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文化継承や創造に関わる方々をお招きし、お話を伺う特別企画「語らひ人」。
第13回は、国際日本文化研究センター教授で、日本の近世文化や美術を長年研究されているタイモン・スクリーチ先生(以下、タイモン先生)をお迎えし、近衞忠大理事長との対談をお届けします。
タイモン先生はこれまで、近衞理事長が手がけた陽明文庫の紹介映像や、「Nara Yamanobe」の観光プロモーション映像など、さまざまなプロジェクトにご出演・ご協力いただいてきました。
陽明文庫の紹介映像でのタイモン氏
「History of Nara Yamanobe」奈良 山の辺の紹介映像に出演するタイモン氏
(Nara Yamanobe Website)
近衞:
本日はよろしくお願いいたします。実は、タイモン先生と日本との間には、印象深いご縁がいくつもありますよね。タイモン先生ご自身が学校で日本を学ばれる以前から、すでにご家族が日本と関わりを持っていらっしゃったと伺っています。
タイモン:
そうですね。実は、その縁は三世代前にさかのぼります。僕が生まれる前に亡くなった曽祖父は、日英同盟の時代、海軍の船乗りとして横浜に来ていたそうで、子どもの頃からその話をよく聞かされていました。曽祖父は横浜で入れた刺青があり、それをとても誇りにしていたと聞いています。
父もまた日本と深い縁がありました。戦時中に日本語を学び、戦後は2年間、鳥取で暮らしていたそうです。戦争の爪痕は残っていたものの、人々は驚くほど早く、日々の暮らしを取り戻していったと父は話していました。現地では高校の英文教師と親しくなり、その方から多くの日本語を教わったそうです。そうした話を幼い頃からずっと聞いて育ちました。
そして、大学で何を専攻しようか悩んでいた時に、父から「君が三世代目なのだから、日本語をやってみたらどうだ」と勧められたのです。ちょうどその頃、日本は経済的に大きく発展していた時代でもあり、自然と日本に関心が向いていきました。
近衞:
高度経済成長の時代ですね。
タイモン:
はい。ですから、日本について学べば将来きっと役に立つだろうと思い、日本学科に進みました。
近衞:
小さな頃からそうしたお話を聞いていらっしゃったことで、日本という国がとても身近な存在だったのですね。
近衞:
では、実際に「日本に行こう」と思われた決定的なきっかけは何だったのでしょうか。
タイモン:
父と兄の存在ですね。僕はもともと外国語が好きだったのですが、イギリスでは外国語といえば、ドイツ語やフランス語が主流でした。僕より2年早く大学に入った兄の専攻が、まさにフランス文学とドイツ文学で、正直なところ、同じ道を選びたくなかったのです。
ただ、僕には語学以外の取り柄があまりなくて(笑)。そんな時、父から「日本語をやりなさい」と言われました。ただ、家族から聞いてきた昔話くらいの知識しかない状態で、いきなり日本学科に入るのは少し不安がありました。そこで、まずはホームステイをすることにしたのです。
初めて日本を訪れ、素晴らしいご家族のお宅に6週間お世話になりました。今思えば、あのご家族にとっては随分ご迷惑だったかもしれませんが、同年代の息子さんが二人いらして、とても仲良くしてもらいました。場所は、鎌倉近くの鵠沼海岸でしたね。