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教育で社会を豊かにする。リクルートをやめて東大で研究、教材開発の道に進んだ研究者の話。

教育に関する仕事をしたいけれど、教員免許もないし今からでは遅いのではないか。今から大学に入って研究に携わることなどできないのではないか。教育に携わりたいと思っても、なかなかその一歩を踏み出せなかったり、今さらどうしたらよいのかわからないという社会人もいるかもしれません。

教育と探求社 開発部マネージャーの福島創太は、早稲田大学法学部卒業後、株式会社リクルートに入社。転職サイト「リクナビNEXT」の企画開発等さまざまな業務に携わった3年間の勤務ののち、「教育の研究をしたい」と東京大学大学院教育学研究科修士課程比較教育社会学コースに入学しました。2017年には教育と探求社に入社し、現在中学高校に向けた教育プログラムの制作などを行うとともに、東大博士課程で研究を行っています。

中途採用や人材を扱っていた彼が、なぜ社会人となってから教育の研究をするために大学院にいったのか。そしてどのようにして今教育の仕事に携わっているのか。現在の仕事と、人生を通じて実現したい教育への想いについて聞きました。

子どもたちが「ついやりたくなる」教材をつくる

ー現在どのようなことをしているか教えてください。

探究学習プログラム「クエストエデュケーション」の教材開発をしています。

教育と探求社では、学校現場で「主体的・対話的で深い学び」を実現するための中高生向けプログラムを開発しています。そのプログラムの企画から開発、制作までを担っており、実践した生徒たちの事前事後の変容を分析する研究も行っています。

また、生徒たちがプログラムをとおして本質的な学びを実践するためには、先生や企業の方々、つまり関わる大人たちのありかたがとても大切です。教育と探求社では、先生や企業の方々が集まり生徒たちとの関わり方について考えるワークショップなどを開催しており、そうした場の設計にも関わっています。

ー「生徒たちが変わった」「先生が変わった」という話をよく聞きます。教材はどのようにして作られているのでしょうか?

そうですね、教材開発では、まずは子どもたちにどんな価値を届けるのか議論を重ねるところから始まります。

はじめは、今の学校教育や子どもたちの現状を広く見ながら、「彼らが大人になった時にはどんなふうな世界になっているんだろう」「今彼らはどんな機会に出会うことが豊かなんだろう」といったことを議論します。

それはもしかすると哲学的で、はたから見ると教材開発をしているようには見えないかもしれません。でもそうして議論を重ねるうちに、「主体性や創造性を育むことが豊かなのではないか」とか、「子どもたちはこんな瞬間に学ぶのではないか」とか、「多分こういう学びが必要なんじゃないかな」といったことが見えてきます。

そうして生まれた「届けたい本質的な学び」があるわけですが、これを今学校現場で注目されていたり必要とされていることとあわせて実現できないかを考えていきます。今だと、学校教育がアクティブ・ラーニングを行おうとしていたり、テーマとして「キャリア教育」や「SDGs」が意識されていることが多いです。

どんな学びを届けたいかというのが先にあって、そこからテーマが立ち上がり、そのテーマを子どもたちが主体的に学ぶとしたらどんなストーリーだろうか、ということを考えて、それをプログラムの形にしていきます。

その後は実験授業をしたり、作っては壊し、作っては壊しでようやく一つのプログラムができています。

探究学習プログラム「クエストエデュケーション」ワークブック

ー届けたい本質的な学びとは何かを考えるところからはじめていると。「子どもたちが主体的に学ぶ」ためには、どのようなことを工夫しているのでしょうか?

子どもたちのやりたいという気持ち、情動を扱うことを意識しています。

生徒たちにこんな学びをしてほしい、こんな知識を獲得してほしいということがあるとき、それを生徒たちがやらされ感なくできるように意識してプログラムを設計しています。彼らの感情の動きとか、面白い、楽しい、ワクワクする、やってみたいというエネルギーを大切にして、気づいたら考えている、学んでいる、取り組んでいるという状態を作りたいんです。

たとえば「社会課題を考えてほしい」といったとき、「世の中の社会課題にはこんなことがあります」「大人はこんな実践してるよ」というような内容がありがちなプログラムの形です。

しかし、「こういうふうにやればよい」と大人の見本を見せるのでは、子どもたちはやらされ感を感じます。そうすると彼らはその瞬間やってもその後は決して続かないし、その経験が10年後彼らの糧になっていて意識を変えるようなことにはならないと思います。「大人はこれを求めているんだな」と忖度して取り組むことになる危険性もあります。ぼくはそうした状態を「隷属する主体性」と呼んでいるのだけど、大人の顔色を窺いながら「これがやりたい!」と言ったり、主体性の名のもとに正解探しをするようになるようなことは絶対に避けなければならないと思っています。

