勤めてきた外資系大手を辞めて、会社をつくることにした。
起業なんかしたことないから正直どうなるかは分からない。
けど、なんとなくイケそうな気がする。
この記事は会社をつくるまでの自分自身の物語。
2021年末から書き始めて、2022年4月の創業までリアルタイムで綴っていた大人気の連載シリーズを4年近く経った2025年の晩夏に再編集した。
皆さんの暇つぶしにでもなってくれたら嬉しい。
一応本編はこちらで読めますので、興味あればぜひ。

第1話 外資系大手を辞めて、会社をつくることにした。|株式会社イチロクザンニ/IRを、クリエイティブに。
ということでレッツゴー!
(1)主人公は、ナイスガイの僕。
さて、まずは物語の主人公である僕について紹介しよう。
基本的にはすべて事実。
ここは読み飛ばしていただいて構わない。
新実 拓/Taku Niinomi
1991年生まれ。東京在住。
「新実」と書いて、読み方は「にいのみ」。
文京区に生まれ、3歳から6歳までの4年間をロンドンで過ごす。
東京生まれ、ロンドン育ち。
小学校に入学する前に帰国し、日本に染まる。英語はすぐに忘れた。
その後、中高一貫校に入学。しかも大学までのエスカレーター付き。
6年間男子校の地獄に耐え、大学入学目前の高3の11月、何を血迷ったか大学直結のエスカレーターから飛び降り、受験を決意。
無事、現役で某大学の経済学部に合格。かわいい女の子がたくさんいた。
在学中は、遊びとバイトとサークル(遊び)に打ち込む。あと麻雀にも打ち込んだ。ついでにひっそりと株をはじめる。
大学卒業後は証券会社に就職。浜松勤務。2週に1回は東京に帰還。経済や株について学ぶ。
証券会社にいたままだと自分では投資できない&専門的な“手に職”がほしい&何より東京で働きたい!と思った僕は、書くことを仕事にしたいと考え、東京の編集プロダクションに転職。これが人生の転機に。
編集者、ライター、プランナー、クリエイティブディレクターとしてさまざまな媒体を制作。特に企業の広報ツールなんかを担当。これがひたすらに面白い。そして眠れぬ地獄の日々。激務&激務。当然投資する時間などない。
急性胃腸炎で入院したタイミングでステップアップを決意。現場の作り手ではなく、より上流からコミュニケーションに携わりたいと考え、外資系総合コンサル企業 EY Japanの広報的なポジションに転職した。
性格は、思いやりのあふれるいいやつ。ナイスガイ。
ただ、周りの人からは適当でめんどくさがり、性格の悪いズルいやつとよく言われる。
まぁ僕の友人は見る目がないポンコツばかりだから、誤った評価をするのも仕方がない。
(2)会社を辞める理由は、より"ワクワク"することを見つけてしまったから
外資系大手 EYでは広報的な仕事をしていた僕。
CEOのスポークスマンとして記事を書いたり、東京2020のCMをつくったり、全社イベントの企画・運営をしたりと、かなり楽しんでいた。
では、そんな僕がなぜ会社を辞めようと思ったのか、そしてなぜ転職ではなく起業しようと思ったのか。
それは実はものすごくシンプルな理由で、会社をつくる"ワクワク感"が、EYに居続ける"ワクワク感"を遥かに超えてしまったからだ。
現在のEYがどうなっているかわからないが、当時のEYは過渡期にあり、「EY」が推進する開放的で柔軟なグローバルの空気感と、母体である監査法人が持つ"日本の大企業"特有の空気感が悪い意味で混じり合い、どこか閉塞感が漂っていた。
特に広報含むバックオフィス部門がその領域の専門家として認められるには、古い体質が足を引っ張り、まだまだ組織として成熟に時間がかかりそうな印象があった。
副業も認められてなく、30歳だった僕には会社が成熟するのを待つ堪え性も、会社を変えていく気概も持ち合わせていなかったのである。
