東大IPCのオンラインキャリアイベント「DEEP TECH DIVE LIVE!」を2021年10月20日(水)に開催しました。このイベントは、キャリアコミュニティサービスDEEP TECH DIVEについて知っていただくために、東大IPCの支援するスタートアップ企業にご登壇いただき、業界の動向、起業エピソード、直近の募集職種などについてカジュアルにお話しいただくというものです。
今回は「1stRound採択スタートアップ、躍進の軌跡(前編)」をテーマに、<マンガ×AI>のMantra株式会社、<太陽光×EV>の株式会社Yanekaraの経営者として活躍されている御二方にご登場いただきました。本記事では、特に盛り上がったトークセッションの内容についてハイライトでお伝えします。
登壇者プロフィール(順不同)
Mantra株式会社 代表取締役 石渡 祥之佑氏
東京大学情報理工学系研究科修了。博士(情報理工学)。日本学術振興会特別研究員(DC2)、東京大学生産技術研究所特任研究員等を経て、2020年にMantra株式会社を創業。マンガ翻訳ツール「Mantra Engine」や、マンガを用いた英語学習サービス「Langaku」の開発に従事。
株式会社Yanekara 代表取締役 COO 事業開発統括 吉岡大地氏
高校卒業後単身渡独し、フライブルク大学に正規入学。2018〜19年にはイギリスのウォーリック大学に1年間留学し、エネルギー政策について研究。その後、日本のエネルギー業界で複数のインターンを経験。ドイツ、イギリスを中心にヨーロッパと日本のエネルギー政策とビジネスに知見がある。2020年に株式会社Yanekaraを設立。
「世界の言葉でマンガを届ける。」をミッションに、技術やサービスを構築
ーーまずは石渡さんから、キャリアと現在の事業について教えてください。
石渡:わたしは2020年にMantraという会社を創業しましたが、Mantra設立のきっかけは、「Utokyo 1000k」や「Summer Founders Program」、「Todai To TexasによるSXSWへの派遣」、そして東京大学(産学協創推進本部)のプログラムで好感触を得たこと。その後、大学院の博士課程の卒業と同時に、フルタイムでMantraの事業を手掛けていくことを決めたタイミングで、「1stRound」に採択いただき、初回の資金調達までを支援していただいたおかげで法人を設立し現在に至ります。
Mantraの社名は「マンガ・トランスレーション(翻訳)」の略です。具体的な事業は2つあり、「Mantra Engine」という法人向けのサービスと、「Langaku」という外国語を学習するサービスです。
高速翻訳でマンガを多言語展開する「Mantra Engine」
石渡:1つ目の「Mantra Engine」は、マンガの翻訳を高速で行うためのサービスです。もともとマンガ翻訳には多くのコストや時間がかかるので、これから流行っていく大部分のマンガについては、売れるかどうかわからないから海外の出版社が翻訳出版に踏み切れない、という課題があります。正規版として海外で出版されている日本のマンガ作品は、10%程度しかないと言われているほどです。一方、その10%以外の作品にも沢山の海外ファンがいるので、ファンの間で非公式の海賊版が作られ、結果として日本と海外の出版社やマンガ家に1円もお金が入らないというのが現状です。
こうした事情を受け、マンガ翻訳にかかるコストや時間の問題を解決するためのサービスとして「Mantra Engine」を開発しました。このサービスを用いれば、マンガをアップロードするだけで、自動翻訳を瞬時に行えます。ただし、このままでは完璧な翻訳ではなく出版できる状態とは遠いため、プロの翻訳家やデザイナーに調整やチェックを行ってもらうための機能も搭載しています。これらの機能を活用することで、従来と比べて少なくとも2倍のスピードアップ、効率化を実現しました。
マンガでの外国語学習に特化した「Langaku」
石渡:2つ目の「Langaku」は、集英社と共同で開発している、マンガを読んで英語を学ぶためのサービスです。「日本に住んでいると、英語翻訳されたマンガ作品に普段触れる機会はないけど、これらを英語学習に活用できるのでは?」というアイデアから始まりました。
「Langaku」では、わからない英単語のあるコマを日本語に切り替えたり、わからなかった英単語を保存してコマと一緒に覚えたりできるといった学習の仕組みを用意しており、これらを実現するために、コマを自動で検出する機能や、コマのセリフ(文)の中から英単語の難易度を推定し辞書を自動的に構築する機能などを搭載しています。
「世界の言葉でマンガを届ける。」ミッションを叶える技術とは?
