はじめまして(ちなみにNoteは2記事目)、株式会社インターン代表取締役の川井裕心です。現在は立命館大学経営学部3年で、大学在学中ではありますが、長期インターンシップ求人サイト「インターン.com」(https://www.intern-job.com※現在サイト改修中)を運営しております。新卒採用領域において、長期インターンシップからの正社員採用を当たり前にするため日々道を時には誤りながらも活動をしております。
※直近で株式会社Z-alphaから株式会社インターンに社名を変更しました。
https://intern-inc.co.jp
この記事では、今までの自分について、今までの強みでもあり、弱みでもあった「レッテル」を追い求めている自分について書こうと思います。拙い、未熟な記事ですが、最後までご愛読いただけますと幸いです。
目次
- はじめに
- プロフィール
- 幼少期から高校時代までのク◯ガキ坊主時代
- 大学という自由な環境での鬼のレッテル追求
- 学生起業スタートアップという道
- 「あるはず」だけど「ない」ものに抗う抵抗サイクル
- レッテルサイクルの強みと弱み
- これから
プロフィール
経歴:静岡県磐田市生まれ→小1から野球を始める→地元の小中高校に通う→大学と同時に大阪へ(2022/4)→カナダへ8ヶ月間の留学(2023/8-2024/4)→昨年4月に帰国→株式会社Z-alpha(現株式会社インターン)設立(2024/9)。
2003年9月30日生まれ。静岡県のサッカー王国で生まれるも、小学1年4月から野球を始め、高校3年まで「ザ・野球少年」でした。小学校の頃から常にリーダーになりたいタイプで、小学校の頃は少年野球団でキャプテンを務めたりしていました。小学校最後の運動会で、応援団長を誰かに押し付け合いをする文化?風潮?があり、その時に応援団長にならなかったという後悔が今ではあります。(笑)
※ちなみに応援団長はクラスのギャルっぽい女の子が結果的に行いました。
家庭は、父母、妹(双子で二人)、そして父方の祖父母と高1までは曽祖母と暮らしていました。父母二人とも、大学には出ておらず、父は現在自営業で、祖父母も自営業であり、その影響も強く、自分も現在起業という選択肢を取っているのかなと思っております。
昨年9月に設立した株式会社インターンでは、長期インターンからの正社員採用を当たり前にするために、長期インターン求人サイト「インターン.com」の運営を主体に、リアルイベント「インターンエキスポ」や、企業様向けに長期インターン設計を行なっております。
幼少期から高校時代までのク◯ガキ坊主時代
小さい頃からとにかく目立ちたがり屋で、本当に「ク◯ガキ」という言葉が似合うような子供でした(今も変わらないですが笑) 。保育園の時に、ドッヂボールをよくしていたのですが、そこでは必ず最初のボールをどっちのチームが取るかどうかのジャンケンや、ルーズボール?は身長が小さかったのにも関わらず率先して行なっておりました。小学1年で母方の祖父の影響で、地元の少年野球団で野球を始めました。また学校では、持久走が得意で、持久走大会もみんなが嫌がっている中(当時はなんで嫌がっているのかがわからなかった)、めちゃくちゃ一人で張り切って、みんなを巻き込もうとしていました(笑)。
中学では自分の中で今となっては大きな挫折だったなと感じるような出来事がありました。前提、自分の人生はめちゃくちゃ波瀾万丈かと言われるとそうでもなく、死にかけた経験とかもないので期待しないでください(笑)。そんな波瀾万丈な人生でないことが、逆に自分の中ではコンプレックスでもあります。
本題に戻ると、中学での大きな挫折は【リーダーになれなかったこと】です。中学では学校の野球部には入らず、シニアリーグという外部のクラブチームに所属していました。(片道40分かかるグランドまで毎回送り迎えをしてくれていた母には感謝しかありません。) 1学年29人おり、その中で、自分は体も小さく、大した努力もしていなかったので、ベンチ入りする大会も3塁コーチャー要因、ベンチ入りさえできなかった大会も良くありました。本当は試合に出たかったし、キャプテンになりたかった。けど、なれないのはわかっていた。そんな中で取った行動は【イジられキャラになること】でした。また、中学内でも悪ガキグループに所属はしていたものの、体も大きくないし、顔もイケメンじゃないので、グループのリーダーにはなれず、またその中でもイジられキャラというポジションを確立しようとしていました。中学のグループ内では、勉強もできる方で、運動神経も割と良い方だったので、リーダーになる可能性があったかもしれないと心の奥底で思っていることもあり、当時イジられキャラに逃げるという行動を取っていたことがすごく今振り返ると本当に情けないし、やるせ無い気持ちになります。当時はそんなことには気づかず、イジられキャラで良いと思ってました。(まあイジられるの今でもめちゃくちゃ好きなんですが、はい、ドMです。) 後ほどこの経験が自分の中で大きかったことについては詳しく書きます。
