美容室のバックヤードで7時間。
畳1帖分の狭い空間に閉じ込められた経験は、営業人生の転機となりました。このnoteでは、苦い思い出から学んだ営業スタイルの変革と、今でも変わらないセールス支援にかける想いを語ります。
■西池袋の美容室にて
2012年7月某日。西池袋美容室のバックヤードに閉じ込められていた。
バックヤードは畳1帖分ほどしかない。棚には業務用のカラーリング剤や、パーマ液の原液が所せましと並べられている。部屋に入れられた時は、パーマ液特有のアンモニア臭が鼻をついた。
扉の向こうからは、たまに客が出入りする音が聞こえてくる。
時計に目をやると、僕はすでに1時間も軟禁されているらしい。
こんなことに時間を取られるなら1件でも多くテレアポをしたい。
「一体、俺は何をやっているんだろう。」
そもそも本当にこの部屋から出してもらえるのだろうか?
あとどれくらい軟禁されるのだろうか……。
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■求人営業への転職
当時25歳。「インテリジェンス」という人材サービスの会社に所属していました。今は「パーソル」と名前を変えていますね。
バイト求人メディアの「an」の営業部に配属され、担当エリアは西池袋になりました。西池袋エリアの店舗や企業から、求人広告の掲載を頂くことがミッションです。
当時のインテリジェンスは、「数字の無い奴に人権は無い」と言わんばかりに目標に厳しかったと覚えています。
数字を達成するためなら、営業手法は各担当の裁量に委ねられていました。テレアポ中心の営業スタイルも良いですし、飛び込み営業を行っても良いのです。
決して居心地が悪いわけでは全くなく、お互いに「このやり方、良いよ」と知恵を出し合い、みんなで成長していく雰囲気もある良い会社でした。
当時の僕は、とにかく良い数字を出したいと意気込んでいたと思います。
まずは多くの事業者に、サービスを知ってもらうことが大事だと思いました。場数を重視して、飛び込み営業とテレアポを中心に、西池袋中を駆けずり回っていました。
そんな日々の中、ある美容室に、ふらっと飛び込み営業を仕掛けました。
「そういえば、ここまだ入ってないな」くらいの気持ちだったと思います。なので、下調べもしていませんでした。
入口のドアを引いてお店の中を覗くと運良くオーナーの方がレジ前にいました。名刺を渡して短く挨拶をすると、こちらの話を聞いてくれそうな雰囲気を感じました。
すかさず、「an」の概要とメリットについて手短に説明を続けました。
すると、美容室のオーナーはこう言います。
「ちょうどバイトが足りなかったんだよね。どれくらい応募くるの?」
このエリアの別の美容室の事例では、ひと月に5〜8人ほどの応募が来ていました。それをそのまま伝えました。
「じゃあ、出してみるわ」
その美容室を出ると、僕はつい小さくガッツポーズをしてしまいました。
下調べもせず、フラッと立ち寄った先で1件取れるなんて、ラッキーだなぁ。
ただ、そんなラッキー受注が、冒頭の「軟禁」に繋がります。
受注から2週間が経ったころ、その美容室のオーナーに連絡を入れたところ
「お前のところから来た応募、全員バックレたんだけど……」
かなり怒っているぞということが電話の声ですぐにわかりました。
そこで電話より対面で会った方が良いだろうと思い、美容室に向かいオーナーをなだめに行きました。
しかし、僕の顔を見て、もっと怒りが増したようです。
「こんなのに金を払わないぞ!」「上司を今すぐ連れてこい!」
すごい剣幕に押されて、その場で上司に電話をかけました。
しかし、その日はジェネラルマネージャーが終日会議をする日だったのです。
「上司が来るまでここにいろ」
こうして僕は美容室のバックヤードに閉じ込められてしまいました。
■続・西池袋の美容室にて
美容室のバックヤードに軟禁されて、もう5時間が経った。
扉の向こうでは、人の出入りが増えているような気がする。仕事帰りに寄るお客さんが多いんだな。
この1帖の部屋は休憩室としても使っているようだ。辛うじて素朴なパイプ椅子があったので、座らせてもらっている。ただお尻が痛くなってきた。
思えば、営業として上手くいっていたとは言えない。
自分の話が、相手にまったく刺さっていない気がしている。
先週なんか、営業先のコンビニで「他社の営業の子が可愛いから、お前より先にそっちに頼んだわ」と言われた。
「可愛い」よりも価値のない提案しかできていないんだろうか?
サービスが悪いのか?
自分の提案が悪いのか?
もしかして、同じエリアの営業の女性が、よっぽどの美人なのだろうか……。
挙句の果てに、こんなに狭い部屋にもう5時間も閉じ込められている。
求人メディア(月間3万円)を売って、ここまで怒られる必要があるのだろうか?
営業として何を間違えていたんだろう?
