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常識を疑うことと、非常識であることについて

(画像に意味はありません。はぁ〜、ニャンコかわええ...。)


こんにちは。GMW原です。

例えば、返信用封筒が入った郵便物が届いて、なにかしらを記載して、返信用封筒に入れて送り返す、みたいなときってあるじゃないですか。

その返信用封筒の宛先に「○○行」って書いてあった場合、「行」を二重線で消して「御中」とか「様」に書き換えるみたいな礼儀という名の儀式があるじゃないですか。

なんてメンドくさい。過労死させる気か。

僕も子供時代に親に「消して書き直しなさい」と教わったのでそれが常識なんだなと思い、30代前半くらいまで律儀にやってた気がします。

途中で「これに何の意味があるんだろう」と考えるようになりました。
「最初から『様』って書いてくれればいいじゃん」とか「ああ、それだと差出人が自分のことを『様』って呼ぶことになるのか...」とか考えていくうちに「なんて、なんて無意味なんだ...(絶望)」と思い、書き換えることを止めました。

「労力的に少しじゃん」とかそういうことじゃないんです。
無意味な労力を掛けること自体がアカンのです。
この意味のない儀式をするくらいだったら、この際「アイツ非常識だな」と思われてもいい。
もうついでに「ああ、もうアイツ非常識なヤツだし、仕方ないよね」と諦められるくらいのほうがいい。
面倒な思いをするよりそっちのほうが生きやすい。

仕事も同じくです。
これまでの常識を疑い、無意味な儀式をやめ、相手に寄り添いすぎることを止めることは業務の最適化や合理化にとって重要だと、個人的には思います。

業務は(適切に)合理的である必要があります。
本質ではない業務に工数を掛けることは多分誰しもが幸せなことではありません。
合理的な仕事をしたければ、是非GMWへ(ステマ)

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