こんにちは。
ラシンの茂木です。
最近よく耳にする「パワハラ」という言葉。政治、スポーツ、企業。どの領域でも毎日のように「誰かがパワハラした」と報じられています。
同時に、「被害者ムーブ」という言葉も一般化してきました。
今回は、この「被害者ムーブ」について書きます。
言葉が強いので、誰かを裁く文脈で使われがちですが、そういう話ではなく、もっと単純に「人が自分を守るときに起きる見え方」についてです。
私は被害者ムーブを、「自分を守るために、出来事の意味を自分に有利な形で捉えてしまう状態」だと思っています。
言葉は、言葉以上でも以下でもない
一番認識しないといけないと思っていることです。
相手が言った言葉は、それ以上でもそれ以下でもありません。
まずは“発言”として受け取る。
ただ、人はいつもそれができるわけではない。
言葉に裏の意図を足したり、「攻撃された」と結論づけたりする。
そうすると、現実の負担は一気に増えます。
出来事の重さが増えたのではなく、解釈が重くなっているからです。
被害者ムーブが起きるときに起きていること
流れはだいたい同じです。
相手の言葉や態度を見て、
「この人は自分を否定している」
「この人は自分のことを理解していない」
「私を大事にしていない」
と、結論を先に作ってしまう。
そして、その結論に合わせて世界が見え始めます。
冗談は雑に見え、助言は攻撃に見え、沈黙は無関心に見える。
相手の行動が変わったのではなく、こちらの見え方が固定される。
これが被害者ムーブの実態だと思います。
自分の例:サッカーでよくやっていた
私もサッカーをやっていて、試合に出られない時期はよく他責になりました。中学時代、高校時代は試合に出られない時期を過ごしたこともあり、その際は、「監督が悪い」「チームのスタイルが合わない」「自分への評価が不公平だ」と、試合に出ていない他のメンバーと「共通のテーマ」を作って励ましあったり、親に言ったり。今思うとそりゃあ試合に出られないマインドだったなと。
正直に言うと、そう言っているときは現実を見るのが怖い。
「自分が足りない」と認めると、心が折れそうになるからです。
だから、外側に理由を置く。自分の価値を守るための防衛です。
中学3年生のとき、監督から「お前は自己中心的なプレーしかしないから出さない」と言われたことがあります。
今なら「プレー選択の話だな」と理解できますが、当時の自分は、「自己中心的」という言葉に引っ掛かり、「人間性を否定された」と受け取りました。
この瞬間に起きているのは、相手の言葉に、こちらの解釈が過剰に乗ることです。
事実(言われたこと)と評価(自分は否定された)が混ざる。
混ざったものは、簡単にほどけません。
これがまさに、言葉に意味を足しすぎた状態です。
誰が悪いかではなく、「ズレ」が放置されることが問題
こういう場面は、片方だけが悪いケースばかりではないと思っています。
言う側は「必要なことを言った」つもり。
言われた側は「全否定された」と受け取っている。
ここで起きているのは、善悪というより認識のズレです。
だから必要なのは、コミュニケーション、会話です。
「その言葉は、どの行動に対して言っているのか」
「どこを変えれば評価が上がるのか」
こうした具体の会話が挟まらないと、受け手は言葉の“余白”を過去の経験で埋め始めます。
被害者ムーブの厄介さ
一度「この人は敵だ」と見始めると、戻りにくい。
それは自分を守るために作った世界なので、簡単には手放せません。
深く傷ついた経験があると、言葉は刺さりやすくなります。
相手に悪意がなくても刺さる。そして刺さった事実だけが残り、
「この人は配慮がない」「私の痛みに気づかない」という像が出来上がる。
加えて最近は、傷ついた側の声が通りやすい社会でもあります。これは必要な変化です。ただ一方で、「傷ついた方が正しい」という空気が強まると、対話が消えやすい。
結果として、お互いの理解が成立しないまま終わることがあります。
ここで私が一番大事だと思うのは、マインドセットです。
相手の言葉を、言葉以上に膨らませず、いったん“発言”として受け取る。
「相手はこう言った」ここで止める。
「だから私は否定された」ここにすぐ飛ばないようにする。
もちろん、言い方が雑な人もいるし、本当に傷つける意図がある人もいます。
そこは切り分ける必要があります。
ただこちらが言葉に過去を乗せすぎて、刺さり方を増幅させていることも往々にしてある。
言う側は、相手によって言葉の刺さり方が違うことを知っておくべきで、受ける側は、相手の言葉をすぐに「攻撃」と確定せず、まず意味を確認する癖を持つ。
相手が言った言葉は、それ以上でもそれ以下でもない。そう捉えられるだけで、日々の精神状態はかなり安定し、余計なストレスも生みにくくなります。
誰かに向けてでもなく、最近考えたことを言語化してみました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。