本稿は、AI技術の進化が著しい現在(2025年)を踏まえ、2年後の2027年にAIエージェントが本格的に普及した世界を予測し、それが私たちの購買行動にどのようなパラダイムシフトをもたらすか、その可能性を探るものです。
前回の記事(【PR×AI】2026年の消費者購買行動の変化と新技術の影響を展望)では、2026年における生成AIやパーソナルAIエージェントの登場が、情報収集から意思決定に至る消費者の行動をどう変えつつあるかを見てきました。「検索から対話へ」という大きな流れや、AIとの対話から生まれる潜在ニーズの発見、比較検討プロセスの効率化といった変化の兆しが見え始めていましたね。
そして2027年、その変化はもはや兆しではなく、AIエージェントの本格的な普及という形で、私たちの購買プロセスを根底から塗り替えていると予測されます。生成AIのさらなる性能アップ、音声アシスタントや対話型UIといったインターフェースの日常化、そしてサステナビリティや倫理観を大切にする社会的な価値観の変化。これらが組み合わさって、購買意思決定から実際の購入までの流れは、これまでの常識が通用しない新しいステージに入っていくことになりそうです。これは単なる技術トレンドというより、マーケターや経営層が戦略の根本的な見直しを迫られる、大きな構造転換と言えるのではないでしょうか。
この記事では、前回ご紹介した変化が2027年にどのように深まり、進んでいくと考えられるか、特にAIエージェントが購買行動に与えるであろう決定的な影響にスポットを当てていきます。検索・比較フェーズの移り変わり、ブランドとの新しい接点、変化するであろう消費者心理、そして企業がこれから取るべきマーケティング施策について、もう少し踏み込んで見ていきましょう。
購買意思決定におけるAIの役割拡大:消費者の「代理人」から頼れる「パートナー」へ
2027年、AIエージェントは単なる情報提供ツールを超えて、消費者の「代理人」として購買意思決定プロセスに深く関わるようになるでしょう。たとえば、2025年にすでに各社から発表されているAIエージェントの進化版〜ユーザーに代わって航空券の予約や日々の食料品の注文、さらには決済までスムーズにこなす〜そんな高度なAIエージェントが一般的になっていると予想されます。これらのエージェントは、ユーザーの好み、予算、過去の買い物履歴、大切にしている価値観といった情報を学習し、膨大な選択肢の中からベストな商品を絞り込んでおすすめしてくれます。時には、ユーザーからの明確な指示がなくても、設定されたルールに基づいて自動で買い物まで済ませてしまう「代理購買」も現実のものとなるでしょう。
情報が多すぎて疲れ気味の現代の消費者の多くは、この変化をむしろ歓迎するようになりそうです。実際、ある調査では消費者の55%が「信頼できるAIに商品購入を任せたい」と考えているという報告もあり、選択肢の多さに悩むより、自分にぴったり合った効率的な購買体験を求めている様子がうかがえます。AIは、自然な会話を通してユーザーの漠然とした要望を丁寧に聞き出し、まるで腕利きのパーソナルショッパーのように隠れたニーズを探りながら候補を絞り込み、最適な提案をする「対話型ナビゲーション」を実現すると考えられます。
この流れは、企業にとっても見過ごせません。Deloitteの予測によれば、2027年までに半数以上の企業が、自社のマーケティングや顧客対応プロセスに、何らかの形でAIエージェント(顧客向け、あるいは社内業務効率化のため)を導入すると予測されています。AIエージェントは、もはや消費者と商品・サービスをつなぐインターフェースとして、新たな「当たり前」の存在になっていくと考えられます。
検索・比較フェーズの様変わりと「ゼロクリック消費」の加速
前回指摘した「検索から対話へ」のシフトは、2027年にはさらに進んで、従来の「検索エンジンで情報を集め、複数のサイトを見比べて検討する」という行動スタイル自体が急速に短縮されたり、見られなくなったりしていくと予測されます。その最大の理由は、ChatGPTに代表される対話型AIがすっかり浸透することです。「ググる」代わりに「AIに聞く」ことが日常になるでしょう。専門家の間では、近い将来、特定の情報を探す際にはChatGPTのようなAIが従来の検索エンジンに取って代わる可能性が指摘されています。
