人間関係のほとんどは、存在しない言語でできている。
人は日々たくさんの言葉を交わす。それでも相手が何を考えているのか分からないことがあるし、反対に、たった一言で救われたり、何も言われなかったことで傷ついたりもする。不思議なことに、私たちは言葉を使ってコミュニケーションを取っているはずなのに、言葉そのものよりも、そこに含まれていないものに大きく左右されている。
例えば、日本でよく使われる「大丈夫」という三文字。私も過去この三文字に何度も振り回されていました。
「大丈夫!」が、本当に大丈夫なときもあれば、これ以上踏み込まれたくないときもあるし、心配してほしいときもあれば、相手を安心させたいだけのときもある。
今でこそ状況や発言する人によってある程度は掴めるようになってきましたが、とまあそう思ってしまっていること自体が落とし穴だったり(笑)
表面上は同じ言葉なのに、込められた感情や意味合いには大きな差がありますよね。
私たちは相手の言葉を理解しているつもりで、実際には自分の経験や価値観をもとに、その意味を勝手に補っているのかもしれない。
つまり、コミュニケーションとは言葉を正確に交換することだけではなく、言葉にならなかったものを互いに想像し合う行為なのだと思う。そして、その想像には必ずと言っていいほど自分なりの解釈が入り込むのだから、人間関係の多くは、そんな小さな勘違いの積み重ねでできているのかもしれない。
人間は、同じ世界を見ていない。
哲学には「クオリア」という概念がある。簡単に言えば、本人にしか分からない主観的な感覚のことで、例えば私が見ている赤色と、あなたが見ている赤色が本当に同じものなのかは確かめようがない。私たちは同じものを「赤」と呼ぶことを覚えただけで、同じ感覚を共有している保証はないのだ。
これは感情や価値観も同じで、「楽しい」「悲しい」「頑張る」「幸せ」といった誰もが知っている言葉でさえ、その中身は人によって違う。
ある人にとっての成功は年収1,000万円かもしれないし、別の人にとっては毎日家族と夕食を食べられることかもしれない。仕事においても「自由に働きたい」という言葉をよく耳にするけれど、ある人にとっての自由は好きな時間に好きな場所で働けることであり、別の人にとっては自分の判断で意思決定ができ、その結果に責任を持てることなのかもしれない。
同じ理想を語っているようで、実はまったく違う未来を思い描いていることがある。
それなのに私たちは、自分の「普通」が相手の「普通」でもあると無意識に思ってしまう。生まれた場所も育った環境も、出会ってきた人も違うのに、同じ言葉を使っているというだけで、同じ世界を共有している気になってしまう。
人間関係のすれ違いは、意見が違うことよりも、同じ言葉を使っているから、同じ意味で理解していると思い込むことから始まるのかもしれない。
勘違いは、ときに人生を動かす。
私は以前、自分にあまり自信が持てず、親が敷いてくれたレールの上を歩くことが、きっと正しい人生なのだと思っていた時期がある。
そんなとき、アルバイト先の古着屋のオーナーに言われた言葉が、今でも忘れられない。
「めいちゃんは太陽みたいだね。きっとこれから人がたくさん集まると思う。特別な力を感じる。」
当時の私には、自分にそんな力があるなんて思えなかったし、オーナーが何を見てそう感じたのかも分からなかった。でも、不思議とその言葉はずっと心に残ってます。
もしかしたら、何気なくかけてくれた言葉だったのかもしれないけど、その言葉を聞いてからは、自分にもまだ知らない可能性があるのかもしれないと思えるようになりました。自分自身のAntrace入社の意思決定にもその言葉が大きく影響しています。
誰かが自分に見いだしてくれた可能性を、自分自身が信じてみる。たとえそれが勘違いだったとしても、その勘違いが人生を動かすことだってある。
心理学には、他者からの期待が本人の行動や成果に影響を与える「ピグマリオン効果」という考え方がある。もちろん、誰かに期待されたからといって必ずその通りになるわけではないけれど、他人の何気ない一言が、自分の可能性を捉え直すきっかけになることはあると思う。
反対に、相手の何気ない態度を拒絶だと受け取って、距離を置いてしまうことも沢山ありますよね。
同じ勘違いでも、誰かとの関係を広げることもあれば、狭めることもある。
私たちは相手の本心を完全に知ることができない。それでも誰かを信じたり、期待したり、ときには失望したりしながら関係を築いていく。
考えてみれば、人間関係とはずいぶん不確かなものだと思う。でも、その不確かさがあるからこそ、人は他人に興味を持ち、もっと知りたいと思うのかもしれない。
勘違いをなくすより、更新し続けたい。
「この人はきっとこういう人だ」「この言葉にはこういう意味があるはずだ」と理解したつもりになった瞬間、私たちは相手の新しい一面を見落としてしまうのかもしれない。
人は変わるし、昨日までの価値観が今日も同じとは限らない。一度理解したと思った相手にも、まだ知らない一面があるのだから、人間関係に完成形はないのだと思う。
だからこそ大切なのは、勘違いを完全になくすことではなく、自分の解釈が必ずしも正しいとは限らないと知っておくこと。
そして、相手が自分に見いだしてくれた可能性を、最初から否定しないこと。
私はAntraceを、さまざまな価値観が交わり、互いの可能性を広げられる会社にしたい。誰かの考えを最初から否定するのではなく、まずはその背景に関心を持ち、自分とは違う意見に出会ったときも、そこに新しい発見があるかもしれないと考えられる人たちと働きたい。
かつての私が、何気ない一言に救われたように、誰かの可能性を本人より先に信じられる人でありたいとも思い、日々過ごしています。