフラと市民の暮らし・地域社会が調和する共生都市モデルの形成
さらに「実装フィールドコンシェルジュ」として企業の社会実装を徹底支援し、2030年にマイルストーンとなるKPIを設定している、と。
行政が「実証の場を用意します」ではなく「まず自分たちが使う側になります」と言い切るのは、なかなかないことだと思います。
九州工業大学:面で戦うためのオールアライアンス
続く九州工業大学の鈴木先生のパートは、視点が一気に世界に開きました。
アメリカ、中国、欧州、韓国、インド。フィジカルAIで各国が国家規模の投資を進めるなか、日本の一企業・一研究室が点で戦っても勝負にならない。だから産学官のオールアライアンスを組んで「面」で戦う、という話です。
具体的には、ロボットのデータを収集する基盤と、それを横展開する基盤をつくり、データモデルを共有する仕組みを構築していく。九工大をはじめとする研究力と地域企業の技術を融合させ、北九州市を介して地場産業に接続する。大学・行政・企業のそれぞれが何を担うのかが、はっきり線で結ばれた構図でした。
KiQRobotics:AIが賢くても、指先が硬いと現場は動かない
KiQRoboticsの滝本さんのパートは、フィジカルAIの議論がつい抽象に流れがちなところに、物理の話を引き戻してくれるものでした。
ロボットが作業をするとき、AIがどれだけ賢くても、対象に触れる指先が硬ければ導入は進まない。傷がつく、跡が残る、割れる。だから自動化できない現場が山ほどある。
そこで開発しているのが、ラティス構造を使った、柔らかさと耐久性を両立するロボットの「柔らかい指」。自動車のヘッドレストのような、傷や跡が許されない新製品をつかんでも問題がない。しかも1日で検証実験ができる。AIが高度でなくてもロボットが安全に作業できるようになる、という点が重要です。
製造、建設、航空、物流それぞれで開発戦略ロードマップを描き、ラボでの検証実験を回しているとのことでした。
カラビナが話したこと
私たちの番です。原からは、会社の立ち位置と、フィジカルAIをどう捉えているかを話しました。
DXから、AXへ
カラビナテクノロジーは福岡・天神を拠点に、これまでのDX支援からAIトランスフォーメーション(AX)へと軸足を移しています。今年6月には、棚の在庫をカメラで管理するAIプロダクトを商品化しました。
フィジカルAIは「高度なもの」だけではない
原が最も強調したのはここです。
フィジカルAIというと、高度な世界モデルや模倣学習といった話になりがちです。もちろんそこは面白い。ただ、現場が本当に困っているのは、もっと基礎的なレベルにもある。
数え切れないほどの部品の数。生簀のエビの数。人が目で数えて、紙に書いて、あとで転記している。こうした「数える」「見る」「記録する」レベルの困りごとに、フィジカルAIは今すぐ効きます。最上段の技術を待たなくてもいい。
工程と工程の「間」に人手がかかっている
製造業の現場を見ていくと、個々の工程はすでに機械化・自動化されていることが多い。人手が残っているのは、工程と工程の間です。運ぶ、置く、向きを変える、確認する。ロボットとロボットの間、機械と人の間、設備と基幹システムの間に、必ず「隙間」がある。
ここを埋めるのが、ソフトウェアの会社である私たちの仕事だと考えています。ヒューマノイドの活用も含め、この間を自動化していく必要がある。
そして、高度なものから基礎的なものまで、あらゆるレベルの自動化の相談を受け付けている、と伝えて締めくくりました。フィジカルAIの入口は、思っているよりずっと手前にあります。
ドーワテクノス:職人の指と、生産技術者のいない現場
最後はドーワテクノスの古田さんのパート。ここが個人的にはこの日いちばん引き込まれました。
話は赤福から始まります。三本の指であの美しい流線を描く職人技。あれをフィジカルAI化できるのか、という問いかけです。人間が持つ臨機応変さは、そう簡単には置き換えられない。そしてフィジカルAIの土台にはデータが要りますが、日本の製造業では大手を含めて、必要なデータが十分に揃っている現場はほとんどない。
そこでターゲットをどこに置くか。古田さんが選んだのは「生産技術者がいない現場」と「横展開できる作業」でした。
食品製造の現場などには、そもそもロボットを立ち上げられる技術者がいません。従来のプログラミング言語でロボットを動かすのは無理がある。だから、大規模言語モデルを使って、自然言語で指示を出してロボットを動かす仕組みを開発している。当日はそのデモも紹介されました。
面白いのは、システムの暴走を防ぐために作業内容を可視化するロジックツリーを併せて開発している点です。「AIに任せる」と「人が制御する」の折り合いを、仕組みでつけにいっている。北九州市立大学の研究者との共同開発で、環境スキャンの自動化や4足歩行ロボットへの移植も進めているとのことでした。
パネルディスカッション:最大の壁は、技術ではなくコスト
各社の紹介を終えて、モデレーターの青柳さんを中心にパネルへ。