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■営業としての方向転換
美容室に軟禁された話は、実話です(泣)
最終的には、7時間ほど待った後に、上司が迎えに来てくれて解放されました。久々に外の空気を吸うと美味しく感じますよね。池袋で空気が美味しいと思ったことは、この時しかありませんでした。
当時は、本当に散々な目に遭ったと思いました。いつ出られるかわからないのは、もちろん怖いですし。別のエリアの同僚の中には、あるお店に「バックに半グ〇がいる」ことを仄めかして脅されたケースもあったそうです。この美容室のバックにもヤバい人がいたらどうしよう?そんな考えも頭をよぎりました。
ただ、この出来事は「本当に良い営業の仕方とは、何だろうか?」ということを、考え直すきっかけになります。
「軟禁」を経て自分の営業のやり方に疑問を持った僕は、自分の目標達成に充てる時間をあえて削り、自社のトップ営業の商談に同席するようにしました。
そこで、1つの重要な気づきを得ることになります。
「トップ営業は商売の相談相手になっている」ということ。
僕たちは求人メディアの営業だったので、掲載の依頼を頂かないと売上を作れません。なのに、売れている営業の方ほど「求人メディア」を売るという目線で働いていない。
お店の方の相談に幅広く乗って一緒に知恵を絞る。
その中に採用に関する課題があれば自社のサービスを売るという姿勢でした。
これを通じて彼らは
・事業主と人と人の長い信頼関係を作る
・何か課題があったときに、まず最初に思い出してもらえる存在になる
ということに成功していました。
一方の自分はどうでしょうか。
「an」の掲載を勝ち取りたいと考えるあまり、一方的に話していなかっただろうか?
何なら「説き伏せる」という姿勢だったんじゃないか?
そこで気づきました。
自分は「何かあったときに、相談したい人」になれていなかったのです。
これに気づいて、私は考え方を大きく変えました。
実際には色々とあるのですが、大きな変化は3つありました。
・お客様の商売に向き合う
求人メディアを売る、という姿勢で営業することをやめました。
代わりに、「この人に商売で成功してもらうには、どうしたら良いか?」という視点から考えるようにしました。
例えば、とあるラーメン店に提案をする時。
求人とは全く関係のない「メニュー表のわかりやすさ」と「券売機の並び」について議論したことを覚えています。
単価の高い特製ラーメンを券売機の目立つ場所に置いた方が良いとか、メニューをシンプルにした方が良いという話もしました。
「相談相手」「壁打ち相手」として信用されるように動きました。
そのうち、「原くん、となりのお店にも君のこと紹介しておいたからね!」と、他のお店にも紹介いただけるようになりました。
・思い出してもらう
思い出してもらう工夫も必要です。
人手が必要になる時は急に訪れます。
しかも、競合サービスも同じお店に営業にやってきます。
自分のことを信頼してくれていても、人手が必要になったタイミングで、たまたま別のサービスの営業が提案してしまったり、思い出されなくては売上にはつながりません。
当時は特にCRMツールのようなものを会社で導入していませんでした。
なので、自分の顧客リストをエクセルで作成し、自作のメルマガを毎週そのリストに送信するということをしていました。
内容は、エリアの求人・応募の動向についてまとめたり、採用市況をまとめたといったものです。
また、お客様が新店をオープンすれば必ず顔を出すことを心がけていました。
スナックのお客様が新店オープンしたときには、当時の僕が出せる限界だった1万円を握りしめて顔を出しました。そのお店では「お金のない客」に違いありませんでしたが、オーナーの方には気持ちが嬉しいと喜ばれました。
・売る相手を選ぶ
営業先を精査することと、営業先の情報を貯めていくことも大切にしました。
「an」というメディアにお金を出すことで、本当にメリットがあるお客様さんに提案しなければ、やはり長いお付き合いはできません。
それに、こちら側から見ても信頼できる事業者なのか、営業目線でも精査しないと、先ほどのようなトラブルにも繋がります。
そのため、「営業先の下調べ」にかける時間を増やしました。
それに加えて、本人や他の店舗の方から聞いた情報を自前のリストに蓄積していきました。「最近これに困っている」とか。
営業の考え方を丸っきり変えたことで、僕のことを「たまに来る営業の兄ちゃん」ではなく、「いろいろ相談や壁打ち相手になってくれる原くん」として覚えてくれる人が増えました。
そして、結果として数字もついて来るようになり、エリアの成績に貢献できるようになりました。
あるイベントコンパニオンの会社を営む社長さんには、ずいぶんと気に入っていただいて、その方の知り合いの会社に紹介されてヘッドハントされた、なんてことも。
気が付くと、胸の中に「営業って、本当に面白いな」という思いがメラメラと燃え上がるようになるのでした。
■分業型セールスの功罪
それから、もう10年が経ちました。
「セールスリクエスト」という会社を立ち上げて、インサイドセールスのご支援をしています。
今も営業という仕事をしています。
たった10年しか経っていないのですが、気が付くと世の中における営業のあり方は大きく変わりました。
その中でも大きな変化を1つ挙げるなら、セールスプロセスの分業化が進んだことだと思います。
