僕は、対話ってすごく大事だと思っています。
人って、どうしても感情で見るし、自分の見えている範囲で判断してしまう。
僕も当然そう。だから、一人で考えていると普通に視野が狭りがちです。
で、気づいたら
「自分は間違っていない」
「こっちが正しい」
みたいな話になっていく。
大事なのは、正しいか、間違っているかを競うことじゃなくて、
何がベストなのか。
何がよりベターなのか。
どうすれば、もっと良い結果に近づけるのか。
そこを話すことだと思っています。
もちろん、
ここで言う「ベスト」は、誰か一人にとって都合のいい答えではありません。
相手の立場もある。
現場の事情もある。
感情もある。
リスクもある。
できない理由にも、ちゃんと意味があることがある。
だからこそ、それを出して話す。
僕は、反対意見も必要だと思っています。
「それは難しい」
「そのやり方は危ない」
「現場では無理がある」
そういう意見は、むしろ出してほしい。
ただ、そこで思考を止めたくない。
難しいなら、何が難しいのか。
無理なら、何が無理にしているのか。
その条件を変えたらできないのか。
別のやり方はないのか。
僕は、「できないと言うな」と言いたいわけじゃない。
できない理由で終わるのをやめたいんです。
できない理由は、諦めるために使うものじゃなくて、
実現する方法を考える材料にしたい。
論理の使い方も同じだと考えてます。
人を言い負かすために使うものじゃない。
人を成長させるために使う。
人を守るために使う。
そして、自分を正当化したり、保身するためには使わない。
ただ、論理だけが正しいわけじゃない。
感情や違和感も、その人が見えている大事な情報だと思っています。
うまく言葉にできなくても、
「なんかおかしい」
「怖い」
「納得できない」
そこには、何か理由があるかもしれない。
だから、論理で感情を押しつぶすんじゃなくて、感情も含めて考える。
その上で、より良い答えを探す。
あと、何でも動けばいいとも思っていません。
動かないという判断もあります。
待ったほうがいい時もある。
情報が足りない時もある。
今は動かないほうがいい時もある。
でも、
動かないなら、自分なりにその意味は持っていたい。
何のために今は待つのか。
何を守るために動かないのか。
何を見極めようとしているのか。
動くことが正義じゃないし、
止まることが悪いわけでもない。
目的に対して、どちらが良いかを考えればいい。
だから僕は、人と話します。
自分一人で見えている世界なんて、たぶんかなり狭いです。
人と話して、
違う視点をもらって、反対意見も聞いて、
自分が違っていたら直せばいい。
別に、僕が正しい必要はない。相手が正しい必要もない。
最後に、今より良い答えに辿り着ければいい。
僕は、そのために人と話します。
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