いつの間にか運動不足が解消する魔法!? プロ野球×科学の力で「歩く」がエンタメに変わるまで - 鎌田准教授に聞く、パ・リーグウォーク開発秘話と驚きの効果
私たちJ.B.Goodeが企画・制作・運用を手がけるスマートフォンアプリ「パ・リーグウォーク」。
このパ・リーグ公式アプリは、ダウンロードするだけで日々の歩数を自動的に計測します。
応援する球団ごとにファンの総歩数を集計しランキングすることで、球場に足を運べないファンも、アプリを通じて球団の一員として一体感を味わい、ゲームに参加するような感覚を得られる仕組みを実現しました。
これらの機能は、人々の行動や活動をデータ化する当社の独自技術「J.B.Goode Personal Log」によって支えられています。
今回は、パ・リーグウォーク開発にご支援頂いた東京大学の鎌田准教授にインタビューさせて頂きました。
鎌田 真光
東京大学大学院 准教授
運動疫学、行動科学、身体教育学を主に扱い、身体活動と健康の関係について、予防、教育、政策の観点から研究し、自治体、企業のアドバイザーとして、エビデンスを元にアプリなどの社会実装の橋渡しを行う。
「運動不足を世界から無くす」研究者の掲げるミッションと、プロスポーツに託した社会を変える一手とは
—— 鎌田先生の研究テーマについて、教えてください。
鎌田准教授 私自身の第一ミッションは、運動不足を世界から無くすことです。
一人一人が激しい運動をするという意味ではなく、一人一人がそれぞれに合ったアクティブな生活を送れる社会を作っていくことをミッションに掲げています。
このミッションには研究という言葉は出てきません。私自身は研究や論文を書けばそれで終わりということを目指しているわけではありません。
社会を変えていくためには、研究者だけでなく、様々な企業や自治体の方々と一緒に活動を進める必要があります。その中で学術的にも解明されていないことはたくさんあります。
例えば、どういうアプローチをしたら人々の行動を変えられるのか。
しかもそれを地域全体など大規模にできるのか。分かっていることを活用しながらエビデンスとしても発信していく活動を行っています。
もっと基本的なところでは、そもそもどういった運動をすると健康にいいんだろうかといったことを研究しています。
—— パ・リーグウォーク開発のきっかけは何でしたか?
鎌田准教授 当時、PLM様ではプロ野球が持つ新たな社会的価値の創出の柱を模索していて、健康もその1つでした。
私自身は行政で働いた経験があり、島根県の雲南市で小さな研究所の立ち上げから関わっていく中で、行政からこういうやり方でできるということは分かっていました。
しかし、企業の皆さんと一緒ならもっとたくさんのことができると思っていました。
まずはプロスポーツの皆さんと、発信力や様々な観点から体を動かすことを扱っているという点では、必ず相性がいいだろうと考えていました。
背景の一つに、オリンピックを開催しても、その国の人々のスポーツをする割合は増えないという研究がありました。
2013年9月に東京で2020年(当初予定)のオリンピック・パラリンピック開催が決まり、オリンピックを機に何か活用できないか、プロスポーツの皆さんと何か出来ないだろうかということを考えていました。
そんな中、PLM様と打ち合わせができる機会があり、この機会を逃すまいとプレゼンに挑んだところ、話はトントン拍子に進みました。
パ・リーグとしては、プロ野球コンテンツが持つ社会の新たな価値貢献をJBG社と模索していた段階だったこと、教育と並んで健康はその柱の一つだと考えていたことを後から聞きました。
私たちも行動変容を大規模に社会実装していくには、どんなビジネスパートナーと組むのがいいのか模索していたところだったので、お互いの目指すところが一致し、実現に至ったというのが始まりです。歩数という発想が先にあったのではなく、運動不足対策をどう進めていくかということがメインのスタートポイントだった。体を動かすことなら何でもよかったのです(笑)
様々なアイデアを出し、球場で運動プログラムを行うことなども考えていました。
ウォークという形や歩数の重要性についてはJ.B.Goodeの皆様と話していましたが、パ・リーグウォークの形はJBG開発チームからのアイデアです。
議論の中で、このポイントは重要だとか、健康上意味があるといったことを共有しました。開発側の皆さんの貢献は非常に大きいです。
当時、JBGの皆様よりご提案いただいた案“ブーステップ”(歩数の合計による野球の対戦球団同士の応援合戦)は、コンシューマー(ユーザー)である野球ファンのことをしっかり理解されていると強く思いました。
私自身はソーシャルマーケティングといって、企業が行っているマーケティングを運動や健康に関する行動変容に生かしていますが、対象者目線で考えることが一番大事なポイント。
そういった観点からも“ブーステップ”というコンセプトは本当に素晴らしいと思いました。
「健康」ワードはNG?行動変容を促すための意外な戦略
—— 開発段階で苦労したことは何かございますか?
