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好きな相手には、先ずは【嫌われない】こと

今日は恋愛について書いてみます。※これをただの恋愛の記事と思わないで下さい。ビジネスやセールスの話です。好きな相手ができて、それをうまく行かせたいなら、先ずはタイトルにある通り【嫌われないことを徹底してやる】それのみです。好かれようと途端にうまく行かない。下手くそなセールスを受けていても思うのですが「この人、嫌われる要素が満載じゃん」て思う人が多いんですよ。好きな人ができたら相手に好かれようと何かと努力しませんか?以前の私はそうでした。自分の良さをさりげなく、あるいはこれみよがしにアピールしたり、相手の為に自分を良く見せる努力をしたり。それからネットや本で読んだ心理テクニックとか使ったり...

Trueで生きられるか

私はやりたくないことはやらない。1番嫌なことは「人に使われること」だって理不尽なことが多いじゃん。2番目は「電車に乗ること」みんなイライラしているし、臭いしうるさい。高校の時から嫌で嫌で90分かけて自転車で通っていた。神田昌典の非常識な成功法則の中のワークで「嫌なことを書き出して、やりたい事・欲しい物を書き出してそれからあと半年で死ぬとしたら何をするか?」を、やったところ出た答えが前述の物。かもめのジョナサンを書いたリチャードバックの名作「イリュージョン」の中で主人公が言ってた言葉「やりたい事をやるためには、やりたくない事をやっていちゃダメなんだ」この言葉を19歳の時に聞いてなお、私は2...

始めるのに遅すぎることはない

物事を始める日は一番若い今日です。

諦めずに何かをやり遂げた人が好き

【諦めずに何かをやってきた人のセカンドキャリアを支援すること】これがビーホリックの存在意義の一つです。私は俳優として14年間、寝食惜しまずに一直線に活動してきました。ビジネスで成功する本やノウハウが書かれた本はいっぱいあるのに、タレントオーディションに合格できると書かれた本はひとつもありません。それは、万人がオーディションに合格する理由は存在しえないからです。私はそれでも演技レッスンをなけなしのお金をはたいて受け、毎日毎日、俳優としてのエクササイズを続けました。まさに「暖簾に腕押し」を全力の努力でしてきたのです。舞台の稽古に入れば2カ月は働けません。だから舞台がない時はアルバイトを幾つか...

私の在り方:女性の社会進出と経済的自立を支援する

私は母が21歳の時、父がいない子として生をうけました。手に職もなかった母は私を産む前日まで水商売をしていました。母はその後二度、結婚しました。父親の違う妹もできました。そして、二人の義父はそれぞれ不渡りをつかまされて倒産したり、バブル崩壊の憂き目に遭い倒産・破産したりしました。母はお人よしで、結婚相手の連帯保証人にその都度なっていました。当然、母も莫大な借金を背負ったわけです。そんな中、責任感の強かった母はお昼は生命保険のセールス、夜は水商売で働き必死で借金を返しながら私と妹を育ててくれました。そんな母も50歳で身体を壊し、水商売を引退し、アルバイトの生活を送っていました。母は62歳の時...

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