そんな僕に起業という選択肢をくれたのが、後にCOOとなる友井翔太だ。
(3)相棒との出会いは、胡散臭いバレーボールチーム
自分の人生どうしたもんだと考えていた僕に「起業」という選択肢を与えてくれた男がいる。それが友井だ。
適当につくったプロフィールだが、まぁそれなりに合っているだろう。たぶん。
友井翔太 28歳
東京の最果て、町田市出身。
3歳で株式投資を始める。
ほぼ神奈川なのに都立高校に入学。その後、慶應ボーイに。
証券時代は証券貸借トレーダーとしてたぶん活躍。さらに塾講師やキャリアトレーナーの経験から悩める人のモチベーションアップを得意とする。麻雀は手なり派。運強め。
出典:4年前の僕の記憶
さて、そんな彼と出会ったのは創業の6年前。僕が25歳のときだった。
かわいい女の子とわちゃわちゃしたかった当時の僕は、サークルメンバー募集サイトでゆるめのバレーボールチームを探しており、とても雰囲気の良さそうなあるチームの練習に参加。
そこで僕と同様、初参加だった2歳下の彼と出会い、その日のうちに意気投合した。
どういう経緯で仲良くなったかは全然覚えていない。まぁフィーリングが合ったのだろう。
その後、何度かそのチームには参加したのだが、結果的に僕らが参加していたバレーチームは、実はアム◯ェイの勧誘目的で設立されたものだった。
当時のことは多くは語らないが、こんなところいられるかと僕らは新しいバレーチームを立ち上げた。
この小さなチームは今もまだ続いており、僕が代表、友井が副代表として運営している。
所詮サークル、遊びでしかない。ただ、人の加入や各種イベントごとの企画・運営・手配など多岐にわたる場面において、友井の物事を遂行する力の凄さをすぐ近くで僕は見てきた。
その力は、今まで出会ってきた人の中でも群を抜いている。
努力を厭わないのに、それをひけらかさない。僕が一番苦手な愚直さを持っている。
それが友井という男だ。
会社を4年弱やってきた今もその評価は一切変わらない。
そんな友井に、2020年1月、渋谷のお好み焼き屋で「一緒に会社やらない?」と誘われた。当時は「いいね、近いうちにやるか」とはぐらかしたが、その後も彼は事業アイデアを投げ続けてくれた。
そして2021年夏、僕はついに決断し、彼に伝えた。
「翔太、そろそろ会社立ち上げるか」
(4)ビジネスのアイデアは、下心から生まれた
では何の事業をやるのか。
事業のタネは、あの渋谷のお好み焼き屋での雑談にあった。
話題が「投資に興味があると言うわりには、色々教えてあげても結局何も実践しない系女子」に移ったのが転換点。
友井も僕も大学時代から株式投資を嗜んでおり、証券会社で働いた経験もあったから、投資系のあるあるネタで盛り上がっていた。
友人との飲み会や合コンで投資の話になると、
「株やってみたいんだけど、何から始めたらいいの?」
「NISAって何? iDeCoって何? ツミタテ…?」
「どのくらい投資にお金を使っていて、いくらくらい儲かってるの?」
「私も稼ぎたい! 値上がりする株の銘柄教えて!」
と、とてもよく聞かれる。
質問自体は悪いことではない。むしろ、自分の趣味や仕事に相手が興味を持ってくれているのだから、非常に嬉しいことである。
それが合コンにいるかわいい女の子であれば尚更。答えない理由なんてない。
そう、男が女に投資のやり方を教える理由は十中八九、下心だ。当然、僕も友井も聞かれた質問には心底丁寧に答えてきた。
ところが、だ。
色々教えてあげても、結局何も実践しない人が多いこと。多いこと。
株なんざ買わない、調べもしない。そもそも大半は口座すら開かない。
じゃあなぜ聞いてきた。こちとら丁寧に教えたぞ。
興味ないなら聞いてくるんじゃないよ!!