高校は、野球の裁量枠(所謂推薦)で地元の進学校に進みました。中学の際にクラブチームにいたということもあり、入学当初3年生の試合に少し帯同させてもらったりとか、学年副リーダーになったりで、中学よりは自分のチヤホヤ度とかいうクソみたいな自己承認欲求の満足度は上がりました。しかし、学年副リーダーになってしまったことと、中学の監督から進路面談の際に、「高校でキャプテンをやれ」と言われたこともあり、自分がリーダー、キャプテンをやりたいという思いは日に日に強くなりました。けど、野球は下手だったため、中々自分がリーダーをやりたいということは全面的には言えてなかったのかなと思います。その中で、突如キャプテンをやる機会が降りてきました。今を振り返れば、自分がリーダーになりたいとか口に出してなくても、そうなるように些細なことでも無意識的にアピールしていたのかなとも思います。また学校でも体育委員の委員長をやったり、終いには担任の先生から学級委員でも無いのにも関わらず学級委員だと勘違いをされ良く間違えられてました。そして運動会の部活動対抗リレーでは、アンカーでゴールに向かってヘッドスライディングをするとかしてました。そんな目立ちたがりな自分が少し、目立つことのできた高校生活だったと今では思います。
ほんとうに【ク◯ガキ坊主】。笑
大学という自由な環境での鬼のレッテル追求
前提、自分はめちゃくちゃ放任主義の家庭で生まれ、自分の好きなことはなんでもさせてくれるような環境で育ちました。これは本当にありがたいことで、金銭面ですごく迷惑をかけているのにも関わらず、自分の決めたことには応援してくれていました。今でもすごく応援されているなと思います。
大学は、ぶっちゃけたところ東京に行きたかったのですが、受験に落ち、立命館大学経営学部に入りました。大学当初は大学時代に起業をすることは全く考えておらず、良い企業に入って、「周りよりも優れているんだ!」っていうことをアピールできればそれで良いと思っていました。だからこそ、色んなことをアクティブに行動していました。
自分は大学一年の秋頃から長期インターンシップを行いました。訪問販売という、人の家にピンポンをして、商材(新電力という1つの電力会社の営業代理店)を売っていました。今長期インターン事業をやり始めた中、すごい長期インターンやってたなとツクヅク思います。この長期インターンをやっていた理由としては、周りよりも意識高い、優秀な奴というレッテルを追い求めていました。当時は、良い就職先に行きたいとか、お金を稼ぎたいとか色んなことを言っていましたが、結論は【レッテルが欲しい。】これだけでした。
※今長期インターン事業をやっているのは、レッテルを追い求めていた中でも、本当に心の底から長期インターンが良いもので、世の中にもっと広めたいと思ってるからで、レッテルを追い求めろ!とみんなに言ってるわけではありません。笑
そしてお金もそこそこ稼げたし、長期インターンをやっているちょっと意識の高い大学生というレッテルを手にいれ、周りよりも自分は優れているんだ!という謎の優越感に浸っていました。けどそんな優越感はすぐになくなり、またもっと高いレッテルを求めに行きます。これが僕のレッテルサイクルなのです。
次に追い求めたレッテルは留学。長期インターンも経験していて、留学もしている自分。そんな自分に憧れて、カナダに留学に行きます。留学をしている自分、英語を話せる自分、常に日本の大学にいる友達とかから自分はどう思われているんだろうとかを無意識的に意識していました。もちろんレッテルを追い求めていた8ヶ月間の留学では本当に様々なカルチャーショックや、自分は自分なんだという価値観を得ることができて、結果的に良かったです。(このレッテルサイクルで動くということは経験や、スキルアップという観点でめちゃくちゃ成長はします(笑))
日本の大学と、カナダの大学の差や、改めて日本って本当に治安が良いし、ご飯も美味しいし、日本が本当に自分は好きなんだなということを感じました。今はそんな日本を守っていきたいって思っています。
そして8ヶ月間も留学期間があったので、留学をしている自分というレッテルの優越感の効力は途中でなくなります。その次は留学中に起業をしている自分というレッテルを追い求めます。留学中に日本向けのサービスで起業をするなんて本当に今考えれば舐めてるとしか言いようがありませんよね(笑)。全然サービスは上手く行かないし、まずコミット量も少ない。結果的にすぐに辞めてしまうことになるのですが、【留学をしながら起業をする俺】というレッテルが手に入ったので、それで十分なわけです。
