人が生きるとはどんなことなのだろうか、10代の頃、そんな思春期にありがちな気持ちの渦巻きの中で、私は医師を志しました。医師という仕事自体に迷いはありませんでしたが、医学部に進学してからも、医師とは何かというテーマが頭から離れることはありませんでした。学生実習で脳の手術に参加して以来、「人間を知ることは脳を知ることではないか」と思うようになり、迷うことなく脳神経外科へ進み、ひたすら手術に明け暮れました。手術は今の時代でも手でするものです。医師になって5年が経った頃、自らの手で消えかけた命に再び火が灯る初めての経験がありました。10年を超え、死の淵から社会へ戻って行く命、残念ながら救えなかった命、どちらも数多く関わらせて頂きました。その何十倍もの、「軽症」の方々も拝見してきました。
医者は命を救う。分かりやすい定義です。しかし、人は必ず息を引き取ります。医師として「死に方」に寄り添うこと、それは「生き方そのものに寄り添うこと」でもあります。生きていれば必ず苦しいことがあります。医学の力で苦しみを少しでも和らげること、それもとても大切なことです。
「健康」には様々な定義があります。そのうちの一つに「愛し、働くこと」というものがあり、これは一つの具体的な良い目標に思います。最新の医学を持ってしても人生から苦しみを消すことはできません。しかし、人それぞれの健康の目標に向け、膨大な医学の知見から、最適な解を提案し、一緒に取り組むこと、実はここにこそ医師の本当の腕の見せ所があるように思います。
医療パターナリズムという言葉をご存知でしょうか。「お医者さんにお任せする」「医者は患者の全てを預かる」という遠い昔のスタイルです。いや、そういうスタイルを好まれる方は今でもいらっしゃいます。しかし、私が医学部に入る前に「昔話」だったので、今では確実に「遠い昔」です。実際、今ではそのスタイルでは、ほとんどの診療行為はできません。手術なんて論外です。
私は手術に明け暮れていた頃、患者さんにはよくこんな話をしていました。「あなたの脳に異常があるのは事実である、それはあなた一人では治せない。私一人でも治せない。私たちが一緒に立ち向かうべき共通の敵である。だから病気についても、手術についても、私だけでなく、あなたにもよく知って欲しい」。もちろん前線で闘うのは私の仕事です。しかし医師と患者に共通の目標なくして、患者さんの不安は拭えないものです。
救急医療の現場は、疲弊しきっています。「生きるか死ぬか」以外のことに重きを置かれることはほとんどありません。「死なない」「緊急性はない」「大丈夫」でおしまい。それで片付かない症状は「不定愁訴」と呼ばれ、放置の対象です。しかし、患者さんにとっては、辛いものは辛いし、怖いものは怖いのです。疲弊した医師による説明不足が、さらに不安と不信を増大させます。
幸い、各種ガイドラインの整備が進み、「大丈夫かどうか」の診断法は明確になりつつあります。治療も標準化が進んでいます。実は重症な時ほど、診断も治療もシンプルなのです。言い方を変えれば、医者の力量や個性による部分が減っているのです。医者はガイドラインさえ守ればいい。では、経験豊富な医師は何が違うのでしょうか。
「大丈夫かどうか」ではなく、その一歩先、あるいはもっとファジーな部分、つまり「大丈夫」と分かる過程と、「大丈夫」と分かった後にこそ、経験を積んだ医師の力量が反映される。そう、思います。
患者さんと医師は、苦しみに一緒に立ち向かうパートナーなのです。言い方を変えれば、幸せに一緒に向かうパートナーでもあります。これは医師としての私の信念です。そこに真摯に向き合うことは、私自身の幸せでもあります。