検索結果ページで必要な情報が手に入り、ウェブサイトをクリックせずに終わる「ゼロクリック検索(Zero-Click Search)」の傾向も、AIが答えを直接示してくれることで、ますます強まるでしょう。2019年の時点で、すでにアメリカでは検索の半数以上がクリックを伴わないというデータがありましたが、AIエージェントがユーザーの質問に最適化された回答を直接作り出すため、ユーザーはもうキーワードを工夫して入力したり、いくつものウェブサイトを巡ったりする必要性を感じなくなるでしょう。
AIエージェントとの自然な会話の中で、情報収集から商品選び、そして購入までがスムーズに完結する――いわば「検索しない購買」「比較しない購買」が一般化していくことでしょう。AIが膨大な商品スペック、レビュー、価格情報をあっという間に比較・分析し、ユーザーの状況や意図に合ったベストな答えを示すため、ユーザー自身が比較表を作ったり、レビューサイトをじっくり読んだりする手間は大幅に削減されるでしょう。
この変化は、企業にとって、従来のSEO(検索エンジン最適化)やリスティング広告といったやり方だけでは、ターゲット顧客にアプローチするのが難しくなることを意味します。AI時代の「検索行動の変化」に対応するためには、製品情報を構造化データとして整備してAIが理解しやすい形で提供すること(AEO: Answer Engine Optimization)、あるいは自社ブランドの公式対話エージェント(チャットボットや音声スキル)を通じて直接的な情報提供や顧客サポートを行うといった、新しいアプローチが欠かせないものになるでしょう。
アルゴリズム起点のブランド接点と「信頼」の新しいカタチ
購買プロセスにおけるブランドとの接点も、AIとアルゴリズムによって大きくデザインし直されていくでしょう。消費者が最初にブランド情報に触れ、AIエージェントによるレコメンデーションであるケースが急増すると見られます。ユーザー個人のAIエージェントが、設定された条件に基づいて複数のブランド製品を比較検討し、場合によっては価格交渉まで代行する、そんなシナリオも現実味を帯びてきそうです。個人のAIエージェントが、企業のAIエージェント(販売チャネルやブランドエージェント)と自動で交渉し、ユーザーにとって一番有利な条件を引き出す未来も、そう遠くないかもしれません。
つまり、企業にとっての最重要課題は、「どうすれば消費者のAIエージェントに『選んでもらえる』ブランドになれるか」ということになるでしょう。タッチポイントの設計は、AIアルゴリズムが生み出す検索結果、レコメンド、対話応答といったデジタル空間(あるいは音声空間)の中で、どうやって自社ブランドを効果的に、そして好意的に見せるか、という「アルゴリズム起点」の発想に転換する必要がありそうです。
ここでは、従来の広告クリエイティブの魅力や、店頭ディスプレイの美しさといった感覚的なアピールだけでは、少し物足りなくなってしまうかもしれません。AIエージェントは、人間のように感情や雰囲気に流されて購入を決めるわけではありません。ガートナーが指摘するように、「機械の顧客(Machine Customers)」は大量の情報をロジカルかつ客観的に比較・評価して意思決定を行い、情緒的なアピールや人間的なアプローチには影響されにくいと考えられます。
言い換えれば、「アルゴリズムに信頼されるブランド」であることが、これまで以上に重要になるでしょう。その信頼は、製品レビューの評価スコア、星の数、価格競争力、在庫情報の正確さ、配送スピードと信頼性といった、定量的で客観的な指標(データ)によって築かれていくことになるでしょう。AIが「このブランドは信頼できる、ユーザーにおすすめする価値がある」と判断できるような実績データを地道に積み重ねることが、新しい時代のブランド構築につながるでしょう。
また、企業が独自の「ブランドエージェント」を開発し、ユーザーとの直接的な対話チャネルとする動きも活発化してくるでしょう。これは単なるカスタマーサポート用のチャットボットにとどまらず、ユーザーの良い相談相手として、ブランドが持つストーリーや世界観、価値観を対話を通じて伝え、エンゲージメントを深める役割を担うようになっていくでしょう。ユーザーとブランドの関係性は、「人対企業」から「AI対AI」、「AI対人」へと多様化していくと考えられます。その中で、いかにブランドとしての一貫性を保ち、信頼される対話体験を提供できるかが、ロイヤルティを育む鍵となるでしょう。