そして長期インターンを経験している自分、留学を経験している自分、起業をしている自分、では物足りなくなった川井は、次にYoutubeを始めます。(Note書きながら、他人の人生を振り返ってるみたいな感覚になってきた笑) Youtubeの名前は、【どすこい大学生】。どんなコンテンツかというと、意識高い学生を偽り、大学生の意識変革をさせようという表面的な名目上、留学や、長期インターンや、起業もしている自分を発信し、「すごい奴なんだぞ!!」という自己承認欲求を追い求めるために行なったものでした。もちろん全部が全部すごい奴なんだぞ!ということを発信したかったわけでも無いのですが、このレッテルサイクルに当てはめてみると、ものも見事に自分は前のレッテルが効力を発揮しなくなったら、次のレッテルを追い求めて、終いにはYoutubeをしてしまっていました。そのおかげで、そこまで仲の良くない友達とかからは、かなり距離を置かれました(笑)。けど、自分は色んなことにアクティブに挑戦して、周りとは違う経験をしているんだというレッテルで、そんなことを気にしていないフリをしていました。(結果的にそこまで気にはしていませんが。笑)
※今はもう発信はしていませんが、若気の至りと言うことでURL貼っておきます。
どすこい大学生意識高い系大学生 大学生といえば、バイト、サークル、 そして何となく授業にいき、就活をする。 やりたいことなんてわかyoutube.com
長期インターンをし、留学をし、起業っぽいこともし、Youtubeもやり、そんなレッテルを追い求めた結果、別に就活も興味がなくなり、自分に残されたのは結果起業をして、結果を残すことだけだったのかもしれません。実は就活を大学2年の3月から3年の5月ごろまで少し行なっていましたが、周りもどうせそのうち同じことをするんだと考えると、全くやる気も起きず、色々な経験をしていたので、それなりに選考は進んだのですが、全て選考を辞退しました。
学生起業スタートアップという道
色んなレッテルを追い求める中で、最終的に学生起業をしました。大学の中で収まる範疇でのレッテルはこれで最後だと思います。(留学中の起業と今の起業というワードが被ってややこしいので、留学中の起業は「起業っぽいこと」という表現にしています。) ある種自分が学生起業をしたことは、今振り返れば必然であり、家庭の影響で、行動することへのハードルは無茶苦茶低いのですが、自分にはこの学生起業をするという選択が本当に過去から考えれば、ベストな選択、それしかない、できない選択でした。
しかし、学生起業コミュニティには全く関わらないようにしていました。(今もしていますが(笑)。)理由はみんなで一緒に起業という道を選択し、みんなで一緒に頑張ろうという、みんなと一緒な環境が嫌だからです。自分だけのレッテルが失われるからです。ぶっちゃけたところをいうと、学生起業コミュニティに入らず、社会人起業家の方と多く関わったことで、成長速度は周りの学生起業家の事業や、会社よりも100倍速いと確信してます。(強がり。。)
その中で、本気で心の底から自分が追い求めたい、超えたい学生起業家像、学生スタートアップの会社像がありました。それは株式会社タイミーを作った小川嶺さんです。彼は立教大学在学中に起業をし、昨年2024年に時価総額1000億円越えで上場しました。その彼が入っていた学生起業コミュニティに「Makers University」というものがあり、それにだったら自分も入っても良いという謎の許可が自分に降りてきて、応募をしました。もちろん小川嶺さんを自分は超えるので、受からせていただくことができ、先月2月(2025/2)は東京で9泊12日という鬼事業の止まる合宿に参加させていただきました。(結果的に周りのメンバーが死ぬほど結果出してくれて、事業は止まらず、自分が逆に結果出せてない劣等感に苛まれていますが笑。) そしてその合宿の中で、今このNoteを書くきっかけにもなった「自分はレッテルサイクルの中で動いていること」に気付かされました。
今更にはなりますが、このレッテルサイクル(=抵抗サイクル)とはレッテルを追い求め、またそのレッテルの効力がなくなったら、次のレッテルを追い求めるということです。なぜレッテルを追い求めているかというと、できない、イケてない自分だと思われることにビビっているからです。それに抵抗し、レッテルを追い求めるというサイクルで、最終的には学生起業スタートアップという道を追い求めました。
※Makers Universityで自分に気づかせてくれた講演をしてくださった由佐さんの著書はこちら