やはり、自分たちが獲得したものや自分たちが葛藤を越えて「こうしたい」と思ったものが、ずっと続く発見や気づきになると思います。社会課題というテーマを扱うにしても、誰かにやり方を教えられるのではなく、彼ら自身が課題を見つけるとか、彼らが自分たちの葛藤の中で解決する方法を考えてみる。歩んでいく中で一個一個獲得していくような設計が生徒たちにとってもいいし、関わる大人たちにとっても子どもたちの真の可能性に気づけたり、自分達の古い価値観やフレームに気づくきっかけになると考えています。

ー「やりたい」という気持ちに寄り添ったプログラムということですが、どうしたらそのような教材を作れるのでしょうか?

あるテーマについて教材を作ろうとしたときに、「子どもたちが主体的に学ぶとしたらどういうストーリーだろうか」ということを真剣に考えています。

たとえば「新商品開発をしよう」というテーマでプログラムをつくったとき、まずは商品開発のタネを自分たちで見つける段階を設計しました。けれど、大人の教科書にあるように「行動観察をしよう」では面白くないし、やりたくない。そこでどういう問いだったら面白く、心からやりたいと思うだろう、というのを真剣に考えていくのです。そこから「日常のあるある」をブレストする、という問いが立ち上がりました。

「これはやりたくない」「これは面白い!」「ここでこういきたいけど、こうなると気持ちが離れる」、中学生高校生の時の記憶を引っ張り出したり、最近の中高生の感覚を調査したり、実際に若い人たちにやってもらったりして、何度も実験しています。そうしたプログラムの開発は実はものすごくシビアにやっていて、作っては壊し作っては壊しを繰り返しやって、一つのプログラムを完成させていっています。

リクルートで3年、東京大学大学院へ

ーもともとはリクルートでお仕事されていたとのことですが、なぜ大学院で研究をすることにされたのですか?

いろんな問題ってやはり個人の意思決定の問題だなと思うことがあって、それは教育に課題があるんじゃないかと。教育をなんとかしていきたい。そう考えるようになり、大学院で教育の研究をしようと決めました。

大学時代に所属していたゼミで、裁判員制度やら売春やら自殺やらたくさんの幅広い社会課題に向き合っていた時期がありました。そうした経験も大きく影響していると思います。

もともとリクルートに入ったのも、個人の意思が大事だと考えていたからです。転職や就職を扱っていて、みんなが自分のやりたいことをやれたらいいなという想いがありました。新規事業やチームのリーダーを経験させてもらい、3年間、とても恵まれた環境だったと思います。ただ、30歳になるときに自分の人生のテーマを決めたいと思っていたのですが、教育という分野や研究という領域を試さずに30歳を迎えたら後悔するんじゃないかと思い、大学院に行くことにしました。

ー3年間いた職場をやめて大学院に行くのは、大きな決意があったと思います。

それはもう、めちゃくちゃ悩みました。でも、受かってしまったので笑

大学院に行く話は、「もう絶対受かって、辞めよう!」と決意してはじめたというわけではないんです。受かったら考えよう、せっかく受けるならしっかり勉強しよう、と段階的に話が進んでいきました。

いざ受かってしまってから、「この研究室にしかいきたくないのに、ここを蹴ったらもうそこにはいけないよな。ああ、これはいくんだ」と気づいたんです。会社の先輩にも「とりあえず受ける」としか伝えていなかったので、会社を辞めるといったときはとても驚いていました。会社での将来も期待してくれていたので…。でも覚悟を持って話して、腹をくくったような感じでした。

自然にやりたいことができる、豊かな環境をつくる

ー大学院で研究をしてみて、どうでしたか?

実は大学院、何度もやめようと思いました。リクルートで働いていた時と違って研究ってなかなか世の中に対してアウトプットするタイミングがなくて、自分は本当に正しいことをやっているのか、自分には向かないのではないかと悩んでいたこともありました。

「みんなが自分のやりたいことを考えられるような教育を考えよう」という想いを持って入ったのに、担当教官の先生に「やってもいいけどつまんないね」と言われて、落ち込んだこともありましたね。そんなことなら入試の面談でいってくれよ、と思ったこともありました笑

ただ、このことについては自分の意識が大きく変わるできごとがありました。

私は当時、環境ではなく結局は個人の意思が人生を決めると考えていたので、「自分で決めなきゃダメだ」ということを教育で伝え、将来を考えていけるだけの材料をできるだけ早く提供していかなければいけないと思っていたんです。

