お世話になっております!
GEKIの松村です!
note書くのは、3年ぶりかつ、会社が2周年になったタイミングでした。(今思うと2周年って若すぎて衝撃。。。)
久しぶりのnoteではあるので、最近の近況や考えていることを、つらつらと書いていきます。

「人生、自分の時間軸で生きるっしょ!!」って心の中のギャルに従って生きてたら、GEKIに辿り着いた。|松村美幸
2022年時点での考えていたことはこちらのnoteに。(↑今見ても笑える。)
何者でもないGEKIを、みんなで少しずつ形に
3年前、私は何も持っていなかったし、GEKIもまだ何者でもなかった。そこから一つずつ、みんなで会社を形にしてきて、気づけば9人になった。
この3年間で面白かったのは、1人増えるたびに、会社の人格もオフィスも自分たちの手で変わっていくことだった。
GEKIは「誰かの生きる理由を創る。」をミッションに掲げている。
このミッションは、事業だけじゃなく、組織にも根を張っている。
人が1人増えると、その人の意思や、これまで生きてきた人生そのものが、GEKIの新しい武器になる。
人が増えるたびに、できることが増えて、GEKIの輪郭が大きく・濃くなっていく。
そんな3年間だった。
男8 vs 女1の戦、負けない。
ビジネスプロデューサーとしての実感値
私のことで言うと、過去のnoteにも書いた通り、ずっとストリートカルチャーやエンターテインメントの世界で生きてきた。
ただ、自分がプレイヤーとして生きていきたいとは、小学生の頃から思っていなかった。
当時のダンス業界は、まだまだ市場が小さかった。
その小さな市場の中で、みんなが同じように「ダンサーになること」を夢見ている。
でも、プレイヤーを目指す人だけが増えても、市場そのものは大きくならない。
活躍できる場所も、仕事も増えない。
金銭的にも、決して旨みのある業界ではなかった。
だからこそ、才能のある人を見つけて世の中にフックアップする人。仕事をつくる人。お金を引っ張ってくる人。そして、市場そのものを大きくする人。
そういうビジネスサイドの人間が、もっと必要だと思っていた。
自分の性格的にも、誰かの意思決定に自分の人生を委ねるより、自分で仕事をつくり、自分で意思決定できるポジションにいたかった。
だから、プレイヤーではなく、ビジネスサイド/プロデューサーとして生きることを選んだ。
そしてまた、ダンスだけをやりたかったわけでもない。
もっとたくさんの手段を持ちたかった。
自分が「これをやりたい」と思ったときに、自分で事業を生み出せるだけのスキルとリソースを持っていたい。
働く環境も、誰かに決められるのではなく、自分たちで意思決定できる場所にいたい。
そう思って、GEKIに入った。
GEKIに入ってからは、当時のGEKIはBtoB企業のブランド創りの仕事が多かったが、やっぱり私は、エンターテイメントこそが人の生きる理由になりうると信じているので、エンタメ領域やtoC領域へとGEKIの活動を広げてきました。
結果、いろんなタイミングとご縁と機会が重なって(まだ世に言えないことも多いのですが)、
- デビュー当時から大好きで大尊敬しているアーティストさんとの周年プロデュース
- 経営の面でも大尊敬しているアーティスト事務所の周年のクリエイティブ制作
- Dリーグのチームのブランドプロデュースと事業開発
これらを社会にリリースできないとまだ死ねない!!!
といった体重が乗る仕事を今もしている。「このアーティストと仕事したい」「この企業とこの企画で仕事したい」が次々に叶っていく。人生のフィーバータイムみたいな3年間をGEKIがプロデュースしてくれた、大感謝。
幼少期の自分に誇れる自分にはなれたので、原点に行った
今思えば、プロデューサーとしての人生で初めての意思決定は、ダンスをやめてビジネス/プロデューサーサイドにいくというポジショニングを変える意思決定だったと思う。
無邪気に夢を追ってもいい幼少期に、大胆に決断した自分に少しは誇れる自分になったなと思えたので、自分の原体験でもえるラスベガスに行ってきた!
ラスベガスはダンスの世界大会で10歳?11歳?12歳くらいの頃に何度か行っていて、人生でエンターテイメントを目の当たりにした場所だった。
派手で助かる!
