「自分が勝つ」から「組織で勝つ」へ
はじめまして、AXISの二関颯太です。 神奈川県出身で、中央大学を卒業後、麻雀コーチやタクシー運転手を経て、AXISに入社しました。現在は、パフォーマンスクリエイティブ局の副局長を務めています。 趣味はスポーツや麻雀、格闘技、お酒、旅行など…特に自然が好きで、休みの日には大自然を求めて出かけることが多く、仕事もプライベートも全力です! 私が担っているのは、SNS広告領域のクリエイティブ組織の管轄です。 動画広告、静止画広告、記事など、広告クリエイティブ全体の成果を伸ばすと同時に、組織とメンバーの成長に責任を持つことが現在の役割です。 プレイヤーの頃は、自分が成果を出せばよかった。課長の頃は、自分のチームを勝たせることに集中していました。しかし現在は、複数の部署を横断して成果を生み出すこと、一人ひとりの強みを組織の力へ変えることが求められています。 振り返ると、私は昔からずっと「勝ちたい」と思ってきました。ただ、その言葉の意味は、仕事を通じて少しずつ変わってきたように思います。 今の私が目指しているのは、自分一人の勝利ではなく、仲間と一緒に勝つことです。
目次
結果を求めながら勝ち切れなかった学生時代
幼い頃から体を動かすことが好きで、ドッジボールや空手など、競争のある環境に自然と惹かれてきました。負けず嫌いな性格で、取り組む以上は結果を出したいと考えるタイプでした。でも、空手では区大会で勝てても、県大会では勝てませんでした。中学では剣道、高校ではハンドボールを経験しましたが、そこでも強い相手には勝ち切れなかった。当時も結果を出したいという意欲はありましたが、必要な要素を分解し、改善を積み重ねるところまではできていませんでした。練習量や意欲だけでは、一定の水準を超えられない。強い相手に何度も敗れる中で、自分の努力の仕方そのものを見直す必要性を感じていました。
一方、小学2年生の頃に人間関係の中で疎外感を覚えた経験も、現在の自分に影響しています。自分の正しさだけを基準にするのではなく、相手がどう受け止めるかまで想像しなければ、良い関係は築けないと気づきました。その時に気づいたことは、マネジメントをする今も、自分の根っこに残っています。
学生時代を通して一番楽しかったのは、友達と遊んだり、部活に打ち込んだりする時間でした。振り返れば、私は昔から「何をするか」以上に「誰とやるか」を大切にしていたのだと思います。
責任を一人で抱えたサークル運営
大学では、30人ほどのサークルで代表を務めました。楽しい思い出はたくさんあります。ただ、当時の私は人に頼ることが苦手で、運営を一人で背負い込んでいました。その時、責任を担う立場には孤独が伴うことを初めて実感しました。
今思えば、人を率いることと、自分がすべてを抱えることの違いが分かっていませんでした。この経験を通じて、人との関係の築き方や、目的に向けて仲間を巻き込む難しさを学びました。
一人で完結する働き方への違和感
大学3年生の後半からは、麻雀をテーマにInstagramを活用したダイレクトマーケティングに取り組み、集客から販売までを一人で担いました。この活動は約1年間続けました。
自ら集客から販売までを担い、売上をつくった経験は、現在のマーケティングの仕事にもつながる原点になりました。ただ、続けるうちに強く感じたことがありました。
一人で完結する働き方には、次第に限界と物足りなさを感じるようになったんです。
成果を上げても、その過程や喜びを共有する仲間がいない。課題に直面した時も、相談しながら突破することができない。私にとっては、何を成し遂げるかと同じくらい、誰と挑むかが大切なのだと気づきました。
そこで活動を辞めることを決め、準備期間としてタクシー会社に半年ほど在籍しました。その後、大学の同期だった幹雄に誘われ、AXISに入社しました。
成果が出ない時期に学んだ仕事の向き合い方
入社後は、まずインフルエンサーマーケティングを2年ほど経験し、その後AD広告の部署へ異動しました。もっとも、異動後すぐに成果を出せたわけではありません。なかなか結果を残せず、部署を転々としながら、さまざまなジャンルで約2年間プレイヤーを経験しました。
試行錯誤を続ける中で、ECや不動産査定の領域では、徐々に売上を伸ばせるようになりました。成果が出ない時に、ただ作業量を増やすのではなく、何が課題なのか、何を変えれば数字が動くのか、誰から学ぶべきなのか、何を捨てて何に集中するのかを考えるようになりました。
