ECをやることが目的ではない。提供価値をどう変えるか。
日下
私はファーストリテイリングに入社してもう25年近くになりますが、この間、ユニクロは想像を超えるスピードで成長を続けてきました。地方から東京に進出して瞬く間に国内NO.1のSPAに登り詰め、そして一気に世界中へ展開してきました。私もかつてニューヨーク5番街店の立ち上げ時の店長を任され、他の世界的なブランドと勝負してきました。一方、米国では社会のデジタル化が急速に進み、既存の産業の枠組みが覆されようとしていました。
大谷
UberやAirbnbなどがまさにそうですね。デジタルのテクノロジーで新しいビジネスモデルを編み出した企業が次々と台頭し、いままでの産業構造を破壊して革新的なサービスを社会にもたらしています。
日下
アメリカに駐在していた頃から薄々感じていたんだけれども、実は我々が戦うべき相手が変わってきているんじゃないかと。ファッション業界にもUberやAirbnbと同様のことが起こらないとは限らない。そんな折、柳井社長が「ECを本業にする」というビジョンを掲げ、帰国した私が責任者としてそれをリードすることになりました。そして、そこに私が漠然と感じていた不安に対する「解」があったように思います。誤解を恐れずに言えば、「良いモノを大量生産して安く売る」という従来のユニクロの商売は、転換点に来ている。売れ筋の商品はどうしても欠品しがちで、人気のない商品は在庫が溜まる。無駄が多くては、お客様も我々もハッピーになれない。では、どうすればいいかと言えば、答えはシンプルで「お客様が欲しいものを、欲しい時に、欲しいだけ」提供すればいい。これまでは、サプライチェーンの終点にお客様を位置づけていましたが、これからはお客様を「起点」に商売をしていく。ECを本業にするというのは、まさにその仕組みを創り上げることです。我々がこれから挑もうとしているのは、いわばユニクロ発の「産業革命」だと捉えています。
王
いま日下さんが言ったことは、これまでグローバルでリアルな商売を極めてきたユニクロだからこそ見えるものだと思うんです。だからECを本業にするというのも、目指しているところが他の企業とはまったく違います。我々はただネットで商品を売りたいわけではありません。ユニクロはすでに国内外で2,000を超える店舗を展開しており、それが我々の強みでもあります。お客様にとってみれば、ECだろうが店頭だろうが関係なく、欲しい商品が欲しい時にすぐに手に入ればいいわけです。そこでいま、我々はECと店舗をO2Oで連動させて、それがかなう環境を構築しようとしているわけです。
ECに関わることはすべて自ら担い、自らの意思で動かしていく。
高田
ECを本業にすることを掲げてから、社内はいっそうダイナミックになっています。以前はECに関する機能を外部に依存していることも多かったのですが、それだとやりたいことがスピーディに実現できない。そこで、必要な機能はすべて自ら手がけ、責任を持つという方向に大きくシフトしています。私がいまリードしている物流機能もそうです。1年ほど前から、それまで社外のパートナーに依頼していた物流業務を自社で管理すべく、有明に自動倉庫を導入することで物流オペレーションを内製化しました。商品を作るところからお客様に届けるところまで、End to Endですべて責任をもって商売していく。すべてを自らコントロールしてこそユニクロならではの価値を発揮できますし、我々自身も挑戦しがいがあると考えています。
大谷
私はEC関連のIT責任者を務めていますが、システム開発についても強力に内製化を進め、それをグローバルに展開していこうとしています。先ほども王さんが言った通り、我々が目指しているECは他の企業とは異なり、実現のための難易度も非常に高いです。そもそも、いまグローバルでECを成功できている日本企業はほとんどありませんし、商品そのものを自社で作っている企業がECを手がけている例もほとんどない。そんななかで、我々には「商品」と「店舗」という大きなプレゼンスがあります。単純にECをやるだけではなく、自分たちの強みである商品・店舗を活かしながら、世界中のお客様がいつでもどこでも自由にユニクロを買っていただける仕組みを創ることが、いまの我々のミッションです。きわめてチャレンジングですが、いまとてつもないスピードでそれを形にしようとしており、日々興奮しながらチームを率いています。
日下
大谷さんのチームは文字通りグローバルだよね。
大谷
ええ、さまざまな国籍の人材が集っていて、みんな思想も価値観もバラバラ。彼らにユニクロの文化や哲学を理解してもらってベクトルをひとつにし、グローバルで強い組織を作っていくのは面白いですね。
王
「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」というのは当社のステートメントですが、ECではまだそこまで至っていない。それを含めてあらゆる領域で「世界一」を目指していきたいですね。
