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「みんなの思いをカタチに」を仕事にしよう② 会社の名前ではなく、自分自身のキャリアを歩めるようになった理由

100BLGのメンバーを紹介するインタビューです。今回は、100BLGのCFOの徳田雄人さんです。社会課題を解決したいと取り組んだNHKのディレクター時代、そして、そのために「みんなの思いをカタチにする」ことを仕事にし、100BLGを立ち上げるまでの経験について語ってもらいました。 (第二回)

会社の名前ではなく、自分自身のキャリアを歩めるようになった理由

2001年、東京大学を卒業後、新卒でNHKへ入社。2009年、認知症の課題を解決する事業を開始し、2019年に100BLGを立ち上げ、CFOに就任。

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自分自身に力をつけたい

辞めた瞬間フリーの立場になって、認知症に関する事業を立ち上げたいと考えていろんなとこに電話かけまくっていたんだけど、やっぱり電話ですが、話してもらえない。どちら様ですかと。

話を聞く力や交渉力もついてきたつもりだったんだけど、いままでできていたのは、NHKの徳田という肩書きがあったからできてた部分もあるんだなと感じました。

単にその課題は深刻で、今からやっていかないといけないんですっていう意見を持っているだけでは何も変えられなくて・・・。

何かを変えていくためには自分自身のポジションというか、影響力を及ぼせる何かを持たないといけないっていうのは、その時思ったことですね。

そんな時に、認知症の専門医で、当事者に寄り添って活動している木之下徹医師に出会いました。志をなんとなく持っているものの手段を持っていなかったので、1, 2年いたらと、声をかけてもらい、在籍させてもらいました。

自分自身が何をしていくかがはっきりしない、悶々とした時代に、前田さんと河野さんに出会って、ざっくばらんに話ができたのはすごい大きな経験になっています。

それが何か具体的にやることが見えてきたところに繋がっているかなと思って。

その時に認知症フレンドシップクラブとも出会って、RUN伴を立ち上げることにもなりました。

全国的なイベントを自身で手掛けたきっかけ

一番最初に出会った認知症のご夫婦の話に戻ると、地域に認知症の人も暮らしているっていうこと自体を知らなかったり、見て分かるわけじゃなかったり。

そんな中で、地域の人たちが暮らしている中で困っていることを知ってもらったり、具体的に自分たちでできることがないだろうか、って自分たちで考えて解決策を作るところがすごく大事だなと。

医学モデルというか、何か専門職モデルみたいなのがすごく強くて。

そうじゃない形で出会える形を作りたいなという中で、マラソンでたすきを一緒につないでいくっていう体験をできるといいなと。
思って始めたのがRUN伴なんですよね。

認知症って、専門家が答えを持っていてなんとかしてもらうというよりも、もうちょっと地域全体で考えてくようなものだよねって思う人は沢山いて。

そういう想いを、比較的シンプルな形で、誰でも表現しやすい活動の型のようなものを作れたのかなと思っています。

認知症の人って普通の人たちだし、たまたま認知症があるだけで地域の一員だよねって、このイベントを通じて、準備した人たちが表現できるようにできたっていうところが、このイベントの強みかなと思っていて。

それを広げていく作業が自分のミッションで、同じような思いを持った人は結構いるなっていう事で、オセロを北から南へ裏返していくというか・・・。

マラソンすることが目的ではなく。誰かと一緒にタスキをつないだとか、一緒に走ったり歩いたんだよということを、地域の人が周りの人に語ることが大事なのかなと思います。たとえ、それを言葉でうまく説明できなくても、写真を誰か別の人に見てもらうとか、映像を見てもらって表現してもらうっていうことだったかなという気がしていて。
RUN伴が全国に広がった理由としては、そういうことって大事だよねって思う人が、もともと地域には沢山いて、でも、それをうまく表現できなかったり、共有する方法がなかったという中で、それを地域でみんなで共有する方法を提案できたということなのかなと思っています。

イベントを通して自身にあった変化

RUN伴を立ち上げた後は、自分にも変化がありました。

まず物理的に日本中を回っていくので、一緒にたすきをつないだ人たちは一緒にやる仲間っていう感じになって、知り合いがすごく増えた。
各地で面白いことやっている人たちもみんな仲間になり、繋がっていきましたね。

地域地域でケアの現場にいる人とか、医療、地域医療を支えている人たちとか、当事者活動頑張っている人とか、全部繋がってきて、具体的に知り合いになれたってのが大きな財産かなと。
その人たちと何か具体的に、一緒に活動したりとか、一緒にプロジェクトしたりすることがすごく増えてきていました。

どちらのどなたさんですかみたいな状況から、たすきリレーでやってきたあの人は、何かを一緒にやると面白そうだみたいに思ってもらって、プロジェクトや、講演してくれませんかとか、そういうことに繋がっていって。

他にも手段を持たない状況から、RUN伴っていう一つのコンテンツを上げることで、自分自身に「一緒に仕事しませんか」「一緒に何かをやりませんか」っていう声掛けしていただける存在だってのはすごい大きな変化かなと思いますね。

100BLG立ち上げのきっかけ

その流れの中で、町田市の色んな方とも一緒に仕事をしました。

行政の人もすごく理解があり、介護事業所とか医療機関で働く人たちすごい仲間がいて、そして当事者家族もしっかりグループとして育っていると。そういう環境があるところでは町田みたいに結構いろんなことをやりようがある。

たまたまそのいい条件が揃っているところで活動するってのは、それはそれで意味のあることなんだけど、

たまたまその人の住んでいる町が、たまたま良かったりたまたま駄目だったりみたいなことってあんまりよくないなと思って。

運に左右されないっていうか、やりたいという人さえいればできる、そういう形で進めていきたいなと思って。

前田さんがやっていることを、なんで他のとこでできないんだろうかと、あんなに講演会にも行っているし、みんな見学に来ているのに、ほとんどの人が再現できないよねと思う。
でも八王子ではやっているよねって。

やりようあるはずだけど、でもできてないよね。

前田さんや守谷さんだけで考えるよりは、少し引いた視点で考える人がいた方が考えやすいだろうし、それを広げるってことは、仕組みにして、お金や人がどのように回るのかを設計をしないといけない。
100BLGをやるにあたって、RUN伴やってきたこと、他の事業でやってきたことの経験が活用できのかなと、と思っていて。

個人的な繋がりだけじゃなくて、個々の趣味ではなくて、組織として100の事業、100の事業所が動いていくっていう仕組みの設計は、僕も貢献できるんだなっていうこと、かな。

(第三回に続く)

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