こんにちは、Growthチームの野田です。
私は高専卒業後、いわゆる大手のものづくりメーカーを2社経験し、Natureにjoinしました。
Natureでは法人顧客向けの営業や協業案件を担当しています。
今回は少し個人的な話として、メーカーからベンチャーに移って感じたことを書いてみようと思います。
前職での日々は決して嫌いではありませんでした。優秀な人たちに囲まれた恵まれた環境だったと感じていますが、それでもどこか狭苦しさのようなものも感じていました。
その狭苦しさの原因が、実は自分が当たり前だと思っていたことのなかには壁があったことなのだと、Natureに来てから気づいた・・・そのことについて、この場を借りてお話しできればと思います。
目次
- 大手にあった、2つの壁
- 「技術」起点ではなく、「ブランド」起点のものづくり
- スピード感は、小さな組織だからこそ裁量の広さではなく、やりたいことを始められる自由がある
- それでも、大手メーカーにいた経験で仕事をしている
- 一方で、歯車ではいられない
- おわりに
大手にあった、2つの壁
過去在籍した2社で、私はハードウェアの商品企画・事業開発に携わっていました。
担当した商材は、自分でも実際に身近に使うことがあるような小売業界向け製品から、自分ではなかなか触れることのない産業用途の精密機器まで、さまざまでした。
これだけ性質の違うものを見てきましたが、振り返ると、製品の特性によらず共通する2つの「壁」がありました。
一つ目は、縦割りの役割分担です。
企画・開発・営業・管理など、それぞれが専門の領域を持ち、一つのチームとしてプロジェクトを推進していました。
営業は顧客からニーズを持ち帰り、企画である私は要求仕様を固め、設計がそれを形にする。設計者の技術力は本当に高くて、こちらが出した難しい要求もきちんと実現してくれる。さらに管理が実際のものづくりまで落とし込んでくれる。
私はその力を信頼していましたし、この分業はとても合理的なものでした。
正直に言えば、当時これを不満に思ったことはありません。顧客への価値提供をどう高めるかを考えることが、企画として当たり前の仕事だと思っていたからです。
裏を返せば、製品の価値を考える範囲を、「顧客価値を高める」という企画の立場からしか捉えていなかった。それが「壁」だったと気づいたのは、Natureに来てからです。

二つ目は、スピード感です。
大手には、大口顧客に対する中長期の開発案件を優先する力学があります。
売上規模も大きく顧客価値も高い、となると、開発は必然かつ予定調和なものとなりがちでした。
一方で、鮮度の高い小さなニーズを拾って早く形にしたくても、確度が低い・売上規模が小さい開発着手には時間がかかる。
判断材料を積み上げてから動けば市場に遅れ、遅れれば見込みが下がり、また積み直す。
そんな堂々巡りを、何度も経験しました。
それでも、ものづくり自体を嫌いになったことは一度もありません。
多岐にわたる部門がぶつかり合いながら一つの製品に仕上げていく過程は、いつも面白いと感じていました。
だからこそ、このスピード感の壁がない環境でものづくりに向き合ってみた
い。そう考えたことが、転職を決めた直接の理由です。

「技術」起点ではなく、「ブランド」起点のものづくり
先に、私の理解を書いておきます。
Natureは「家電を便利に動かす会社」ではなく、「家庭のエネルギーの使い方を変える会社」です。
そしてその変化をつくっているのは、技術力はもちろん、発想が柔軟で、Natureというブランドを自分ごととして大切にできるエンジニアたちです。
そのことを最初に実感したのが、商談の場でした。
Natureに来てまず驚いたのは、エンジニアが商談の早い段階から同席してくれること。ただ、本当に新鮮だったのは同席そのものではなく、そこで返ってくる答えの「軸」でした。
ある商談で、顧客から機能の仕様変更を求められたことがあります。大手時代なら、私がそれを要求仕様に落とし込み、設計者から返ってくるのは「それを満たすための設計解」でした。
しかし、Natureのエンジニアから返ってきたのは、
「その要求はブランドの世界観と合っているか」
「製品・ソリューションのコンセプトがぶれないか」
「ここで作るものは、将来の機能拡張につながっていくのか」
目の前の顧客の要求を、製品あるいはソリューション全体の文脈に置き直した考え方でした。
この考え方が、顧客価値が高い = 顧客の要求仕様を満たす製品、という考えをベースにしたメーカーのものづくりしか知らない私にとって、とても衝撃でした。
大手時代、ものづくりの起点は「自社の技術」でした。
自社の技術をもって顧客要望にどう応えるか、それが開発の主軸であり、提案の軸になっていました。
一方、Natureでは「ブランド」や世界観が起点になっています。
だれに相談してもNature全体を捉えた考えがベースにあることで、目の前の一社だけでなく、その先の商談まで見据えたものづくりができる。
顧客が求めるものをただ実現するだけでなく、Natureが作りたいもの・作るべきものを作る。
社員全員が同じ方向を向いてブランドの価値を高めようとしている感覚は、大手にいたときには持てなかったものです。