石渡:Mantra創業後、論文や特許になった技術として、「文脈や画像を考慮するマンガ自動翻訳(Hinami AAAI21)」と「”スタイル”を考慮する半自動彩色(Shimizu+ ICIP21)」という2つがあります。
前者は、「Mantra Engine」で採用されている自動翻訳エンジンです。マンガのコマを自動的に検出し「シーン」と捉え、この中にどういった絵が含まれているのかといった情報を自動で推定しつつ、コマ中の文脈や画像を考慮しながら翻訳を行える、マンガ翻訳専用のアルゴリズムを作りました。
後者は、マンガに色を付ける技術です。東京理科大、東京大学と共同研究を行っています。マンガを白黒ではなくカラーで楽しみたいという日本国外のニーズを受けて、高速、かつ美しく色を塗る技術を作っています。この作業も翻訳と同様に非常に大きな労力がかかりますが、わたしたちの技術では半自動で既存研究よりもクオリティの高い着色を行えます。
再生可能エネルギーの普及に熱意と興味を持った現役東大生が活躍するスタートアップ
ーー石渡さん、ありがとうございます。では、次に吉岡さん、お願いします。
吉岡:Yanekaraという会社で、電動車両をエネルギーストレージ化する充放電システムを作っています。わたしは高校卒業後、ドイツのフライブルク大学に進学し、再生可能エネルギーの政策やビジネスを研究。この秋に卒業して、現在はYanekaraにフルコミットしています。共同創業している松藤は、東大大学院で学んでいるエンジニアであり、製品開発を統括しています。
現在、Yanekaraのチームには、再生可能エネルギーの普及に興味と熱意を持った現役東大生17名が所属しています。チームメンバーは東大理系の各分野から集結しており、ハードウェアからソフトウェアまで一気通貫で開発できる点に強みがあります。
Yanekaraの歩みは2019年からスタート、その夏のアントレチャレンジ優秀賞に選ばれたことがきっかけとなり「Summer Founders Program」に参加し、製品のプロトタイプを作りました。その後は、「未踏アドバンスト」や「1st Round」、「NEDO Entrepreneur Program」などに採択されて支援を受け、2021年にシードラウンドへの到達を果たしました。
「地球に住み続ける。」には、「調整力」が必要不可欠
吉岡:Yanekaraのミッションは、「地球に住み続ける。」と非常にシンプルです。若い世代であるわたしたちが強みを生かしながら、気候変動というグローバルな課題の解決策を作っていきたいと考えています。
地球に住み続けるには再生可能(自然)エネルギーを普及させる必要がありますが、自然エネルギーは出力が変動するので、「供給と需要のブレを調整し一致させるための力(調整力)」が求められます。これは従来、火力発電所などが担っていましたが、今後求められる脱炭素化の流れを受けて、わたしたちは電気自動車(EV)の中にある蓄電池に目を付けたのです。
EVの蓄電池を用いるには充放電器が必須ですが、従来の充放電器は非常に高価で、まだ社会に広く普及していないことが課題として挙げられます。また、顧客がEVを多数台導入する際、電源容量不足から分電盤などの設備改修に多大なコスト・手間がかかってしまう点も課題です。
群制御クラウドを用いて、「調整力」を創出する
吉岡:こうした課題の解決策として、Yanekaraでは「独自の充放電器」と「群制御クラウド」を開発しています。わたしたちが独自開発する充放電器には、1器で最大4台のEVをまとめて充放電できる点に大きな特徴があり、EV1台あたりの充放電器の初期費用を格段に抑えられます。加えて、太陽光パネルを建物の上に設置し、そこから直接、直流のままでEVに充電することが可能なシステムとなっています。
また、群制御クラウドでは、自社のプロダクトだけでなく、他社の充放電器や蓄電池などの制御も可能です。群制御を通じて仮想的な発電所を構築することで、「調整力」を創り出し、再生可能エネルギーの普及の加速化を図っています。将来的に、この一連の充放電機のシステムは、大学・自治体・物流事業者に導入していきたいと考えています。
わたしたちの強みには「複数台のEVに特化」している点もあり、これにより他社製品と差別化を行っています。現在は、1年前の実証実験で発見した課題の解決に向けて、再度の実証実験および開発を進めている段階です。
手掛ける企業がないならば、自分で起業するしかない
ーー起業を意識し始めたきっかけは何ですか?また、起業しなければならなかった理由、必要性を教えてください。
石渡:明確なきっかけは博士3年生の5月です。授業で4歳年上の同学科の卒業生から、技術者が起業することは可能であることを教わって、それまで研究者志望だったわたしは、起業の選択肢を強烈に意識させられました。マンガ翻訳に関するAIを手掛ける企業がそもそもなく、事業として行うならば起業するしかないと感じました。
吉岡:「独立行政法人 情報処理推進機構」の事業である「未踏アドバンスト」に採択されたことがきっかけで自信が付きました。また、採択期間中に実証実験を行うにあたり、用いる知財の帰属先を検討したとき、本気で事業を行うならば登記し、法人として知見を溜めていく必要性を感じたこともあります。もともと起業家になりたくて起業や研究開発を行ったわけではなく、自分たちのアイデアを世に最も速く確実に出す手段として、スタートアップを立ち上げています。
自分ができないことをやり、謙虚な彼のためだったらサポート役に回ってもいい
ーー代表取締役として、事業のパートナーを選ぶ基準にはどんなものがありましたか?
