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家業を引き継いだ理由

きらっと介護支援センター 理事長の職を仰せつかっております。浦畑佑太郎と申します。2023年6月から世代交代と言うことで、父から事業を引き継ぎました。まだ、わからないことも多数ありますが、日々、一歩一歩より良い介護の提供を目標に歩んでおります。


会社を引き継ぐきっかけになったのは、祖父が亡くなったこと。亡くなってから数年たった大学3年生の秋に工業大学の卒業を目前に、今後の進路について考えていました。

工業大学なので、大手メーカーに就職は出来るだろうけど、数万人の社員の中でずば抜けていくのは大変。社会人たるもの周りに合わせる事も必要。僕の勉強した工学部機械科で習ったこと。強度計算などの計段を元に設計します。当たり前ですが。その計算式がボルト1本決めるのにA4のルーズリーフに両面1枚計算式を書いて計算しないと結果が出ないんです。車や電車、機械にはボルトやねじは何百本。形の強度計算、そもそも動くのか?など、大変なんです。なので、数十人や数百人で設計を行います。その中で自分らしい仕事ってどこまでできるんだろう?と思ったら、明るい未来は見えにくかった。

一方で、そのころ父の行っていた介護の仕事はようやく軌道に乗りかけてきていたタイミング。従業員さん、利用者さんもできてって話をされていると、父が辞めるとその人たちはどうなるんだろう?そう思ったときに、ここなら自分でも役立てられるかも。そう思いました。

北海道はいいところ。食べ物もおいしいし、土地も広いのであんまり近所から怒られることも少なく、おおらかな土地でした。開拓の地だからか自由を非常に感じられる土地でした。大学のはじめの数年間はかなり充実していました。知らない文化、雪の降る土地、広大な土地。何もない北海道だけど、見つけると驚きや発見も多い事も知りました。しかし、数年たつと地元の京都に比べて文化が無いことになんか違和感を感じ始めました。京都は北海道のある意味真逆。伝統文化の塊みたいな土地で、街をぶらぶらしてるだけで国宝が目に入ってくる。そんな土地で生まれた僕はどこかしら物足りなさを感じだしました。やっぱり京都。京都に必ず住むには!それが医療、介護の仕事でした。

工学部を出てから、理学療法士の専門学校に4年。遅い社会人進出でした。理学療法っていまだによくわからない部分ですが患者さんとの関わりの日々は楽しかったです。いろんな職業の方からいろんな事が聞ける。それだけで楽しい日々でした。ある日、総合病院から老健施設のオープニングスタッフとして異動になりました。新しい施設に胸躍らせながら働いていました。が、オープニングって建物はきれいだけど、決まり事や組織が決まっていない事が多く、あれこれ大変な日々が多かった印象です。これからの理学療法は整形外科だ!腰痛い、肩痛い人はなくならない。増える一方との事で整形外科クリニックへ転職しました。ここでも、上司の先生がかなりきっちりされていて、ルーズな僕はかなり怒られましたが、きっちりすると言うことについてかなり勉強になりました。



そろそろ実家に帰るか。結婚もして、子供も一人で来たある日。きらっとに移ることを決めきらっとに入社しました。それまでの数年にも、研修なんかできらっとの社員さんとはかかわりがあったんですが。

そう思って入社して、訪問介護員として利用者さんの家に訪問するところから始めました。訪問介護の合間をぬって、申請書作りなんかの会社の事後とも行いました。利用者さんの家はさまざま。教科書では対応できないいろんなケースが見られます。これを考えるのって面白い!と思いました。いろんなことを総合的に判断して、利用者さんや家族さんに言葉をかける。家々によってその言葉かけのタイミングや言葉使いも変える。これって出来る人はかなり強い!どんな人でも対応できるので、どんなところでもコミュニケーションに困らない?かもしれないです。

在宅介護を支える上で、大事にしているのはスピード。早い事がいいことが多いですが、遅い方がいい場合もある。これも見分けるのが専門性なのかもしれないです。よくあったのは、昼過ぎくらいに、部屋の電球がつかないと電話がかかってくる。日が暮れると暗い中で一晩。暗いからトイレ行くのにこけた。なんてことは嫌なので、その数時間で訪問して、状況を確認して、スイッチの入れ忘れだけでついたらいいんですけど。そうならない場合には、お金もらって安いのでニトリにシーリングライトをよく買いに行きました。より明るくなったって喜んでもくれましたし、いい仕事したなと実感できました。

こういうことが、在宅での生活を支えるってことなんだと思っています。介護保険で出来ないことはしてはいけない、ではないんです。介護保険で出来る範囲って本当にすくない。生活ってそれ以外の事が多数起こるんです。家族さんがいればしてくれるけど。一人暮らしや身寄りのない方はどうすればいいの?ってなるんです。訪問介護で窓ふきとか庭の草むしりは出来ないんですが、窓が汚くて、草ボーボーの家で気持ちよく暮らせないと思うんです。その部分は介護保険で請求せずに、保険外でもらうとか、場合によってはサービスでやってあげる。すると、その後の介護ってとてもしやすくなるんです。信頼ができるから、こちらの提案を受け入れてくれやすくなるんです。結果、長い付き合いができるので新しい方を受け入れるストレスなく、安定して仕事が出きる。

しかし、介護業界って人手不足。資格でその人の能力は8割くらい判断されるので、気に入らなければ他に行けばいいって方も多いです。介護保険制度にて単価が決められており、ある程度の売り上げも決まってくるんです。なので、給料も上げようがない部分もおおい。その中で、ICTを進めているんですが、ICT化で出来た時間は利用者の家に行けばいいと思っています。そういう効率化の取組もしっかりこれからして行かないといけません。

また、去年から健康経営優良法人の認定の申請をはじめ、2023には認定されました。従業員の健康に気を遣い、経営者が投資する。結果、働きやすくなり、仕事の向き合い方が変わり、売り上げが上がる。みたいな取組です。去年はあるセミナーで知って出来るかも!と思ってとりあえずで始めたのでまだ形は無いんですが、今年は何に困っているのかアンケートを取ったり、健康教室を開いたり少しずつ活動も行っています。もともと、会社のスピリットで家庭を大事にしてほしいと言うものもあるので、夕方17時30分には事務所は真っ暗で誰もいない。そんな感じだったので、これはいけるかも!と思ったのがきっかけ。これを機に興味をもってもらって、採用につなげていければと思っています。


今後ですが、父が第二社協を作りたかった。そんなことを言ってました。地域に根差した社会福祉団体。臨機応変に対応できる団体。そんな団体を目指していけたらと思っています。まだ、うちにないデイサービスなんかの新サービスもやってみたい気持ちはありますが、しばらくはもっと地域に根差した介護が出きるように、訪問介護とケアマネをブラッシュアップしていかないとと思っています。その向こうには、夢のようなデイサービスなんかもやってみたいと思っています。

少しでも興味のある方は一度お問い合わせください。魅力ある京都城陽に移住してみても楽しいですよ!

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