変化する消費者心理:「文脈レコメンド」の超パーソナル化と、揺るがない「価値観重視」
テクノロジーの進化は、消費者の行動だけでなく、その心理にも影響を与えることでしょう。一つは、レコメンデーションの「文脈化」と「超パーソナライズ化」です。従来の「この商品を買った人はこんな商品も見ています」といった画一的なおすすめは、過去のものとなっていくと予測されます。2027年のAIは、ユーザーの購買履歴だけでなく、現在の状況(天気、場所、時間、スケジュール)、過去の対話履歴、さらには気分や健康状態といったリアルタイムのコンテキスト(文脈)まで深く理解するようになりそうです。そして、「”今、この瞬間の”あなたにとって最適な提案は何か?」を判断して、非常に精度の高い、パーソナルな提案を行うようになるでしょう。これにより、ユーザーは「自分のことをよく分かってくれている」と感じ、AIエージェントへの信頼感を深めていくと考えられます。
一方で、情報爆発とも言える現代社会において、消費者の「認知的負荷」や「選択疲れ」は、引き続き深刻な問題となりそうです。Accentureの調査によれば、消費者の73%が選択肢の多さに圧倒され、74%があまりの選択肢の多さに購入自体を諦めてしまった経験があるといいます。この「情報疲れ」「選択疲れ」が、信頼できる代理人であるAIに判断を任せたい、というニーズを後押しすることになるでしょう。
加えて、消費者の「価値観重視」の傾向は、2027年にさらに顕著になるでしょう。単に価格が安い、機能が優れているというだけでなく、そのブランドが環境問題や社会課題に対してどんな姿勢で取り組み、どんなパーパス(存在意義)を掲げているかが、購買意思決定における重要な判断基準になっていると考えられます。実際、「自分の価値観に合う企業の商品を選びたい」と考える消費者は8割を超え、企業の倫理観やサステナビリティへの貢献、DEI(多様性・公平性・包括性)への取り組みなどが、無視できない選択要因となるでしょう。
AIエージェントも、ユーザーの設定に応じてこれらの「価値観フィルター」を組み込むようになると考えられます。「環境負荷の少ない製品だけを提案してほしい」「フェアトレード認証のある商品に絞ってほしい」といった指示に基づいて、候補をフィルタリングするようになるでしょう。結果として、企業は自社の価値観や社会的姿勢をはっきりと打ち出し、それをデータとしてAIが認識できるようにしておかなければ、検討の初期段階でAIによって候補から外されてしまうリスクすら出てくるでしょう。情報過多の時代だからこそ、信頼できる情報源であること、そして共感できる価値観を提供できることが、最終的に選ばれるブランドの条件と言えるでしょう。
AIエージェント時代のマーケティング戦略:未来に向けた5つのヒント
これまで見てきたような購買行動と消費者心理の大きな変化に対応するため、マーケターや経営層は戦略のアップデートを迫られることになりそうです。そこで、2027年を見据えた5つの重要な戦略的ヒントを提案します。
- AIに「選ばれる」ための最適化 (AEO: Answer Engine Optimization): 従来のSEOから一歩進んで、AI(Answer Engine)に最適化された情報提供体制を構築することが求められるでしょう。自社の商品・サービスに関する情報を構造化データとして整備し、スキーママークアップの実装や公式APIの提供を通じて、AIエージェントが正確かつ簡単に情報を取得・理解できる環境を整えることが急務となるでしょう。FAQコンテンツを音声アシスタントやチャットボットでの応答に適した形に最適化し、AIが生み出す回答(フィーチャードスニペットなど)に自社の情報が採用されるようなコンテンツ作りも、ますます重要性を増してくるでしょう。2025年には全世帯の75%がスマートスピーカーを持つようになり、音声コマース市場が800億ドル規模に達するとの予測もある中、音声・対話チャネルでいかに自社ブランドが最初に思い出してもらえるかが、競争力を左右することになりそうです。