友井と僕はその理由について考えた。
優しい女性が、相槌代わりに質問しただけ。
僕らの教え方がよくなかった。
下心が透けすぎていた。
ははは、そんなわけないだろう。
そして、自分が悪いことを受け入れられなかった当時の僕らは
「投資の敷居がそれだけ高い」という結論にたどり着いた。
そう。金融業界全体に責任転嫁したのである。
「人々が投資をしない理由は、始めるまでのハードルが高すぎるから」
当たり前に帰結したところで、友井が言った。
「俺、結構前から日本の投資環境を変えたいなと思っていて、誰でも気軽に投資にエントリーできるように投資教育とかしてみたかったんだよね」
そのとき友井が予期したように、日本における投資環境はだいぶ変わってきている。その原動力となっているのが若い世代だ。
ネット証券を中心に証券口座の開設件数が大きく増え、スマホでの取引も可能になった。
つみたてNISAの浸透などで将来のセーフティネットとして投資を試みる人も増えている。
高校の授業では投資教育を含む「金融教育」が始まっている。
学校で投資について学んだ若い世代が、スマホで当たり前のように投資する時代が到来してもおかしくないのである。
そこに大きなビジネスチャンスがあるのではないかと仮説を立てたのである。
(5)IR事業への転換。可能性は無限大?
それから2年。肝心の「何をするのか」は実はそこまで固まっていなかった。
僕らはビジネスの可能性について議論を重ねに重ねた。しかしながら、アイデアこそ色々と出てはくるものの、いざ自分がそれをやるのかとなるとなかなか気が乗らなかった。
いまいち手応えを感じていなかったのである。
果たして、僕は「投資教育」をやりたいのか?
友井は「やりたい」と言っていたが、ぶっちゃけ僕自身は正直ぴんと来ていなかったのだ。
思い返すと、僕が惹かれたのは、「日本の投資環境を変えたい」という部分だ。「もっと人々が楽しんで投資に参加できる世の中になったらなぁ」という気持ちは、友井と同様に僕も持っており、ここに共感したのである。
そこで浮上したのが「企業のIR資料を中心とした制作会社」というアイデア。
実は最初に話したときからアイデアとしてはあったが、世の中を変えられるほどのインパクトがあるかなんて、考えることすらしていなかったのだ。
ところが、この事業について本格的に検討を始めるや否や、思考は急速な伸びを見せていく。
ヒントは僕の投資家としての経験の中にあった。
僕は企業のIR資料を読むのが好きだ。
特に中期経営計画。企業の志や課題設定、どういう方針で何に取り組んでいくのかが、ビジネスモデルとともにまとまっていて、色々な発見がある。
統合報告書にあるような経営者のロングインタビューも好きだ。
それが上場企業の数だけあるのだから、暇つぶしにはうってつけ……のはずだが、実際はそうでもない。大半のIR資料は読んでいて寝落ちしかねないくらい、退屈なものである。
・難解な表現、雑なグラフ、やたらと色数と立体処理を施したスライド資料 ・読者無視の統合報告書
・やたらと文字ばかり並べたサステナブル系資料
・希望的観測ばかりの中期経営計画
・20年前のデザインを採用している株主通信
美しくない!!!! 面白くもない!!!!!
もっと読み手に寄り添った、読んでいて胸が踊るようなツールにできるだろうよ!!!!!!
たしかに僕の中には、“残念なIR資料”への不満が長年渦巻いていたのである。そしてそれは、僕が編集者としての目を養っていくにつれ、増長していった。
そしてあることに気づいてしまったのである。
あれ?
●自分で投資をやっている
●証券会社に昔勤めていた
●編集やデザインなどものづくりの世界で生きている
この3つ兼ね備えたプレイヤーって、この業界にほとんどいないんじゃね???
世の中のIR資料が面白くない理由って、もしかして
「投資家目線」「金融・証券の知識」「編集者目線」
この3つを持って、資料をつくれる人がいないからなんじゃね?????