お客様を起点としたECを追求すれば、必ずユニクロは「インフラ」になれる。
日下
私たちが目指しているのは、ユニクロのなかった社会が考えられない状態になること。いわば我々のECが電気や水道のような「生活インフラ」になることで、そこまで到達しなければ本当に世界一になったとは言えません。そのポテンシャルは十分に秘めていると私は思っています。事実、いまや世の中を見渡すとユニクロの着用率は非常に高いです。子供の保護者会などに参加しても、周囲の親御さんから口々に「ユニクロさんにはいつもお世話になっています」と声をかけられるし(笑)、たぶんここまで人々の暮らしに影響を与えている企業は他にない。でも、一方でまだまだ不満もたくさん寄せられていて、それは我々への期待の裏返しでもあり、我々がさらに進化できるチャンスでもある。
大谷
答えはお客様が持っていらっしゃるんですよね。お客様に寄り添ってくことで「世界一」に近づいていく、そういうことだと思っています。
日下
ユニクロはECでも世界を制することのできる可能性がある数少ない日本企業だと思う。既存のEC事業者のほとんどは、商品を売るためのプラットフォームでしかない。One to Oneマーケティングは実現しているけれども、お客様は必ずしもパーソナライズされたいわけではなく、欲しい商品をストレスなく買えることを望んでいらっしゃる。お客様を起点としたECを実現することで、本当にお客様が欲しいものだけが分かるようになる。「究極の完成品」を作って提供できるようにしたい。
高田
物流や配送についても、お客様の期待を超えていきたいですね。現状ではECは注文して指定された配達日時まで待つのが当たり前ですが、お客様にしてみれば好きな時に好きな場所に届けてほしい。すでにネットで注文して店舗でピックアップする仕組みは確立していますが、場所や時間を選ばずに配送できるようにするには、まだまだ大きなハードルがあります。どうすれば乗り越えられるのか、知恵を絞っているところです。
日本発信で世界を変えられるチャンスなど、そうそう手に入らない。
王
我々が目指しているのは、お客様にとっては空気のように使えるECですが、その一方で、店舗のスタッフにとっては負担にならず、デジタル技術で業務を効率化して余った時間を接客に注げるようにしたいという思いもあります。これを高いレベルで両立させるのは非常に難しい。また、ユニクロのお客様は老若男女あらゆる年代の方々がいらっしゃり、デジタルに詳しい方ばかりではありません。そうしたお客様にも喜んでいただけるようなECを模索しなければいけません。
高田
そうしたチャレンジをグローバルに展開していかなければならず、そのスケールに圧倒されることもありますが、逆にモチベーションにもなっています。
日下
確かに次から次へと難題が押し寄せてきて、無限にチャレンジし続けなければならないんだけど、それがユニクロの醍醐味だと私は思います。後で振り返った時、到達している地点の高さに我ながら驚くことがたびたびあって、だからこそ私はユニクロでここまでキャリアを重ねてこられました。
大谷
私はITの専門家ですが、ユニクロでは特別扱いされないのがいいですね。我々が実現したい世界は決してITだけで成し遂げられるものではなく、業務側のメンバーと一丸になって総力戦で挑まなければならない。それが私にはとても心地いい。そして、先ほど日下さんもおっしゃっていましたが、ユニクロの服は家族も含めて身近な多くの人に愛用されているので、自分が新たに創り出した仕組みでたくさんの人を喜ばせることができる。そして、物理的な世界を大きく変えていく。たぶんIT企業に身を置いていたのでは、そんな実感は味わえなかったと思いますね。
日下
我々が求めているのは、「ハイテク企業に行きたい人」ではなく、何かしらの専門性を持ったうえで「商売がしたい人」。商売とは何かと言えば、お客様にユニクロの商品を通して喜んでいただくこと。その総力戦に大いに魅力を感じる方に、ぜひ参画してほしいと思っている。
王
いま我々は本当にいいポジションにいると思うんですよね。世界中に店舗網を持ち、ブランド力もある。豊富なリソースもある。我々がECを繰り広げていくことでこれから世界に与える影響力はとても大きく、自分が手がけた仕事が社会に痕跡として残る。それを日本発信でできるチャンスというのは、そうは得られないと思いますね。
日下
デジタルで商売に革命を起こせる日本企業は、ユニクロをおいてきっと他にない。10年後のユニクロの商売は?と聞かれたら、それを表現する概念がいまの日本語にはないぐらいまで進化している。それぐらいの志を抱いていま事業に臨んでいるし、ユニクロが手がけるのは生活を豊かにするLifeWearであり、この産業革命が成就した暁には世の中の人々がよりハッピーになれる。ユニクロでしかできないことに、ぜひ志を同じくするみなさんと一緒に挑んでいきたいと思います。