でも、世の中には「自分で考えなきゃだめだ」と言われて「そっか自分で考えよう」と考える人ばかりではない。そもそも考えるように育ってきたかは環境の影響が大きかったり、家庭の状況によってはそんなこと考えている場合ではないこともある、そんな社会階層や社会構造のどうしようもない影響の強さに大学院で学んでいくなかで気づかされました。

そのとき、「自分で考えなきゃだめだ」と一つの正義を振りかざすだけだった自分は、なんて狭い世界に生きていたんだろうと感じたんです。

「やりたいことを考えなきゃだめだ」と人から要求されるのではなく、自然に自分のありたい姿が湧き上がってくる環境が整っていて、自分らしくそれができたとしたら、それが本当に豊かな状態ではないか、と考え始めました。

ーそれまでは「やりたいことを考えるのが大事」と伝えようとしていたけれど、自分のありたい姿が自然と出てくるような環境をつくってしまおうと。

はい。これが大事だっていうことがあるんだったら、それを多くの人ができるような社会をどう実現するかということこそ取り組むべきだと思っています。

研究の中で新しい発見とかメソッドとかを論文で発表するだけではなく、それをどうやって社会に届けるかということを考えたい。メディアで意見を言うだけじゃなくて、教育だったら学校現場にどういう風にアプローチできるか、実際に何をすればそれを実現できるのかを考えたいと思っています。

学校教育っていう素晴らしい仕組みがこの国のインフラとして存在しているのだから、いまは学校を通して新しい価値を届けていけたらなと思っています。

ー学校をとおして、それぞれの人が「自分のありたい姿を思い、そのようにあれる」という状態を作り出そうとしているのですね。

塾のように、限られた人に届く教育ではなく、学校を通してすべての人に届けたいというのは教育と探求社の理念ともおそらく一致していると感じています。

プログラムがあって、生徒たちに勝手に届くのではなく、学校をとおして先生が生徒に届ける。そのことで先生自身にも気づきがあって、先生が学校で生徒に届ける他の教育もより本質的なモノとなり、探究学習だけではなく先生が教える国語や数学も豊かになっていく。それによって学校が本当の意味で子どもたちの未来をより豊かにする場になっていく。そして関わった企業人や社会の意識も変わっていく。

教育システムっていう大きなもののレバレッジポイントとして学校をみていて、子どもたちが未来をつくるから子どもたちに未来を託そうという意味ではなく、その子どもたちに関わることで皆が変わっていけるよね、ということに意識が向いているというのが、教育と探求社に価値を感じたポイントです。

誰かに求められるわけじゃなくて、自分がそれをしたいっていうことができて、それを生きられたら豊かだと思うんです。クエストエデュケーションはそれを実現できる教材だなと思っています。

そして、それを作りたいと思って今ここにいます。

-教材でもワークショップでも、「やりたい」という自然な気持ちを、丁寧に意識して作られている理由がよくわかりました。

多くの生徒に価値を届けられる。教育改革の理念を実現したい

ーこれから作っていきたい未来について教えてください。

ゆとり教育もそうですが、新しい学力や能力といった話は1980年代からずっと言われています。しかし教育改革や政策レベルでやろうとしても、現場ではなかなか実現されずに詰込み教育への揺り戻しが起きてしまう。そうしたことがここ数十年何度も起きているんですが、それをもうやめたいと思っています。

結局それが起きている理由は、政策レベルで決めたことが現場でそんなにすっと落ちないから。理念はいいけれど、実態はどうすればよいか不明、結局は現場任せで、資金も投入されず、現場ばかりが疲弊していく。現場の実態や意図を踏まえて理念を練り上げられていないこと、そしてそうした協創によって紡がれた理念を本当に現場に届けるための仕組みがないことが問題だと思っています。

それを担えるのが教育と探求社だと思っていて、学校現場でも社会においても価値を感じる理念が全ての子どもに届く助けになるプログラムを開発し、そしてそれを実践できる先生を育てていく、さらには必要な仕組みも構築していけば、多くの生徒に価値を届けられる、理念を実現できると考えています。それがいま実現したいことです。

そのために学びの価値をどう届けていくか、質を深めることと届ける量を拡げることを同時に実現していくにはどうするかを考えています。そして我々が生み出している学びの価値を客観的に語るためにどうすればよいか、教育観のアップデートをするために提供している場の価値をどのように高めるかといったことを考えています。

3年前、教育と探求社で「一緒にやりたい」とお話させてもらったとき、社長の宮地さんは私のことを当時「壮大なことをいっているやつだな」と思ったそうです。これとこれと色々あるけど何がしたいのといわれたときに、全部やりたいと言っていましたから。

でも今、全部やらせてもらえています。研究もできているし、それを社会に届けることもできているから、いいキャリアだなと思うし、感謝しています。

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