当初はいくつかある案の1つ、なんならバックアップに過ぎなかった「企業のIR資料を中心とした制作会社」案は、環境の分析や検討を重ねていけばいくほど、これしかないのではという手応えへと変わっていった。
「現状のIR資料に変革を起こすことができれば、世の中が変わっていく」と本気で思えてしまったのである。
これから日本の投資は活発になっていく。そんな時代が来るというのに、企業のIR資料がこのままでいいわけがない。
企業のIR資料がもっと美しい装いになれば、投資家はもっと楽しみながら企業研究ができるだろう。
企業のIR資料がもっと分かりやすく、充実したものになれば、企業のことを好きになってくれる人がもっと増えるはずだ。
企業のIR資料がもっとクリエイティブになれば、日本の投資環境はもっとワクワクしたものになるに違いない。
いつしか僕はそう信じるようになった。
同じく友井も「そんなふうに世の中を変えることができたら、めちゃくちゃ面白いね!」と、この考えを信じるようになった。
IRを、クリエイティブに。
僕らは事業コンセプトにこの言葉を据え、会社の輪郭をつくりはじめていった。
(6)ワクワクであふれる投資環境を目指して
事業は大きく分けて、2つ。さらに将来的には、事業の柱をもう2つ増やすことを検討している。
1つ目が「クリエイティブIR事業」だ。
企業のIR資料をより分かりやすく、面白く、クリエイティブにすることを目指し、企画・構成・文章・デザインの一切を請け負う事業だ。
主に制作するIR資料は、「決算説明資料」「統合報告書」「中期経営計画資料」の3つ。
株主通信、決算開示書類、IRサイト、サステナブル報告書などの制作も喜んで受注するが、IRとクリエイティブの噛み合わせが良さそうな3つの媒体を主戦場にすることを決めた。
2つ目の事業は「コミュニケーションデザイン事業」。
IRに留まらず、ありとあらゆる角度から企業の成長やコミュニケーションをサポートしていきたいと考えている。
そもそもIRを担当するためには、クライアント企業のことについてとにかく詳しくならなければならず、やがて企業の課題に対面することになる。
そのときにクライアントの悩みを素通りせず、お役に立てることがあるのであれば、コミュニケーションの専門家として協力していきたい。
社内外問わずコミュニケーションの面でクライアントが悩んでいるときに、総合的にサポートできる企業でありたいと考え、2つ目の柱にこの事業を据えた。
その後、いろいろな業界研究や企業研究を重ねて、創業までの準備を進めた。
どういったことをしたかどうかは…まぁ興味があったら本編を読んでいただければと思う。
あらゆる準備を泥臭く進め、勤めていた外資系大手を辞めて創業まで駆け抜けていったわけだ。
僕らの挑戦を示す、会社の屋号は「株式会社イチロクザンニ」とした。
名称の由来は諸説あるが、これもぜひ別記事で読んでいただけると嬉しい。
成功するかどうかは自分たち次第。責任も全部、自分たち。
こういうヒリヒリとした環境下で、僕らはどうなっていくのか。
IRを変革していく重要性に気づき、積極的に取り組んでいる企業も近年増えてきている。
今後はそういった企業に追いつけ追い越せで、あらゆる企業がIRに力を入れていくことになるはずだ。
このIRという業界には可能性しかない。
もしかすると猪突“妄信”なのかもしれないが、信じた苗が無事に花を咲かせることを願って、とにかく僕らは突き進んでいく。
前へ、前へ。
突き進むしかない。
日本のIRはもっと面白くなる。
そう信じて僕らは、この事業で戦っていく。
いつか自分たちがつくる会社が広く社会に知れ渡る企業になれたとき、きっと僕は笑いながら言うだろう。
「この会社が誕生したのは、全部アムウ◯イのおかげだよ」と。
最後に
私たちイチロクザンニは、IRとコーポレート・コミュニケーションの表現に特化した制作会社です。
会社資料や各種IR資料の企画・構成・編集・デザインを一貫で支援しています。
もし興味あれば気軽にお問い合わせください!