15年ぶりのラスベガスでは、毎日エンタメを浴びて、かつてダンスの大会を実施していたホテルにも足を運んだ。
ホテルの匂いも、車から見える景色も、変わっていなかった。この街にワクワクする自分も変わっていなかった。街から見える範囲が少し変わった。
MGMグループに、嫉妬した
MGMグループ(MGM Resorts International)は、ラスベガスを中心に、ホテル、カジノ、レストラン、エンターテインメント施設などを展開する世界最大級のIR企業だ。Bellagio、ARIA、MGM Grand、Mandalay Bayなど、街を象徴する巨大ホテルをいくつも手がけている。
その中に、レストラン、カジノ、ショー、音楽、スポーツ、ファッション、アート、あらゆるコンテンツを流し込む。さらにアリーナや劇場を持ち、世界中からアーティストやアスリート、クリエイターを呼び込む。
そこに人が集まる。仕事が生まれる。雇用が生まれる。住民が生まれる。そして、その場所に行くこと自体が、誰かの人生の楽しみになる。
彼らがつくっているのは、ホテルではなく、「都市」であり、「場」を起点に無数の「生きる理由」が生まれ続けている。
MGMは、ハードをつくり、ソフトの両方を莫大なスケールで生み出し続けカルチャーを作っている。
一生のうちに、GEKIが、自分が、ここまで到達できるだろうか。
刺激をもらった。
JABBERWOCKYZから見えた差分
ラスベガスでは、毎日2〜3本くらいエンタメを浴びた。
スフィア
その中でも、個人的に一番心に残ったのがJABBAWOCKEEZだった。
スフィアからシルクドソレイユから色々見たが、やっぱりテクノロジーで魅せるエンタメより、高尚なエンタメより、生身の人間の気概が乗ったエンタメが1番心は震えた。
シンプルにダンスチームでラスベガスで常設公演を持っていることがすごいなと思ったが、ダンスだけが上手いチームは世界中にたくさんある。ダンスだけで想像できない何かがあったわけでは正直ない。
それでも、ラスベガスに常設公演を持っている理由は、チームのコンセプトメイクはもちろん、ブランディングやプロモーションといったビジネスサイドの「差分」でしかないなと感じた。
いいソフトコンテンツは、世界に無限にある。そして人は、それに確かに生かされている。でも、そのソフトが一晩で終わらず、何年も同じ場所で誰かの生きる理由であり続けるには、それを支える仕組みが要る。そこにこそ、ビジネスプロデュースが必要だなと(当たり前だけど!)。
一過性で終わらない「生きる理由」をつくるには
ソフトコンテンツをつくることは、今のGEKIでも一定できるようになった。もちろん、まだまだだし、まったく満足はしていません。
ただ、クライアントワークでソフトをつくり続けるだけでは、届かない場所がある。
D.LEAGUEチームのオーディションを開催したときにも感じたことだが、結局生きる理由になるのは、オーディションというソフトをつくるだけではなく、それをコンテンツ化するだけではなく、「雇用」を生み出せる方だ、と。
一過性のコンテンツではなく、
一過性の楽しさではなく、
一過性の生きる理由ではなく。
事業をつくり、そこに雇用を生む。本当に誰かの「生きる理由」になり得るのは、そういうハードの部分なんだと思います。
だからGEKIは、もっと自社で事業やIP、コンテンツを持ち、そこに雇用を生む会社にならないといけない。
そう心に決めた、アメリカ旅行でした。
5年で形にする、5年で海外にいく
そして、もう一つ決めた、日本だけでビジネスをするのは、20代まで。
30代からは、海外でもビジネスをする。
仕事でご一緒する大尊敬するプロ経営者の方々は、みんな海外でのビジネス経験がある。もちろん、それだけが理由ではないが、たぶん偶然でもないと思っている。
外に出ることで、日本の現状認識を知る、常識も、意思決定の観点も変わる。
GEKIの掲げているミッションが大きいなら、自分たちの器も大きくしないといけない。
この5年で形にする。そして、それを海外に持っていく。
さらに大胆に、生きていく
人生が大きく動いたときには、いつもポジショニングを変える意思決定があった。
もっと大胆に。
もっとドラマチックに。
もっとハイリスクに。
もっと刺激的に。
「誰かの生きる理由を創る。」と言っている自分たち自身が、一番刺激的に生きていたい。
生きる方向が、また少しシャープになったアメリカ編でした!
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