吉岡:共同創業者に松藤を選んだのは、もともと自身がエンジニアではなかったことが大きく関係しています。2人ともエネルギー問題に強い興味と知識を持っていましたが、彼はエンジニアとしてアプローチできます。これは自分にはできないことで、2人であれば事業をうまく補完できるのではないか、また、この人のためだったら後ろからサポートする役割に回っても良いと思いました。あとは、シンプルに彼の謙虚な人柄が素晴らしかったこと。これまで大きな喧嘩をしたこともなく、尊敬しています。
石渡:(共同創業者でありCTOの)日並とは、学部の同級生で2011年からの付き合いです。学部の研究室や博士課程でのインターンも同時期に経験し、かねてより人間性を把握していました。長い付き合いでお互いのことを見知っていたため、起業を意識したタイミングで「日並と一緒にやりたい」と思い、すぐに連絡を取りました。はじめは断られましたが、「起業しなくても、博士課程3年生の最後の夏休みの自由研究だと思ってプロジェクトに参加してほしい」と説得。彼はリスクを取ることを好む性格なので、次第にコミットしてくれるようになりました。
起業前は研究者志望で、ビジネスのことは全くわからなかった
ーースタートアップの立ち上げ直後に最も苦労したことはなんですか?
吉岡:一番しんどかったのは、1年前の福岡県での実証実験です。EVをパートナー企業さんに買ってもらい、太陽光パネルを設置してもらい、場所を提供してもらっている中で開発を進めていましたが、実験がうまくいかなくなりEVを破損させてしまいました。パートナー企業さんに一部を弁償してもらい、自分たちの技術の未熟さと申し訳なさを感じたのですが、この失敗があったからこそ、現在はそれを乗り越えるシステム構成づくりに生かせています。
石渡:わたしは資金調達がしんどかったですね。起業前は大学にいたので、ビジネスの知識が不足しており、「売上とは?利益とは?」という状況からスタートしました。
ーー1stRoundではどのような支援が役立ちましたか?
石渡:事業計画の作り方や資金調達に必要なToDoリスト、投資家さんの紹介などをいただきました。また、AWSの無料チケットもいただいて、マンガ翻訳の機械学習にかかるサーバー代がかからなかったのも助かりました。以前、アクセラレーターであるYコンビネータLLCからの資金調達を図っていたときには、事業のピッチを英語で行うための面接練習にも付き合ってくれるなど幅広い支援で驚きました。
吉岡:事業計画づくりやシード期の投資などをガイドいただきました。また、弁護士や税理士、会計士、司法書士など士業専門家の方を紹介いただき、資本政策の調整や修正を行っていただけたことで、スムーズな資金調達につなげられました。東大IPCから紹介いただき社外取締役になっていただいた方からは事業面でのアドバイスをいただいただけでなく、ハードウェアのアドバイザーの紹介も受けられて、そのおかげでハードウェアの開発が前に進んでいます。
地道な顧客インタビューと、最速での製品づくり
ーー参加者の方から「顧客のペインとMVPが何かという見極めはどのように行っていますか?」という質問が届いています。
吉岡:とにかく顧客インタビューを数多く行って、ペインを探すところから始めました。ときには現地に出向いて、20〜30社ほどインタビューを行うという地道な情報収集です。そして、まずは経済性やMVPを意識せずに、顧客から挙がってきた1つ1つのペインの解決に必要最小限な機能を持った製品を開発してみて、顧客に見てもらいながら一緒に作り上げていくという流れです。
石渡:わたしも、顧客のペインの見極めには、顧客インタビューが必須であると考えています。わたしたちの会社では、どんなに忙しくても、また自身に直接関わらない製品であっても、メンバー全員が顧客インタビューに参加するというルールを作っています。これは、顧客のペインの拾い上げを少しでも効率化するための努力です。
MVPの見極めについては、全員が参加する企画会議で製品のアイデアを出し合い、その中から最も実装コストの低い製品から順番に試していくという方針です。そもそも顧客のペインの見極めには失敗しやすいと思うので、最速で製品を作る方針で効率アップを図っています。
はじめの事業計画は、ガバガバ
ーーもう1つ質問が届いています。「起業時に事業計画や予算はどこまで詳細に作り込みましたか?また、事業計画とのギャップはありますか?」
石渡:わたしは事業計画をきっちり作り込んだつもりでしたが、投資を行う側からするとガバガバだったようです(笑)。事業計画とのギャップは大きいと感じていてピボットもしており、現在ではもう別物となっています。
吉岡:事業計画は起業時ではなく、そこから1年後の資金調達のタイミングで作りました。このときの事業計画はガバガバでしたね(笑)。制度として立ち上がっていない市場で勝負する部分もあり、ハードウェアの製品ができていない段階で、導入によってどれだけの顧客にメリットを与えられるのか、どれだけの収益を得られるのかを正確に予測することはできませんでした。直近1ヶ月ほどで、できるだけ現実的な線表・開発スケジュールを引き直し、事業計画に落とし込んでいたところです。