鎌田准教授 ユーザーに歩くことを促すような仕組みづくりや、目標となる数値をどこに設定するのかという点が難しかったと思います
あとは、私たちからのリクエストで、健康という言葉を使わないでくださいとずっと言っていました。健康のために動きましょうとは言わないでくださいと。
それはなぜかというと、健康のために運動しましょうと散々言われてきて、それはもう私たち専門家や健康づくりサイドが散々言ってきて、押し付けのようなメッセージになっていると思ったからです。
野球というエンターテインメントコンテンツを持っている皆さんが健康のために歩きましょうと言ってしまうと、これまでと同じ取り組みになってしまうと思います。
それで一切、健康のために運動しましょうとは言わないでくださいというのをずっと言っていました。これは何度もあったことです。このメッセージはどうですかねといろいろありましたが、それが入ってしまうとせっかくの良さが消えてしまうと思いました。
開発の皆さんは大変だったと思いますが、コミュニケーションには時間を割きました。
これは絶対に大事だし、楽しかったというのもあります。一般的な研究者よりも、こうした対話にはかなり労力を割いてきたのではと思います。
—— ユーザーの行動への効果について、聞かせてください。
鎌田准教授 パ・リーグウォークはエビデンスという点では、検証する中で様々な良い成果が出ています。
ダウンロードした時点で運動している人かどうか、運動の意識はどんな感じかというのを調査するチャンスがありました。
その時に調べたら1/4の方がそもそも運動していなくて、近い将来に運動を始めるつもりがないと答えたんですよ。こういった方々は普通に運動教室を開いただけでは来てもらえません。
そういった方々が野球が好きだし、パ・リーグウォークでもやってみようかと始めて、歩数が上がったというようなアプローチができたというのは、健康施策上意義があり、非常に強力なエビデンス・成果です。
ユーザーの方々では、パ・リーグウォークを使い始めて歩数が増えたということが確かめられたのですが、さらに、様々な個人特性で効果に違いが見られなかったこともわかりました。
過去の様々な研究で、一般的に、収入的にゆとりがあったり、学歴が高いような方々の方が健康状態が良く、よく運動をしているといったことが分かっているのですが、さらに、そうした方々ほど、健康づくりの取り組みに反応しやすく、健康格差がどんどん広がりやすい、というのが難しさとして知られています。しかし、パ・リーグウォークは、少なくともダウンロードしてもらえれば、そうしたことはないというのが確かめられたことは、非常に意義があったと思っています。
だからこそ、「第9回健康寿命をのばそう!アワード」厚生労働大臣優秀賞をいただけたのではないかと思っています。
目指すはもっと面白い!パ・リーグウォークの未来予想図
—— パ・リーグウォークの今後について、聞かせてください。
鎌田准教授 より野球らしさや使う人にとってのインセンティブを高められれば、といったところは改善の余地があると思っています。野球ファンの声からも、リアルなところと繋げられないかという点や、ゲームなどとの連携で歩いたら選手が強くなるような要素が入ってくると、相当伸びるのではないかと思います。
最後に
今回のインタビューを通して、「運動不足を世界からなくす」という壮大なミッション、そしてその実現に向けた情熱が、「パ・リーグウォーク」の開発にも深く息づいていることを改めて感じました。
健康という言葉を敢えて避け、野球ファンならではの一体感や応援する楽しさをモチベーションに繋げるという斬新なアプローチは、まさにソーシャルマーケティングの真髄であり、多くの人々の行動変容を促す可能性を秘めていると確信しました。
「パ・リーグウォーク」が単なる歩数計測アプリではなく、ファンと球団、そしてファン同士を結びつける、新しい形のコミュニティツールとしての可能性を秘めていることを再認識すると同時に、熱意と革新的な発想が、今後「パ・リーグウォーク」をどのように進化させていくのか、考え続けたいと思います。