- アルゴリズムからの「信頼」獲得: AIエージェントはデータに基づいて論理的に判断します。ですから、レビュー評価の向上と高評価の維持、適正で競争力のある価格設定、在庫情報のリアルタイム更新と欠品の最小化、迅速で確実な配送プロセスの構築など、アルゴリズムが評価指標にしそうな要素を徹底的に強化・改善する必要があるでしょう。「このブランドならユーザーに自信を持っておすすめできる」とAIに判断してもらうための、客観的なデータと実績の積み重ねが欠かせないものとなるでしょう。自社でブランドエージェントを開発・運用する場合は、ブランドの世界観や顧客対応ポリシーをAIにしっかり学習させ、人間以上に信頼できる一貫した応対品質を保つことが、対話を通じたブランド体験の質を高めてくれるでしょう。
- 「文脈」を捉えた超パーソナライゼーション: マーケティングコミュニケーションは、より一層のパーソナライズが前提となるでしょう。ユーザーの許可を得て集めた多様なデータ(購買履歴、閲覧履歴、対話履歴、位置情報、デバイス情報など)をAIで解析し、「次に何を求めているか」を予測した先回り提案や、ユーザーの利用状況やライフイベントに合わせたベストなタイミングでの情報提供を実現することが期待されます。たとえば、スマート家電の使用状況データから消耗品の交換時期を予測し、自動で割引クーポンを送るといった施策も考えられますね。重要なのは、一方的な押し付けではなく、ユーザーの「文脈」に寄り添った、本当に役立つ情報提供であり、AIはその実現を強力に後押ししてくれるでしょう。
- 「価値観」と「倫理」の発信強化: 消費者がブランドの姿勢や社会貢献を重視する傾向が強まる中、企業は自社の理念、パーパス、そして具体的な社会的取り組み(環境保護、DEI推進、公正な労働慣行など)を、これまで以上に明確に、そして積極的に発信していく必要があるでしょう。そして、その情報をAIエージェントが理解・評価できるよう、サステナビリティレポートやCSR活動報告などを、機械が読み取れる形式(構造化データなど)でウェブサイト等に公開することが望ましいでしょう。価値観が合わないと判断されれば、簡単に選択肢から外されてしまう、そんな時代になっていくでしょう。誠実な姿勢と透明性の高い情報開示が、長期的な顧客ロイヤルティの基盤となるでしょう。
- AI主導の新たなエコシステムへの適応: AIエージェントが購買プロセスの主導権を握る新しいエコシステムへ、素早く適応していくことが、企業の持続的な成長には欠かせない要素となるでしょう。博報堂DYホールディングスの提言にもあるように、一度AIエージェントに主導権を握られてから状況をひっくり返すのは難しく、この業界の”ゲームチェンジャー”となり得る大きな波に乗り遅れないことが、きわめて重要になってくるでしょう。自社の商品やサービスが、主要なAIプラットフォームやエージェント上でどのように評価され、推薦され、取引されているかを常にチェックし、必要であれば従来のビジネスモデルやチャネル戦略を見直す柔軟性が求められるようになるでしょう。サブスクリプションモデルへの転換、D2C(Direct-to-Consumer)戦略の強化による顧客との直接的な関係づくり、有力なAIエージェントプラットフォームとの戦略的な連携による新しい販売チャネルの開拓など、既成概念にとらわれない発想の転換が必要になるでしょう。
おわりに:変化の波を捉え、未来を創る
2027年、AIエージェントの浸透は、消費者と企業の力関係、そして購買に至るプロセスそのものを劇的に変化させると予測されます。「誰に売るか」から「誰(どのAIエージェント)に選ばれるか」へ。検索に頼らず対話で完結する購買、アルゴリズムが評価するブランドの信頼性、そして情報過多の中でよりどころとなる個人の価値観――これらの流れは、前年に見られた兆候から確実な現実となりつつあります。そして今後、さらに加速していくことは間違いないでしょう。
これは企業にとって、既存のビジネスモデルやマーケティング手法が通用しなくなるという脅威となり得ると同時に、テクノロジーの力を借りて、本当にユーザーファーストな価値提供とは何かを問い直し、戦略を再構築する絶好のチャンスとも言えるでしょう。未来を見据えてこれらの変化を冷静に分析し、AIというテクノロジーの強みと、人間にしかできない共感や創造性といった強みの両方を活かした新しい戦略を練り上げること。それこそが、AIエージェントが活躍する時代においても顧客から選ばれ続け、持続的な成長を遂げるための鍵となるでしょう。
※本記事(及び本連載)の作成にあたっては、情報収集や構成案の検討においてAIを活用しています。