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大学を1年で中退してアメリカへ渡った若者が、起業家に変身を遂げるまでのストーリー

今回は共同代表の遠山孝行さんのお話を伺います。なぜSAMANSAを立ち上げることになったのか経緯から迫って参ります。海外(留学)に興味のある方、起業に興味のある方、自由な環境で働きたい方は是非ご一読ください!

ーアメリカへ乗り込むまで

-米国へ行かれた経緯を教えてください

遠山と申します。宜しくお願い致します。そうですね、僕は元々プロを目指して小中高とテニスばっかりやってたんですが、段々と限界を感じ始め、高校卒業まで続けたものの、最終的にはそこでプロは諦めました。

そんな中で大学に入ったんですが、僕は中学・高校・大学とずっと慶應ということもあって、なんか大学まで慶應にはいなくてもいいかと思うようなったんですね。じゃあ何をしようかって考えた時に、高校の時に劇の脚本を一から作ったことがあって、「あれすげえ面白かったなー」って思い出して。あと映画を見るのが好きだったので、せっかくだからアメリカに行ってそういうことを勉強しようかな、と思ったのがきっかけです。

ーアメリカで映画を学ぶ刺激的な生活

-アメリカのどこに行かれたんですか?

初めはSpokaneという場所のカレッジに入学しました。めちゃくめちゃくちゃ田舎でした。その後、テキサス大学オースティン校の映画学科に編入します。

-テキサス大学!本場はどうでした?

素晴らしい環境でした!スタジオがあったりと設備が充実してるし、世界中からめちゃくちゃ才能のあるクリエイターの卵が集まっていて、彼らとの撮影プロジェクトを通してたくさんのことを学びました。そこで気づいたのが、映画作りはアートも大事だけど、ビジネスも大事だということでした。

テキサス時代の仲間と撮影プロジェクト     

-それが今の事業に繋がっているんですかね?

それもそうなんですが、演出よりもプロデューサーをやりたいなっていう風に気持ちが傾いていったって感じですね。そういう意向になってからは撮影プロジェクトもプロデューサーという立ち位置で関わっていくことになりました。


ー映画の都、ハリウッドのあるLAで働く

-卒業してからは?

映画の都ということでロサンゼルスに移住し、制作会社でのインターンをまずは始めました。たくさんの脚本が用意されていて、それを読んで分析・評価する、ということをやっていましたね。代表が監督・ディレクターをやっている会社だったので、彼のために提案で集まってくる脚本をスクリーニングしていたって感じです。そのほかにも撮影スタジオの現場に行ったりってこともしていました。

-インターン終了後は?

日系の会社の求人があったので、そちらに移ってプロダクションコーディネーターとして働きました。がそこでは基本的に日本からやってくる撮影チームのフォローの仕事が多くて、これではアメリカに来た意味がないなーって思って、お世話になってはいたものの、退職することにました。とはいえ次も決まっていなかったので、とりあえず焼肉チェーン店でバイトを始め、そこでキッチンとして働きました。実はここ、僕の叔父さんが経営している焼肉チェーン店でして、働くのはもうここでいいやって思ってw。一方で自主の撮影プロジェクトをやったり、フリーランスの撮影アシスタントの仕事をするような生活をしていました。


LAでの撮影プロジェクト

撮影の仕事をしながら、テキサスの仲間とプロジェクトをしたり、フリーで撮影現場行ったり、祐一くん( 共同代表 ) と映画を作ったり。そんな折、ビジネス系の本をよく読むようになって、中でもスタートアップ系の本を読むのにのめり込んでいくようになって。「会社を立ち上げて何かやるのって面白そうだな」と思うようになりました。このタイミングで先に祐一くんに日本に戻って会社やろうよと誘われて「OK」と。

-それで突然日本に帰ったんですか?

そうですね、というのもアメリカでプロデューサー修行をしつつ、いつかは日本に帰って、日本からハリウッドに負けない映画を作りたい、という気持ちが元々あったので、それを祐一くんに伝えたら「じゃあいつまでいたら修行が終わるの」って。まあ具体的にいつまでっていうのは無かったので「じゃあもう戻ってきてそれやろうよ」って説き伏せられて。帰ってきましたw

ーSAMANSAを創業する

-映画作り、ではなくショートコンテンツ配信、となった経緯はなんでしょう?

実はSAMANSAとは別に彼と映像制作会社もやっていまして、制作はそちらで請け負っています。その一方で、ショートコンテンツの配信をやることになった経緯ですが、アメリカに行って、向こうで実際にショートフィルムをたくさん作っていく中で、

「どうして良いショートフィルムがたくさん作られているのにそれがビジネスにならないんだろう」

という疑問を持ち始めまして。そんな中Quibiっていうサービス( 2020年にサービス終了したアメリカのサブスク型ショートフィルム配信サービス )がローンチされまして、当時大型の資金調達をしたり、CEOが映画産業界でも有名な大物だったということもあり、すごく注目されてたんですね。ああこういう動きがやっぱり出てきてるんだなと。これを日本でもやれないかなって漠然と思って、アイディアの一つとして祐一くんとこの話をしているうちに「じゃあこれもやっちゃおう」ということになって。途中動画翻訳のサービスをやろうってピボットしようとしたりと紆余曲折はありましたが最終的にこれが事業として走り始めました。

-ここでSAMANSAに繋がっていったんですね。やっちゃおう、ということではありますが並々ならぬ決意だと思います。

国境を無くす、ということや、世界中のクリエイターに貢献する、というVISIONを成し遂げたい、というのが大きいですね。なので、今後は配信以外でも例えば映画のオンラインマーケットを作るとか、映画制作の面でも国境を越えてやれるような環境、作る前から流通まで、いろんな段階で国境を無くしていきたいと思っています。



-SAMANSAで働く仲間に求めるもの

-素晴らしいVISIONですね!スタートアップとしてどんな会社にしていきたいですか?

自由な会社というのは必須です。これから社員の方がたくさん増えていっても、お互いがフラットに意見を言い合えるような環境を作っていきたいです。また、Googleに買収されたKeyholeという会社がそうだったんですが、会社の掲げる壮大な夢に向かって、受付の一人一人に至るまで、全社員が理想を追いかけて情熱を持って働ける、働きたいと思える、そんな会社にしていきたいと思っています。

-どんな方にSAMANSAに来て欲しいですか?

いろんな人に来て欲しいですが、SAMANSAだけでなく、個人の理想や夢、VISIONがあってそれに向かって走っている人は是非とも来て欲しいです。自立している人、一国一城の主みたいに、自分で正しいと思ったことを城主として旗ふってやっていける人、失敗を恐れず、試行錯誤して走り抜けられる方は楽しめると思います。

-本日はありがとうございました!

ありがとうございました!当社に興味を持ってくださったみなさんからのご連絡お待ちしてます!


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