最近、いろんなことが同時に進んでいる。
最近、いろんなことが同時に進んでいる。
三右衛門本舗のWebサイトをつくろうとしている。せっかく持っているドメインを、そのまま寝かせておくのはもったいない。
駄菓子だけじゃない。野菜もある。ガチャガチャもある。
一番くじなんかも置けたら面白い。
店内では「千秋、ちょっと店番中。」という企画も動き始めた。商品を調べて、千秋が「これ何?」と引っかかったものを紹介する。
Podcastもやっている。動画もつくろうとしている。
しかも最近、その動画に登場する人物たちの「人物ファイル」までつくり始めた。
名前をつける。
妙な肩書きをつける。
どうでもよさそうなプロフィールを真剣に考える。
こういうことをやっていると、とても楽しい。
そして今は、
次に3Dプリンターで何をつくろうか。これも思案中である。
いったい何屋なんだ。自分でも、よくわからない。
AIエージェントたちが、ものすごく働く
少し前までなら、こんなにいろんなことを同時にはできなかった。
思いつくことはできる。
問題は、そのあとだ。
調べる。
整理する。
文章にする。
デザインを考える。
コードを書く。
比較する。
直す。
ひとつ形にするだけでも、けっこうな時間がかかる。
だから以前は、「これ面白そうだな」と思っても、
「まあ、時間ないしな」で終わってしまうことが多かった。
それがAIエージェントたちが現れてから、ずいぶん変わった。
僕が、「こんなことできないかな」と投げる。
調べてくれる。
整理してくれる。
試案をつくってくれる。
僕が、「違う違う。そうじゃない」と言う。
また考えてくれる。
「もうちょっとこういう感じ」と投げる。
また形が変わる。
この往復が、とにかく速い。
小さな会社には、企画部も広報部もデザイン部もシステム部もない。
ましてや、僕の頭の中に突然現れた妙なアイデアを一緒に面白がってくれる「謎企画部」なんてものはない。
そこにAIエージェントたちが入ってきた。
おかげで、「いつかやりたい」だったものが、「ちょっとやってみよう」になった。
これは僕にとって、かなり大きな変化だった。
ただし、これはだいたい時間外である
ここは大事なので書いておく。
こういう企画や創作をしているのは、基本的に仕事が終わったあとや休日である。
日中の仕事をほったらかして、動画の人物に妙な肩書きをつけているわけではない。
さすがにそれはマズい(笑)。
「よくそんな時間がありますね」と思われるかもしれない。
だからこそのAIエージェントなのである。
以前なら何時間もかかったことが、短い時間で形になる。
思いついたその日のうちに試案まで行けることもある。
だから、限られた時間でもいろんなことを試せるようになった。
便利である。
ものすごく便利である。
ただし。
AIエージェントにも弱点がある。
草を刈ってくれない。
これは困る。
週末、僕は普通に草を刈っている。
草はAI革命にまったく興味がない。
こちらがWebサイトをつくっていようが、Podcastをやっていようが、動画の登場人物に変な設定を与えていようが、
伸びる。
容赦なく伸びる。
そして今は、玉ねぎの苗を育てる時期でもある。
種をまく。
水をやる。
様子を見る。
待つ。
AIエージェントなら、
「もう一案」
と言えば、すぐ出てくる。
玉ねぎに、
「もう一案」
と言っても仕方がない。
「できれば明日までに、もう少し大きくして」も通用しない。
育つものは、育つ時間で育つ。
草は、こちらが望んでいなくても育つ。
デジタルの世界では猛烈な速度で物事が進み、そのすぐ横で、玉ねぎは玉ねぎの速度で育っている。
僕はその間を行ったり来たりしている。
AIエージェントとWebサイトをつくる。
畑へ行って苗を見る。
草を刈る。
戻ってきて、3Dプリンターで次に何をつくるか考える。
この落差が、最近ちょっと面白い。
家に帰れば、さらに思い通りにならない
そして家に帰れば、生き物たちがいる。
リクガメとハムスターは、僕のことが大好きである。
多分。
柴犬の小太郎も、僕のことが好きである。
これはかなり確かだと思う。
問題は猫たちである。
僕を見ると、わりとすぐ逃げる。
たぶん、僕がウリウリしすぎるからだ。
かわいいので仕方ない。
かわいいからウリウリする。
ウリウリするから逃げる。
逃げるから追いかけたくなる。
追いかけるから、さらに逃げる。
ここまで来ると、猫たちの判断は正しい。
たぶん僕が悪い。
それでも、廊下の角からこちらをうかがっている猫を見ると、つい「おいで」と声をかけてしまう。