この頃から、成果に至るまでのプロセスを自分なりに捉えられるようになったと感じています。学生時代の私は、勝ちたいとは思っていても、勝つために必要なことを考え抜き、やり切るところまでは届いていませんでしたが、仕事を通じてようやく、成果は気合いだけではなく、課題を見極め、行動を変え続けた先にあるものだと実感しました。
課長として得た大きな成功体験
会社が拡大していくタイミングで課長に昇進し、2025年度は1年間、課長として組織の売上に向き合いました。これは、自分のキャリアにおける大きな成功体験になりました。
学生時代には、自分の取り組み方に対して後悔が残る場面が何度もありました。しかし、この1年は結果から逆算して必要なことを考え、自分の中で妥協を残さないところまで取り組むことができました。そのうえで、組織として結果を出すことができました。
もちろん、すべてを一人で成し遂げたわけではありません。メンバーと試行錯誤を重ね、一人ひとりの力が合わさったからこそ届いた結果です。ただ、自分自身が逃げずに向き合い続けたことは、はっきりと言えます。根拠のない自信ではなく、課題を特定し、必要な行動を継続すれば結果は変えられるという実感を得たことが、自分にとって大きな転機になりました。
組織全体の成果に責任を持つ
2026年4月に部長へ昇進し、6月には部署で掲げていた大きな売上目標を達成しました。さらに9月の組織変更を経て、動画だけでなく、静止画や記事を含む複数の部署を見るようになりました。
プレイヤー時代は自身の成果に、課長時代はチームの成果に責任を持っていました。現在はさらに視座を上げ、部署を横断して組織全体の成果をどう最大化するかを考えなければなりません。領域ごとに成果の出し方も、メンバーの強みも違います。自分が詳しくない領域についても学び、判断する必要があります。役職が上がるほど、自分一人で頑張るだけでは解決できない問題が増えていきました。
その感覚は、大学時代に感じた「リーダーの孤独」と少し似ています。ただ、当時と今では向き合い方が違います。現在は、一人で抱え込むのではなく、周囲の知見を借り、自分より高い専門性を持つ人から学びながら、組織として成果を出す方法を考えています。
マネジメントは、正しいことを言えば人が動くわけではありません。相手が何を考え、何に悩み、どうなりたいのかまで理解する必要があります。小学生の頃に知った「相手の感情を考える」ということの重みを、今あらためて感じています。
より大きな責任を担える人であるために
私は、昔から人とのつながりを大切にしてきました。仕事においても、「何を成し遂げるか」と同じくらい「誰と取り組むか」を重視しています。自分だけが成果を得ることには、大きな魅力を感じません。家族や昔からの友人、会社で出会った仲間を含め、関わってきた人たちの人生がより良い方向へ進んでほしい。そのためにも、個人で完結するのではなく、周囲とともに成果をつくりたいと考えています。
共に成果を上げ、そこから得られる豊かさを分かち合い、旅行や食事を楽しめる関係でありたい。表現はシンプルですが、それが私の原動力の一つです。
だからこそ、自分自身がもっと知識と力をつけなければいけません。誰かが困っている時に、共感するだけで終わらず、状況を前に進める具体的な支援ができる人でありたい。自ら率先して行動しながら、周囲の挑戦を支えられるだけの知識と力量を身につけたいと考えています。
個人の成果から組織の成果へ
今後は、より複雑で大きな課題を解決できる人材になりたいと考えています。今は副局長ですが、役職そのものがゴールではありません。経営、マネジメント、クリエイティブ。自分が知らないことは、まだまだあります。それぞれの領域への理解を深め、判断の質と人としての器を高めていきたいと思っています。
そして、自分自身が成果を出すだけでなく、周囲が継続的に成果を生み出せる環境をつくりたいと考えています。自分が関わったことで、「仕事が面白くなった」「人生が変わった」「あの時、一緒に仕事をしてよかった」と思ってもらえる人を増やしたいです。
最終的には、家族や地元の友人、会社で出会った仲間、そしてこれから関わる人たちにも良い影響を与えられるだけの力を持ちたいと思っています。自分だけの成功で完結せず、周囲とともに成果を分かち合える状態をつくることが目標です。
そのために、今しかできない挑戦を、できるまでやり続ける。その積み重ねが、現在の私が仕事に向き合い続ける理由です。