なお、Natureが何を目指している会社なのかは、私が説明するより本人たちの言葉のほうが正確です。ここで語り切れる話ではないので、ミッションやメンバーのnoteもぜひ覗いてみてください。
スピード感は、小さな組織だからこそ
裁量の広さではなく、やりたいことを始められる自由がある
意外に思われるかもしれませんが、Natureでの裁量そのものの範囲は、メーカーにいたときとそれほど変わりません。
しかし、ものごとが進むスピード感は全く違います。
何が違うのか・・・それは「承認プロセスが圧倒的に少なくなったこと」だと感じています。
「担当の裁量範囲」と「承認が必要なライン」は、明文化こそされていませんが、はっきりしています。
判断材料さえ揃えば承認はすぐに出るので、かつて悩まされた「事業判断の承認プロセス」がいい意味で流動的で、プロジェクトの進み方がとても速いです。
メーカーにいた頃は、承認プロセスが課長→部長→事業部長→役員のように何階層にもなっており、何度も会議開催が必要だったり、承認者によって説明内容を少しずつアレンジしたり・・・と、とにかくその準備だけでも非常に大変だったことを覚えています。
もちろん、自分の考えだけで事を進めているわけではなく、一緒に働くほかのメンバーとも日々ディスカッションを重ねています。
ほかのメンバーとの距離感の近さも、スピード感の違いを感じる理由の一つかもしれません。
また、「やりたいことを始められる自由」もスピード感を感じる理由にもつながっていると感じています。
メーカー時代は、自分の役割に沿って、上から任された仕事をやることがメインでした。
しかしいまは、「これやったほうがいいのでは」と思ったことを、自分から声を上げて推進できる。
裁量が広くなったというより、自分の役割を飛び越えて「やりたいことを始められる自由」が私にとってはとても新鮮でした。
それでも、大手メーカーにいた経験で仕事をしている
ここまで書いてきましたが、Natureに来て、改めて実感したこともあります。
それは、メーカーで過ごした時間・経験そのものが、いま仕事の武器になっていることです。
かつて自分が所属していた規模の組織が、いまは顧客です。
だからこそ顧客の事情が手触りで分かる。
繰り返される承認プロセスや稟議、リスクを取りたがらない姿勢、開発・営業・管理で噛み合わない方向性。
どれも自分が内側で経験してきたことです。
しかし、そのおかげで相手の社内の進み方に寄り添えるし、そのうえで「どう出せば通るか」を織り込んだ提案ができます。
そして逆方向にも効きます。
顧客がなぜそう動くのかを、Nature社内に説明できる。
大手とベンチャー、両方の「当たり前」を通訳しているような感覚があります。
一方で、歯車ではいられない
大手を機械にたとえると、社員一人一人は小さな歯車です。
自分がいなくなっても、たいていのことは回る。「自分がいないと困るはずだ」と思っていたとしても、たぶんそれはうぬぼれで、上司や周囲がサポートに入り、あとは会社への信頼でどうにかなってしまう。
しかし、Natureではそうはいきません。
商談での自分の一挙手一投足がそのまま結果を左右することがあるし、自分のところで業務が止まれば、その分だけ売上が遅れます。
会社の看板や信頼が個人の不足を埋めてくれる、という前提がない。
だから常に緊張感があります。
ただ、自分の動きが直接跳ね返ってくる感覚は、歯車でいたときには得られなかったものでもあります。
おわりに
「縦割りの役割分担」と「スピード感」
この2つの壁は、組織の規模や仕組みが生む、ある意味で合理的な結果だったのだと思っています。
役割を明確に分けたほうが速く確実に進む規模では、その分業こそが正しい。
一方で、分業がゆえに責任範囲を明確にしたがり、部門を横断した考え方という文化が弱い。
「壁」だと感じたものは誰かの怠慢ではなく、組織規模ゆえの構造そのものでした。
そして厄介なのは、その構造が「当たり前」として共有されていることです。当たり前になったものは、もう壁として認識されません。
私がスピード感の不満だけを理由に会社を出たのも、もう一つの壁が当たり前の顔をしていたからでした。
Natureでは、その構造が違います。エンジニアが顧客の声を直接聞き、ブランドの視点で提案をくれる。判断のラインが見えていて、速く動ける。
これらは、なんとなく良い雰囲気で成立しているのではなく、Nature全体が同じ絵を共有してものづくりをしているからこそ成り立っているのだと感じています。
私は、メーカー時代からエンジニアと開発案件の議論するのが好きでした。自分の作りたいものを実現してくれるエンジニアと二人三脚で試行錯誤していた日々は、いまでも貴重な経験だったと感じます。
ただ、「顧客のほしいもの」と「自分たちが作りたいもの」、この違いに気づけたのは大手で「当たり前」の側を経験してきたからです。
Natureは常に顧客と対等に、協業するという姿勢を崩しません。
それは、自分たちが世の中にとって必要だと考えるものづくりを追い求め続けているからだと感じています。
同じような狭苦しさを感じている方に、少しでも参考になればうれしいです。