すると猫は、僕の顔を一秒だけ確認し、何かを決意したようにしばっと反対方向へ走っていく。
あれはたぶん、逃走ではない。
僕との距離を適切に保つための、冷静な判断である。
そして、もうひとつ問題がある。
フクロモモンガである。「ももさん」と呼んでいる。
最近飼い始めたのだけれど、まだ仲良しとは言い難い。
手からおやつは食べてくれる。
そこまでは来た。
しかし、おやつを受け取った瞬間、僕の手を見なかったことにして去っていく。
「ありがとう」もない。
目も合わせない。
用件だけ済ませて帰る、非常にドライな取引先である。
それ以上の関係進展については、相手側が慎重な姿勢を崩していない。
いけずである。
しかも、ものすごくクサい。
近づきたい僕と、近づかれると逃げる猫たち。
近づいてはくるけれど、おやつのときだけで、終われば即解散するフクロモモンガ。
どうやら僕は、動物たちから「嫌いではないが、距離は必要」と評価されているらしい。
人間関係で言えば、猫たちとは既読をつけずに逃げられ、フクロモモンガとは報酬があるときだけ会ってもらえる状態である。
というより、僕自身の魅力が、おやつに完敗している。
こうして見ると、
リクガメ、ハムスター、小太郎とは良好。
猫たちには逃げられる。
フクロモモンガとは、おやつを介した限定的な外交関係。
まあ、にぎやかでよい。
ただ、家の中でいちばん動物たちに警戒されているのが僕だという事実だけは、少し気になる。
そのくせ、考えていることだけは妙に大きい
「世のため、人のためって、なんだろう」
「正しいって、なんだろう」
「人はどうして閉じてしまうんだろう」
「僕たちは、何のために働くんだろう」
この前まで「閉じない事業者論」なんてものを、10本も書いていた。
書きながら、ずいぶん考えた。
自分たちの正しさを疑うこと。
制度のこと。
支援のこと。
主体性のこと。
地域のこと。
経営のこと。
かなり本気で考えている。
で、その舌の根も乾かぬうちに、
「一番くじ、置きたいな」と言っている。
動画では架空の人物に妙な肩書きを与えて喜んでいる。
3Dプリンターを眺めながら、
「次、何つくろう」と考えている。
我ながら、思い悩んでいることが少々厨二っぽい。
いや。
少々ではないかもしれない。
でも、まあいい。
大きなことを考えた翌日に草を刈っていてもいい。
「世のため、人のため」と考えながら、駄菓子屋で面白そうなことを企んでいてもいい。
ものすごく真面目なことを考えている途中で、
「あ、あれ3Dプリンターでつくれないかな」と脱線してもいい。
別に全部を、ひとつの立派な物語にまとめる必要もない。
仕事がある。
畑がある。
店がある。
つくりたいものがある。
考えたいことがある。
AIエージェントたちがいる。
草が伸びる。
玉ねぎが育つ。
犬がいる。
猫に逃げられる。
モモンガはクサい。
その全部が、同じ毎日の中にある。
最近は、それがけっこう面白い。
……ん?
ここまで書いて、ちょっと待てよと思った。
Webサイトをつくる。
Podcastをやる。
動画をつくる。
架空の人物の設定を考える。
3Dプリンターで何をつくるか考える。
畑へ行く。
玉ねぎの苗を見る。
草を刈る。
駄菓子屋で次の面白そうなことを企む。
AIエージェントと延々話す。
家に帰れば、小太郎をかまい、猫をウリウリしようとして逃げられ、フクロモモンガとの外交交渉に失敗する。
その合間に、「世のため、人のためとは……」とか考えている。
しかも、だいたい仕事が終わってからや休日にやっている。
誰かに頼まれたわけでもない。
やめろと言われても、たぶん何かやっている。
本人は、だいたい楽しそうである。
……
はっ。
これ……
ぜんぶ、わたくしの「趣味」なのでは?!
今さら気づいた。
仕事と趣味の境界がないのは素晴らしい――
とかいう話ではない。
そんなことを言い出したら、急に危険な経営者になる。
ちゃんと休みましょう。
ただ僕の場合、休んでいるはずなのに何か思いつく。
思いつくと、ちょっとやってみたくなる。
そしてAIエージェントたちが、「できますよ」みたいな顔をしている。
困ったものである。
さて。
玉ねぎの苗も見なきゃならない。
草も、どうせまた伸びる。
3Dプリンターも空いている。
動画の人物ファイルも、まだ増えそうな気がする。
猫とは、できればもう少し仲良くしたい。
フクロモモンガについては長期戦である。
それにしても。
まだまだやりたいことが山ほどある。
……
はっ。
わたくし、52歳になっちゃったんだった。爆
まあ、いいか。
次、3Dプリンターで何つくろう。