埼玉県出身|26歳
幼稚園から父親の影響で野球を始め、気づけば人生のほとんどを野球に費やしていました。
小学校では硬式クラブチームに所属し、平日は学校が終わると練習、土日も朝から夜まで野球。
今振り返ると、
友達と遊んだ記憶より、野球をしていた記憶の方が強いくらいです。
小学6年生では世界大会の選考候補に選ばれ、中学では全国大会にも出場。
高校進学の際には、
ありがたいことに複数校から推薦をいただき、
寮生活をしながら野球に打ち込む毎日を送っていました。
当時は本気で、
「プロ野球選手になる」
そう信じていました。
でも、高校1年の秋。左足を大怪我し、手術。
そこから3年の春まで、まともに野球ができなくなりました。
野球しかしてこなかった自分にとって、その時間は本当に苦しかったです。
今までは、
「野球を頑張っている自分」
に価値を感じていました。
でも怪我をしてからは、その自分から逃げるようになっていきました。
本来なら寮生活をしながら、毎日野球に打ち込んでいるはずだったのに、
足の関係で部活にも参加できず、途中から実家に戻る生活に。
家では友達と、夜が明けるまでゲームをする毎日。
昔の自分からは考えられない生活でした。
気づけば体重は30kg以上増え、
鏡を見るのも嫌になるくらい、自信を失っていました。
周りが前に進んでいる中で、自分だけが止まっている感覚。
正直、将来のことを考えるのも怖かったです。
でも、どこかでずっと思っていました。
「このままで人生終わりたくない」
そう思い、
高校3年の時に本気で自分と向き合い、半年で30kgの減量に成功しました。
苦しかったけど、少しずつ変わっていく自分を見るたびに、
“人は本気で決めれば、いつからでも変われる”
そう本気で思えるようになりました。
ただ、本当に人生観が変わったのは高校卒業後でした。
野球部を引退し、久しぶりに実家へ帰った時、
両親が別居していたんです。
正直、頭が真っ白になりました。
それまで、
好きなことを自由にやらせてもらっていた自分にとって、
初めて「現実」を突きつけられた瞬間でした。
大学進学のタイミングで、初めて「お金」の重みを知りました。
母は一人で、僕と弟を育てる立場に。
共働きだった頃より世帯収入は大きく下がり、
大学進学にも多くのお金が必要でした。
バイトを掛け持ちし、奨学金も借りました。
そして何より、
朝から深夜まで働き続ける母の姿を見て、
「絶対に将来、家族を楽にさせたい」
そう強く思うようになりました。
当時の僕が考えた答えは、
“安定した仕事に就くこと”。
警察官を目指し、
柔道黒帯や法律系の資格取得にも挑戦しました。
でも、
将来を具体的に考えれば考えるほど、
ある疑問が生まれました。
「本当にこの働き方で、
自分の理想の人生を実現できるのか?」
そこで次に挑戦したのが、
フリーランスという働き方でした。
服が好きだったこともあり、
アパレル系やアフィリエイトなど、
いろいろ挑戦しました。
ただ、現実は甘くありませんでした。
昼はスーパー、夜はコンビニ夜勤。
毎日働いているのに、お金も時間も余裕がない。
1年本気で取り組んでも、収入は月5万円ほどでした。
「好きだけでは生きていけない」
その現実が、想像以上に苦しかったです。
そんな時、
ある経営者の方と出会いました。
ブランド物を持ち、
海外を飛び回り、
時間にも縛られていない。
まさに自分が思い描いていた“大人”でした。
「なぜそんな生活ができるんですか?」
そう聞いた時に返ってきた言葉が、
今でも忘れられません。
“働き方が違うだけだよ”
その言葉を聞いた瞬間、
自分の価値観が大きく変わりました。
自分が現場にいなくても、
人が育ち、
仕組みが回り、
価値が生まれる。
それこそが、
時間にもお金にも余裕を持てる働き方なんだと知りました。
正直、
最初から今の道を目指していたわけではありません。
プロ野球選手も、
フリーランスも、
アフィリエイトも、
たくさん挫折してきました。
でも、遠回りしてきたからこそ思います。
大事なのは、
「何をやるか」だけじゃなく、
“どんな環境で、誰と挑戦するか”。
だから今は、
ただスキルを身につけるだけではなく、
「どこでも通用する人間性」
を大切にしています。
そして将来的には、
「環境がなかったから挑戦できなかった」
そんな言い訳がなくなる場所をつくりたいと思っています。