営業のプロセスを
リードの創出
商談の創出
商談でのクロージング
に分け、
それぞれ
マーケティング部門
インサイドセールス部門
フィールドセールス部門
が担うという考え方です。
米セールスフォース社の営業プロセスについて書かれた書籍「The Model」にちなみ、「The Model型」と巷で言われたりもします。
Webマーケティングによってリードを創出することが一般化したこと。
あるいは、コロナ禍を経たリモートワーク中心の環境が、分業型セールスのプロセスを主流へと一気に引き上げたのかもしれません。
分業型セールスは本当に効率的です。
かつての僕のような営業では、一人当たり月30件ほどの商談が限度でした。
一方で、分業型セールスではフィールドセールスの段階で月60件ほどの商談ができるようになります。(もちろん、その前のプロセスが上手くいっている前提ですが。)
この営業手法によって、急激に伸びた法人向けサービスはたくさんあります。その意味では、セールスの歴史における偉大な発明と言えるかもしれません。
その一方で、分業型セールスの負の側面も、目立つようになってきました。
商談体験の希薄化
分業型セールスの負の側面。
それは「商談体験の希薄化」です。
最近では、フィールドセールスが「商談に出てみたら顧客にニーズないことがわかったので、すぐに商談を終わらせた」という話が「あるある」と言える状況になっています。
それでは、お客様がせっかく時間を割いてくれたのに、サービスのことが全く記憶に残りません。
それに、かつて飛び込み営業やテレアポで何とか商談に漕ぎつけていた自分としては、「なんてもったいないことを……!」という気持ちになります(笑)
しかし、なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
分業型セールスでは、各工程の目標が明確になることが強みです。
インサイドセールスなら「商談に繋げる」。フィールドセールスなら「クロージングする」。
強みの裏返しとして、各工程の目標が固定化されすぎてしまう傾向があります。
つまり、フィールドセールスに「今月〇件の成約を取ってね」という目標が課されると、トスアップされてきたリードのうち、今すぐ契約に進みそうな商談ばかり手厚くするという傾向に陥ります。
(※ここではフィールドセールスの話を中心に書いていますが、「部分最適化」という意味では、インサイドセールスやマーケティングといった他の工程も同様です)
特にリード獲得が上手くいっているほど、フィールドセールスチームは一人当たりで月50~60件の商談を行う必要が出てきます。
ここまでの件数に及ぶと、1件1件の商談すべてに丁寧に望むことは、結構な精神力が必要です。
こうして「すぐに契約しそうな商談は手厚く」「すぐに契約しそうにない商談は、適当に」という現象が起きやすくなるのです。
しかしながら、商談の目的は、すぐに契約に進むことだけではありません。
お客様は何らかの関心があるから商談の時間を割いてくださっているはずです。今がタイミングではないとしても、1年後や2年後に、本格的に検討してくださることも珍しくありません。
そのため、ある種「認知目的の商談」として、未来に種を撒くイメージで商談を行うことも、本来なら必要であるはずです。
そして、未来に向けた関係づくりができる営業こそ、自社の事業を成長させることができ、本人も深いやりがいを噛み締められるのではないでしょうか。
■これからも長期的な視点を持ってセールスを支援する
僕が西池袋の街で学んだ営業のあるべき姿。
そして、今の営業のトレンド。
この2つには少なからぬ乖離が存在します。
僕はセールスリクエストという会社を通じて、その乖離を埋めたい。
僕たちはインサイドセールス代行という立場である以上、どうしても短期的な指標で評価されてしまうこともあります。案件化よりもアポ数といった風に。
クライアントの担当者さんも、上への説明責任があるので、それは仕方がないことです。
それでも、クライアントを短期的/長期的の両方で成功させるパートナーであるという軸を貫きたい。
僕がこう考えているせいで、セールスリクエストのメンバーのみんなには、色々と大変なこともお願いしてしまっていると思います(笑)
お客様の代わりに、受注や商談といった短期の目標を達成することでも、本当は大変なことなんです。
それに加えて、長い目線でクライアントに貢献するスタンスも、みんなが貫いてくれています。
・タイミングが今ではない商談では認知目的の商談に切り替えること
・顧客リストを随時アップデートして、より価値の高い顧客リストに育てていくこと
クライアントを長期的にも成功させるためにと、ついご支援の幅が広くなってしまうこともあります。
今年のご支援を振り返るだけでも、幅広いご要望にお応えしました。キーマン宛ての手紙を書いたり、CRMツールの導入・設定~オンボーディング〜研修まで行った支援事例もありました。
経営の一般論としては、支援内容を型化した方が組織を大きくできるという考え方もあります。
しかし、今年も優秀なメンバーのおかげで、セールスリクエストの軸を貫くことができました。
来る年も、セールスリクエストの軸はブレず、クライアントとその先のお客様の長期的な関係づくりを実現する会社として、まい進していきます。
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