7月1日に新型コロナウイルスの相談を受け付けるコールセンターを支援するシステム「whis+(ウィズプラス)」を仙台市にて立ち上げました。日経新聞にも取り上げられた「whis+」の開発プロセスや今後の可能性について、シグマアイの代表でもあり、東北大学、東京工業大学の教授でもある大関に語ってもらいました。
大関 真之
シグマアイ代表取締役
東北大学大学院 情報科学研究科 情報基礎科学専攻・教授
東京工業大学 科学技術創成研究院・教授
困っている人が目の前にいるのであれば、社員全員で助けようと
仙台市の産業振興課の方から声を掛けられたのが、このプロジェクトの発端です。「医療向けコールセンターが、問い合わせの増加によって業務負荷が高まっているので、相談に乗ってもらえないか」と。これが2020年の8月21日のことです。話を聞いてみると、システムを使わずに、全て紙ベースで運営されていることが分かりました。改善の余地は大きいと感じましたね。
この案件を進めるかどうかを社内で検討したのですが、「進めない」という声が出てきてもおかしくはなかった。シグマアイは量子コンピュータの研究成果を、世に還元するための会社です。コールセンター向けのシステムには、量子コンピュータの技術は必要ありません。しかし、全員が「やろう!」ということになった。反対意見は1つも出ませんでした。目の前に困っている人がいるなら助けるしかないじゃん、と。技術はあくまで手段ですから。
オペレーターに目の前の相談に集中してもらう。そのためのシステムをつくる
「このコロナ禍において、市民のために本当に必要なサービスは何か」というコンセプチュアルな議論をしながら、コールセンターの対応の状況を想像して、ストーリーを描きました。現場の人にリモートで話を聞きながら、ロールプレイングも頻繁に行いましたね。そこで見えてきたのが、「オペレーターに目の前のコミュニケーションに集中してもらうこと。これが最も求められることではないか」という仮説です。オペレーターには元看護師の方も多く、目の前の人の役に立ちたい、と使命感に燃えている人も多い。その一人ひとりの想いに応えるシステムをつくろうと、試行錯誤を重ねました。
このような議論と開発を進めていると、「コールセンターにとどまらず、全国区の地方自治体の悩みを解決したい」という機運が社内で盛り上がってきた。そこで「Project MASAMUNE」を立ち上げて、コールセンター向けシステム「whis+」と同時並行で、様々な自治体の問題の検討を始めたのです。
「whis+」の開発は、4名の学生エンジニアが全てを担っている
このプロジェクトを進める中で最も驚いたのは、エンジニアたちのマインドが大きく変化したこと。「whis+」の開発作業は全て、4名の学生エンジニアが担ってくれています。私の講義を受けてシグマアイに興味を持ってくれた、東北大学と大阪大学の学生が取り組んでくれました。彼らがただ手を動かすだけではなく、主体的に意思決定ができるようになったのです。やるかやらないか、難しいレベルの検討を伴う決断も下してくれたし、「次はこうしましょう」と進言もしてくれた。そして、サービス名も彼らが考えてくれた。本当に成長してくれたと思っています。政令指定都市が使ってくれて日経新聞にも取り上げられたプロダクトを、学生の身でありながらリリースできたのですから。私としても、非常に嬉しいですね。
導入直前。現場の熱に触れて、全てを捨ててつくり直した
そういえば、彼らのスイッチが入った瞬間がありました。新型コロナウイルスの感染状況が収束しないこともあり、なかなかコールセンターの現場に入れませんでした。ようやく今年の4月に、システムの実装・テストのために現場を訪れたのですが、想定していた実態と大きな乖離が見られたのです。感染状況が逼迫している中、現場の方々の頑張りは想像以上だった。システムで提供する機能が、手作業で高いクオリティで担保されていた。これでは、現状のシステムを入れても、あまり効率化が進まないことが分かりました。そこで、どうするか。学生エンジニアたちはここまで苦労して開発してきたものを捨てて、新たにつくり直すことを決断したのです。そこから5月と6月の2ヶ月で、急ピッチでブラッシュアップして仕上げました。あれは、かなり大変だったと思いますね。
ただ、現地でコミュニケーション後に、エンジニアたちが「このプロジェクトを担当してよかった」と言い始めました。それまでは、お客様と向き合っていなかったから、ゲームみたいな感覚で開発を進めていた。しかし、初めて生のお客様に触れて人間関係ができてから、一気に熱が高まった。自分の仕事がバーチャルなものからリアルになったんじゃないかな。そこで彼らは覚醒したのだと思いますね。
「whis+」を起点にした、技術、プロダクト、シグマアイの近い未来
「whis+」の今後の伸びしろも感じています。データが蓄積されれば、量子コンピューティングの技術も十分に活用できる。また、このシステムをベースに横展開も可能です。コールセンターをはじめとする「市民への情報提供・対応業務」に課題を感じている自治体は多い。「whis+」をモデルケースとして、他の課題にもアプローチできるのは大きいですね。今後は「Project MASAMUNE」から新たなプロジェクトが立ち上がるでしょう。
そして、もうひとつ。地域の課題と学生の想いを結びつけられたことにも、ポテンシャルを感じています。大学で講義を長く担当してきて感じているのですが、「世の中のためになりたい」「困っている人を救いたい」という想いを持つ学生は増えている。その想いを実現するための責任と環境を割り当てることができれば、地域課題の解決につながることを実感できました。シグマアイが「大学発スタートアップ」という特性を活かし、地域と学生を結ぶハブとしても発展することで、双方の可能性を最大化していきたいですね。