■ 「60歳になったとき、自分はどう生きているんだろう?」
Automatictrade Inc. は今、日本・タイ・マレーシアと拠点を広げています。
でも最初から海外を狙っていたわけではありません。
すべては、
「老後、自分はどうやって生きていくんだろう」
という、小さな“問い”から始まりました。
■ 27歳で独立。小さな成功と、大きな限界
私は一部上場メーカーを退職し、27歳で中小企業向けの業務ソフトを作る
個人事業主として独立しました。
販売パートナーにも恵まれ、顧客は増えていきましたが、
当時はパソコンがネットにつながっていない時代。
遠隔メンテなんて存在せず、
追加要望があれば必ず現地訪問。
顧客が10社を超えた頃、気づきました。
「このままでは、20社で限界が来る」
すでに月に一度も行けないお客様が出てきていました。
さらに、ソフトは“腐らない”。
気に入っていただけるほど、次の要望が来るまで収益がない。
小さな受託開発の難しさを感じ始めていました。
■ インターネットサーバー事業への挑戦
「ストック型のビジネスがいる。」
そう思い立ち、日本にほとんど資料がなかった
Linux とサーバー技術を独学で習得し始めます。
テレホーダイの夜11時から英語の資料を読み漁り、
世界が加速度的に変わっていくのを肌で感じていました。
しかし、事業は簡単ではありません。
サーバーが外国人からの攻撃で 8時間停止。
多くのお客様が解約し、「辞めたほうがいいのでは」と落ち込みました。
それでも続けたのは、
「次は同じ失敗をしなければいい」
という、シンプルな強さだけでした。
■ 36歳で訪れた“年金への不安”
事業が回り始めた頃、ふと思いました。
「60歳の自分は、何をしているんだろう?」
技術は陳腐化する。
訪問対応の限界はいつか必ず来る。
若者の年金に頼って生きたいわけでもない。
自分の人生は、自分で作りたい。
そう考えたとき、大学時代に少し触れた「株」のことを思い出しました。
■ デイトレードは、自由ではなく“縛り”だった
ネット証券環境が整い、私はすぐに投資を始めました。
資金効率を考えデイトレードに挑戦しましたが、
やってみて痛感したのは 圧倒的な非効率さです。
- 銘柄選びに膨大な時間
- 9時〜15時はチャートに張り付き
- 市場が終われば翌日の準備
- 仕事は深夜3時から
2ヶ月ほどで確信しました。
「これは続けてはいけない。廃人になる。」
投資で自由を目指したはずが、
いつの間にか投資に人生を奪われかけていました。
■ 転機:システムトレードとの出会い
そんな時、仕事仲間に
「システムトレードってあるよ」
と言われたことが転機でした。
ルールを作り、ルールに沿って機械的に発注する。
試してみると、大きく勝たない代わりに、
大きく負けもしない“再現性”がありました。
そこで私は思いました。
「ルールがあるなら、発注は人間がやらなくていい」
しかし、市場にそんなツールは存在しませんでした。
■ 無いなら作る。それがAutomatictradeの原点に
存在しないものは、自分で作ればいい。
そう思い立ち、発注を自動化するプログラムを作り始めました。
仕事仲間15人にこの話をすると、5人が賛同してくれ、
Automatictrade が誕生しました。
その後、何度も何度もバージョンアップを重ね、
いまの形へと育っていきました。
■ 最後に:これから一緒に「未来を作る仲間」を探しています
投資を自動化する。
単なる技術ではなく、
「自分で未来を作る力」を人に取り戻す仕組みだと私は考えています。
もしあなたが、
- 自分の力で人生を作りたい
- 新しい技術や金融が好き
- 海外で働いてみたい
- 小さなチームで事業づくりに関わりたい
そんな気持ちが少しでもあるなら、
ぜひ一度、私と話してみませんか?
「話を聞きに行きたい」から、お気軽にどうぞ。
あなたとお会いできるのを楽しみにしています。