『ザ・メンタルモデル』公式サイト書籍「ザ・メンタルモデル」公式サイト。著者・由佐美加子によるメンタルモデルの解説、書籍内容の紹介、メンタルモデルを探求するmentalmodel.jp
「あるはず」だけど「ない」ものに抗う抵抗サイクル
ここからは自分の行動を振り返りながら、レッテルサイクル(=抵抗サイクル)がなぜ生まれたのかについて書こうと思います。少々長くなりますが、最後までお付き合い頂けますと幸いです。
前述に耳にタコができるほど書いたレッテルサイクルがなぜ自分に生まれたのかというと、「できる自分」、「イケてる自分」を取り繕うためだったのです。もう少し噛み砕いていうと、自分はできるやつ、イケてるやつになりたいんです。しかし、実情はそうではない。できる奴じゃないし、イケてる奴でもない。そんな自分を心のどこかで認めたく無いから、レッテルという見せかけのできる奴を取り繕っているというサイクルで動いてきました。しかし、中学の時に【リーダーになれなかったこと】という際には、レッテルすら取ることができなかったため、「イジられキャラ」に徹していました。常にできる奴、イケてる奴になりたいけど、自分はそうじゃないということに抵抗をし、レッテルを追い求め、レッテルでカバーできないことや、レッテルすら手に入らない時には、それを隠す回避行動を取るという21年間を送ってきました。
それを気づかせてくれた、Makersには本当に感謝でしか無いです。けど、気づいてしまったが故に、理解してしまったが故に本当に痛い、キツかったです。今まではキツいとかそんな感情を感じたことは本当になく、なかった理由は、自分はキツくなりそうになったら、レッテルを作ったり、回避行動を取っていたからなんだということに気づきました。
この章に結論は全く無いのですが、この自分の「あるはず」だけど「ない」ものに常に抗って生きてきた21年間は、本当に虚しい。その感情が5日前くらいまで湧き上がっていました。けど過去は変えられない。それを認め、突き進みます。
レッテルサイクルの強みと弱み
レッテルサイクルがあったおかげで、今の自分があるというのは本当に常々感じており、このNoteではあえてレッテルサイクルは悪いものという書き方をしていますが、強みも弱みもあるということはお伝えしたいです。
弱みは、このままずっとレッテルを追い求めると、レッテルを追い求める中で死ぬということです。どいう事かというと、常に自分はレッテルを追い求めているので、自分が本当になりたい姿や、実現したい自分にならず、レッテルを追い求めている過程で、いつか寿命が来て、そのまま本当に死んでしまうという事です。
これを考えると正直怖くてたまらないです。
しかし、強みは明確にあります。それは、会社を伸ばせること、成長できる事です。レッテルを追い求め、そのレッテルを手に入れるためには、必ず努力をしないといけない、自分がレベルアップするしかないのです。なので、自分のコンプレックスを打ち倒しながら、スキルアップ、レベルアップしていきます。会社をやる中で、自分は今も常にレッテルを追い求めているので、すごい会社という抽象的なものを掴むには、結果を残すしかありません。なので、常に実績を追い求め、成長させていっています。
レッテルを追い求めるからこそ、色々な経験ができ、今の自分がある。そして、レッテルを追い求めたからこそ、起業という選択に辿り着いたことは本当に過去の自分に感謝です。笑
これから
改めて今までの自分を振り返ると、常にレッテルを追い求めながら、レッテルが取れない時には、回避行動を取ってきました。見方によってはかなり可哀想な奴なのかもしれませんが、過去は変えられないし、過去の行動が自分の今に繋がっているという、事実を受け止め、成長していきます。
今自分が取り組んでいる「長期インターン参加率を80%にし、長期インターンからの正社員採用を当たり前にする」というミッションを達成する、心の底から自分が良いと思ったこの長期インターンを当たり前にするために、突き進みたいと思います。今は9人のこの会社をどんどん大きくして、この世界をつくります。
そして最後に我々のビジョンである、「日本人全員が自らの可能性を信じ、理想を追求できる世界」を実現したい。これはまだ自分も理想を追求するという点においては、まだ途中であり、まだまだ未熟ですが、長期インターンが当たり前になるということは、自分がどんな職種、業界で働きたいか、どんな人間になりたいのかという理想を追求できるようにするために手段になると確信しています。
長期インターンをもっとぶち広めて、このビジョンを実現できるように自分は突き進みます。
こんなまとまってない文章を最後までご愛読いただき、本当にありがとうございました!!
これから不定期的にNoteも更新していきますので、フォローお願いします!!