青柳さんはまず、北九州の産学連携とエコシステムの仕組みがうまく機能していると評価したうえで、日本らしい現場オペレーションをAIで高度化していくフロントランナーになるのではないか、と期待を寄せました。
なぜ北九州なのか
その理由を福田さんが引き取ります。ものづくり企業の集積。20年にわたるロボット政策の積み重ね。ロボットフォーラムやSIerネットワークといった産学のネットワーク。そして空港、港、農地、介護施設という多様な実証フィールド。この四つが揃っている都市はそう多くない、と。
20年、という数字が効いていました。フィジカルAIが急に来たわけではなく、積み上げてきたものの上に今の局面がある。
壁は「コスト」
「社会実装の最大の壁は何か」という問いに対して、鈴木先生や滝本さんから返ってきたのは、技術ではなく費用でした。
企業単体の費用対効果だけで判断していると、この領域は永遠に前に進まない。コストをかけてでも社会課題を解決するという心構えが要る、という指摘です。
どこから手をつけるか
その流れで、原と古田さんが実務的な話を担当しました。
最初から大掛かりなAIにこだわらないこと。まずは「数を数える」ような身近な課題、まだ自動化できていない部分から、費用対効果を考えて着手すること。たとえば不良品の選別でスピードが必要ならコンピュータービジョンなどの技術も使いつつ、最終的にはライン全体の仕組みまで見据えて問題を解く。
古田さんからは、専門家を呼んで数十万円と数日をかけている段取り替えを、自然言語によるロボット操作で置き換えられたら大きい、という具体例が出ました。そして、フィジカルAIはあくまで手段であり、経営層と一緒に「どうやって儲けるか」というビジネスの文脈に組み込んでこそ筋が通る、と。
現場と経営の両方に足をかけた発言で、うなずいている来場者が何人もいました。
変化への対応力を、仕組みにする
青柳さんは、地政学や金融が激しく動くなかで製造業に求められるのは「変化への対応力」であり、それを現場の頑張りに委ねるのではなくプロセスとして仕組み化する必要がある、と話しました。日本の匠の技術や暗黙知をAIに組み込み、自社の製造現場だけでなく、設計開発の高度化やサプライチェーンのシミュレーション(デジタルリハーサル)まで、各社に合ったところから適用していく。
1社では作らない
締めくくりは川西さんです。
フィジカルAIに決まった答えはない。1社ですべてを作るのではなく、各企業が強みを持ち寄る。北九州市のように、国・大学・行政・企業が官民学で連携してエコシステムを構築し、社会実装していくことが重要である、と。
人間とロボットの仕事の分解を進めながら、北九州での実証を通じて新しい事業と競争を生み出していく。そう確認して、40分のセッションは終わりました。
なぜ、私たちがフィジカルAIなのか
カラビナテクノロジーは福岡に本社を置き、北九州、東京、大阪、宮崎、奈良、仙台に拠点を持つ開発/DXコンサルティングの会社です。ロボットメーカーではありません。
それでもフィジカルAIに向き合っているのは、北九州という土地で仕事をしているからです。
北九州は、ものづくりの街です。そして同時に、人手不足と技術継承という課題が最も先鋭的に現れている街でもあります。ここで「ソフトウェアで何ができるか」を突き詰めていくと、画面の中だけでは完結しない。現実の機械が動き、人が汗をかいている場所まで降りていく必要がある。
今年7月には、ATOMica北九州で「北九州フィジカルAIミートアップ #1」を自主開催しました。地域の技術者や企業の方に集まっていただき、この領域で何ができるかを話す場です。
行政が街づくりの戦略に据え、大学が世界と面で戦う体制をつくり、メーカーが指先の硬さと格闘し、開発者が生産技術者のいない現場に自然言語でロボットを届けようとしている。その並びのなかで、私たちが担うのは工程と工程の隙間です。派手ではありませんが、ここが埋まらなければ、どんなに優れたロボットも現場では回りません。
そして「最大の壁はコスト」という結論は、裏返せばソフトウェアの出番だという話でもあります。大掛かりな設備投資の前に、数を数えるところから、隙間を埋めるところから。費用対効果が合う入口を一緒に探すことが、私たちの役割だと思っています。
満席の会場で、行政・大学・メーカー・大手ベンダーと同じ壇上に立てたことは、その立ち位置が間違っていなかったことの、小さな証明のように感じました。
一緒にやりませんか
フィジカルAIは、まだ誰も正解を持っていない領域です。だからこそ、教科書を読んで追いつくのではなく、現場に入って自分で正解をつくりにいける人にとっては、面白い時期だと思います。
カラビナテクノロジーでは、ロボティクス/フィジカルAI領域に関わるエンジニアを募集しています。ロボットの経験がなくても構いません。現場に入り込んでシステムをつくることに関心がある方、地方のものづくりを技術で押し上げることに興味がある方と話してみたいです。
まずはカジュアルにお話しするところから。北九州のオフィスでも、オンラインでも大丈夫です。