「AIを活用したサービスです」—そう言うだけで、投資家の目が輝いていた時代がありました。
ほんの数年前の話です。
2022年、AIへの世界VC投資が全体に占める割合は約30%でした。それが2025年には61%、金額にして2,587億ドル(OECD調べ)。わずか3年で、投資の「重力の中心」がAIに移動しました。
しかし今、現場では別の話を耳にするようになっています。
「プロダクトが面白い。でも、なぜこれがあなたたちにしか作れないのか、まだ見えない」
評価の軸が、静かに、しかし確実に変わっています。「AIを使っているか」から、「AIによって他社には再現できない価値を持続的に生み出せるか」へ。
私たちFIRST CVCは、国内外のスタートアップや投資家との対話を重ねながら、この変化の輪郭を追い続けています。今回は、世界のVCが今どんな目線でAIスタートアップを評価しているかを、データと現場感覚の両面から整理してみます。
資金は集中している。でも、「誰に」集中しているのか
2025年のグローバルVC投資を俯瞰すると、一つの構造的な事実が浮かび上がります。
AI投資は、規模においても、地域においても、極端に偏っています。
PitchBookによると、2025年第1四半期だけでAI・機械学習スタートアップへの投資額は736億ドル、件数は1,603件に達しました。通年で見ると、OECDの2025年データでは、AI企業へのVC投資総額は2,587億ドルに上ります。
地域別では、米国企業が約1,940億ドル(世界全体の約75%)を受け取り、EU27の158億ドル、中国の139億ドル、英国の138億ドルが続きます。世界のAI投資の4分の3が、実質的に米国一極に集まっている計算です。
ただ、「AIが熱い」というマクロの話と、「どのAIが評価されるか」というミクロの話は、まったく別の話なのです。
VCが本当に問うていること
現在のVCの評価は、大きく4つの問いに集約されます。
① AIは、製品の中核にあるか
「ChatGPTのAPIを組み込みました」では、もはや差別化になりません。VCが問うのは、そのAIがなければ製品自体が成立しないか、AIの性能が上がるほど顧客価値も高まる構造になっているか、という点です。「AIを使っている会社」ではなく、「AIによって従来不可能だった業務を可能にした会社」が評価されます。
② 独自データと、データが価値を生む仕組みがあるか
基盤モデルは、時間とともにコモディティ化します。だからこそVCは、モデル以外の参入障壁に注目します。他社が取得しにくいデータ、使えば使うほど製品が改善されるフライホイール構造、顧客固有の業務履歴の蓄積—「データを持っている」と主張することではなく、そのデータが競合より優れた成果につながっているかが問われています。
③ 顧客の業務に、深く組み込まれているか
AIが顧客の仕事の一部になるほど、解約されにくくなります。基幹システムとの連携、実際の意思決定プロセスへの組み込み、業務を「最後まで完了させる」能力—企業向けAIでは特に、「デモがすごいか」よりも「顧客のコストを何%下げたか」「処理件数をどれだけ増やしたか」が重視されます。
④ 売上が増えたとき、利益も増えるか
AIサービスには独特のコスト構造があります。売上が伸びるほどAPI費用(推論コスト)も増える、という「売上比例型コスト」です。VCはARRの大きさだけでなく、粗利率、CACとLTVの比率、ネット・レベニュー・リテンション(継続率)、そして利用量が増えたときに限界費用が改善するかどうかを精査しています。
「技術デモ」の時代は終わった
生成AIブームの初期、モデルの性能や新規性が強く評価されました。しかし今、VCが重視するのは実績です。顧客数、契約金額、継続率、導入効果—要するに、「それは本当に使われているか」という問いです。
「数カ月で競合が作れる機能」では、長期的な企業価値を説明しにくくなっています。
汎用モデルのAPIに薄いUIを載せただけのサービスは、価格競争とプラットフォーム企業による機能の内製化に対して脆弱です。VCはそのリスクを、以前より精緻に見ています。
日本のAIスタートアップにとって何を意味するか
日本には固有の文脈があります。
製造、物流、医療、金融、行政、介護—既存産業に眠る業務データの量と質は、垂直型AIを構築する上での大きな資産になり得ます。
ただし、VCが評価するには、PoCの実施件数だけでは不十分です。継続契約があるか、他の事業部や他社に横展開できるか、標準化された販売プロセスがあるか—「実際に使われ続けている」事実が、日本発のAI企業にとっての最大の武器になります。
CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の立場から見ると、この変化はむしろ追い風です。産業への深い理解、顧客との長期的な信頼関係、業務データへのアクセス権—これらは、大企業や事業会社と連携したスタートアップが持てる、固有の競争優位です。
「AIを評価する」から「AIで価値を作る」へ
投資の世界で起きていることは、評価基準の高度化です。
「AIを使っているか」から、「AIによって他社が再現できない経済価値を持続的に生み出せるか」へ。この変化は、スタートアップにとっての厳しさであると同時に、本質的な強みを持つプレイヤーへの大きなチャンスでもあります。
私は、この問いの精度を上げ続けることが、スタートアップにとっても、CVCにとっても、産業全体にとっても重要だと考えています。
技術の話ではなく、価値の話をしたい。そういう議論を一緒にしていける方と、つながることができたら嬉しいです。