こんにちは。ライターのセシルです。
今回お話を伺ったのは、国立高等専門学校機構・呉工業高等専門学校の教授を務める神田先生。
都市計画や交通計画を専門とし、地域の交通やまちづくりに長く向き合ってきた方です。
子どもの頃に見た、故郷の景色
広島県庄原市。地図を開けば、その広さにまず驚く。
人口は現在3万人を切り、大阪府の約3分の2ほどの面積に、その約100分の1ほどの人口が暮らしているという。
けれど、神田先生にとって、そこは決して「何もない田舎」ではなかった。
子どもの頃は、歩いたり自転車に乗ったりすれば、暮らすのに必要なものはだいたい揃っていた。
本屋も、CD屋も、おもちゃ屋もあった。そして何より、家族ではなくても距離の近い大人たちがいた。
「気のいいおじちゃんとかもいたし。でも、分け隔てなくいろんな人と付き合うチャンスに恵まれたのは、田舎に生まれて良かったなと」
話を聞いていると、庄原というまちが少しずつ立体的に浮かんでくる。
秋には収穫を祝う祭りがあり、夏には花火が驚くほど近くで見えた。
かつての芸備線には、スキーへ向かう人や地域の子どもたちが乗り、乗客だけでなく郵便まで運んでいたという。
そんな「当たり前だったまち」が、今は少しずつ変わっている。
※取材中の様子
「まちが元気じゃなくなっている」
産婦人科がなくなり、病院が減り、小学校も減った。まちのお店や企業のオフィスも姿を消していく。
「まちがとにかく元気じゃなくなってる。縮小してる。見ていて非常に痛いなと思っていて」
そんな変化を目の前に、神田先生が向き合っているのが、芸備線をはじめとする地域の交通と、その先にあるまちづくりだ。
先生が大切にしているのは、交通そのものだけを見るのではなく、その交通によって、地域でどんな暮らしを実現したいのかを考えること。
交通は、まちの一部分だ。
だからこそ、移動手段だけを考えるのではなく、病院やお店、子どもたちの居場所など、「人がそこへ行きたい」と思える場所そのものを含めて、まちの未来を考える必要がある。
では、どんなまちを目指していけばいいのか。
30年後の故郷に、どんな未来を描くのか
神田先生が繰り返し口にしていたのが、「30年後」という時間軸だった。
30年後。それは、今生まれた子どもが大人になる頃だ。
「子供が大学を卒業して大人になった時に、このまちはいいよって言えるまちにしたい」
人口減少やまちの縮小を、ただ受け入れるのではない。
「諦めないでほしい」という先生の言葉からは、地域の未来を自分たちで描いていこうとする強い意志が伝わってくる。
その先にあるのは、今あるものを活かすことだけではない。
地域の暮らしに合わせて交通をより良く活かし、新しい移動の形を取り入れ、人が集まる場所を育てていく。
そんな未来を考えるうえで、先生が注目しているのが「駅」だ。
駅は「まちの顔」になる
「駅はまちの顔だから、ここを元気にしないとまちが元気にならない」
冬には雪深い景色が広がる山形県長井市では、駅と市役所が同じ建物に入り、その隣には図書館や子どもが遊べる場所がある。
庄原市と同程度の人口の京都府綾部市では、駅前に図書館や子育て施設が整備され、子どもたちが集まる。
駅を「電車に乗る場所」から、「人が集まる場所」へ。
もし駅に着いた瞬間、「なんだか楽しそうなまちだな」と思えたら。
そのまちで暮らしてみたいと思えたら。
一人ではなく、家族4人で移り住むかもしれない。
交通を考えることは、人の暮らし方そのものを考えることなのだ。
「条件不利」に向き合うようになった原点
神田先生が「条件不利状態の交通問題対策専門家」と自らを表現する原点には、2018年の西日本豪雨もある。
鉄道も、高速道路も、一般道路も、次々と寸断されていった歴史的な豪雨。広島では、人が移動するための道そのものが失われていった。
そんな状況の中、神田先生は、通行止めとなった道路にもバスを通せるよう関係機関に働きかけた。
提案からわずか3日。
バス会社やJR、県、市、警察、国土交通省など、それまで別々の立場で動いていた組織が連携し、バスによる移動手段が実現した。
この経験を通して先生が強く感じたのが、交通事業者や行政など、さまざまな関係者が連携することの重要性だった。
そして、その連携を支えるうえで、MaaSという「モビリティサービスをつなぐ」という考え方に大きな可能性を感じたという。
「みんなで一つのサービスを実現して、みんなでサービス水準を改善していく」
その中で鍵になったのが、データだった。
データを活用して状況を把握し、、施策の効果を推計し、関係者で共有することで、同じ方向を向いて次の一手を考えられる。
住民にとっても、現地のお店やドライバー、行政にとっても、「今、何が起きているのか」が分かることは、不安やストレスを減らし、前向きな対応につながっていく。
先生が描くデータの役割は、単なる分析のための数字ではない。
さまざまな人が同じ景色を見ながら動くための「ハブ」のようなものなのだ。
当時はまだMaaSという言葉を知らなかった。
けれど、この経験が後のMaaSへの関心につながったという。
データは、まちの「今」を映す
そして今、先生は芸備線の再構築協議会で、自治体や事業者とともに、「どんなまちをつくっていくのか」を考えている。
庄原や広島でどんな未来を描くのか。
そのために、交通だけでなく、観光や暮らし、産業など、地域全体を見渡しながら、データを活用した連携を具体的なプロジェクトとして進めている。
もちろん、データがあればすべてが解決するわけではない。
それでも、土台となるデータがあれば、関係者が同じ方向を向き、前向きなアクションや将来像を描いていくことができる。
その中で神田先生がMaaS Tech Japanに期待しているのは、単にデータを集めて分析することだけではない。
交通事業者の気持ちに寄り添いながら、行政とも連携した座組の中でプロジェクトを進めている点を評価しているという。
さらに、交通を軸に、観光や生活、産業にまで取り組みを広げ、まち全体の将来像を一緒に描いていくことにも期待を寄せている。
まだ、すべてが形になったわけではない。
「やっとようやく」という段階だからこそ、これから始まちづくりに、私も期待している。
「このまちに住んでいたい」と思える未来へ
人の移動や交通のデータからまちの「今」を知ることは、これからの交通を考えるための大切な土台になる。
ただ、データだけでまちの未来が決まるわけではない。
神田先生の話を聞いていると、「どんなまちにしたいのか」というビジョンがあってこそ、データを次の一歩につなげられるのだと感じた。
交通事業者や行政と現場でプロジェクトを進めるMaaS Tech Japanだからこそ、データを使って「今」を捉えるだけでなく、その先のまちの姿まで一緒に考えていける。
そこに、神田先生との取り組みの親和性があるように思う。
交通を「人を運ぶもの」とだけ考えるのではなく、人が住み続けたいと思えるまちをつくるためのものとして考える。
故郷で見た景色を、30年後の子どもたちにも残していく。
神田先生の話を聞きながら、MaaSという言葉の向こう側にあるものが、少しだけ見えた気がした。
それは、乗り物をどう便利につなぐかだけではない。
「このまちに住んでいたい」と思える未来へ、人をつないでいくことなのかもしれない。
私自身、まだまだMaaSを学んでいる途中だ。
だからこそ、これからも専門家の言葉をそのまま難しく伝えるのではなく、「なぜ、そう考えるのか」を一人の生活者として聞いていきたい。
まちを歩く人、電車に乗る人、そこで暮らす家族。
その一人ひとりの目線から、MaaSの先にある未来を見つけていきたいと思う。