開校から一貫して、ACミランから派遣されるイタリア人テクニカルディレクターと一緒に仕事をしてきました。現在3人目のテクニカルディレクターが、私たちのアカデミーで陣頭指揮に当たっています。
アカデミーを運営するパートナーシップ契約を結び相応の対価を支払いつつ、そのサービスの一環として派遣されてくるわけですが、言葉も文化もまったく異なる国で働くのがとても大変というのは、察するに容易なこと。
通訳としての私の仕事は大きくみて2つ。
- 【1】ピッチ外 ➡︎ 新たな環境への適応をサポートすること
- 【2】ピッチ内 ➡︎ テクニカルディレクターとしての本来の仕事がピッチ内にうまく伝わるようにすること
この2点に紐づく問題を他のスタッフと連携しながらすべて解決し、歯車が回るように調整していくことが求められています。
【1】ピッチ外の仕事
来日前には労働ビザ取得に関する準備。行政書士さんと連携して、イタリアの日本大使館で労働ビザが取得できるように、膨大な量の書類の準備に明け暮れる日々が続きます。
まずは、外国人が各種ビザ申請を可能とするために必要な、日本の出入国在留管理庁(いわゆる入管)が発行する在留資格認定証明書(Certificate Of Eleggibility、以下COE)の取得。
水際対策が段階的に緩和されるようになってからは、日本入国に関するリクエストはかなり増加傾向にあるため、COE受取にかかる期間がまったく読めず、一度申請したらひたすら待つ日々が続きます。この期間が非常にツラい!
受取後はCOEをイタリアに郵送し、来日するコーチに在ミラノ日本国総領事館にてビザを申請してもらうことになります。こちらもビザ申請リクエストが増加傾向にあることから、申請日時のアポイントを決めるのにもひと苦労するようになりました。
そして、ようやく来日となります…。(飛んできてもらうまでが本当に大変です!)
水際対策緩和直後の2022年4月に来日したクラウディオコーチは、就任決定から来日までに要した期間はおよそ9ヶ月。セミが鳴く頃に就任が決まり、来日した時には桜が咲いていました。
来日後すぐは言葉の問題はもちろん、衣食住の「住」を中心に、生活環境の調整に費やす時間が大半となります。住居にまつわる準備、住民票の取得や銀行口座の開設などいろいろ。
そもそもイタリア人のコミュニケーションスキルが相当高いとはいえ、アルファベットを使わない言語に囲まれ、英語もなかなか通じない環境に身を投じるストレスは相当なものです。よくカフェに一緒に行って話をしながら、小さなニーズを拾っていきます。
好奇心旺盛なので勝手によく出かけていきますが、「地下鉄の乗り換えが分からなくなった!」という類の電話もよくかかってくるのはご愛嬌。笑
【2】ピッチ内の仕事
もちろん、主たる働きはピッチ内での仕事に集約されます。最大の仕事はやはり日本人コーチとの橋渡し役でしょうか。
(私個人の感覚によるところが大きいかもしれませんが)言語を介したコミュニケーションは、お互い頑張りゃなんとかなる!
片言の英語や日本語でコミュニケーションをとるシーンを現場でもよく見かけます。
現場の最前線で働くコーチたちは、海外となかなか縁のない人間がほとんど。しかし「常に通訳頼み」という環境を敢えて作らないことで、お互い徐々に歩み寄っていくことが可能に。日本人コーチたちが異文化と向き合うこと、言語の壁を超えたコミュニケーションを図れるようになることも、組織としての欠かせない成長機会の1つだと思っています。
もちろん、一言一句をしっかりと伝えることが求められる場面もたくさんあります(イタリア語➡︎日本語/日本語➡︎イタリア語の両方で)。サッカーのディテールに迫る、テクニカルな話になるとかなり深い話になるのはイメージしやすいのではないでしょうか。
例えばこちら。日本人コーチたちに共有しているサッカーの専門用語リスト。イタリア語・英語・日本語でまとめたファイルの一部です。
日本語だけカッコ付き表記が多いのは、該当する単語が日本語としてまだ存在しないから。これもひとえにサッカーの解釈がまだ浅いがゆえということでしょうか。ということで、テクニカルディレクターからコーチたち向けにディテールに迫る話をすると、どうしても注釈付きの表現が多くなってしまいます。
分かるように伝えるために、言い回しを変える
イタリア・ACミランのサッカーを学ぶという提案をしている以上、私たちも言うなれば「黒船」「外資系」なのかもしれません。
しかし、そもそものスタンスとして、日本のやり方が根本から間違っていると思わないようにしています。先ほどから繰り返しているように、この国のサッカー文化がまだ深まっていないだけ。
日本式とイタリア式の【いいとこどり】をして、プレー環境にうまく融合できるように、スタッフ間で対話を深めるようにしています。
ACミランとしても「ローカル文化との融合」はアカデミープロジェクトの根幹の1つ。変化にかける時間が長いのもお国柄なのですが、ただひたすらにイタリアのやり方を押し付けるだけではここまで続けて来られなかったはずです。
(※必死にメモを取るテクニカルディレクター。トレーニング後にフィードバックをじっくり行います)
【最後に】どこまでいっても人付き合い
たくさんのイタリア人がこのプロジェクトに関わってくれており、その多くが日本の私たちの活動現場を訪問してくれました。ACミランから派遣されるテクニカルディレクターはその最たる例で、最も深い付き合いをしていくことになるわけですが、同じ会社から派遣されてくるスタッフとはいえ、それまでのキャリア設計はバラバラなので、垣間見えるパーソナリティは人それぞれです。
我慢できるけど沸点を超えたときの怒りゲージがすごかったり、いわゆる「我が強い」性格だったり、落ち着いているけどイタリア人の割には妙に細かかったり…。まぁ、いろんな性格の人物たちと接してきました。笑
初代のマッテオコーチは、2011年にゼロから一緒にスタートし、10年間を過ごした同志(いやもはや兄弟)のような間柄。ピッチ内でも同じことを考えるようになり、
続くクラウディオコーチは、セリエCを中心に10シーズンに渡りプロ選手として活躍したコーチで、在任1シーズンでしたが、たくさんの刺激を与えてくれました。しかし、個人的にはいつ何時も下らないことでゲラゲラと笑い合える「マブダチ」のような感覚で過ごしていました。笑
なお、現在一緒に働くマルココーチは7月に来日したばかりということで、まだコンビネーションは発展途上。
短期で一緒に仕事をしたことはありましたが、(愛知県で一緒に働くことになるとは想像もしておらず!)指導者としては相当のプロフェッショナルなので腕が鳴るところ。これからどんな未来を作っていけるかが楽しみです!
相手が誰であれ、パーソナリティをつぶさに見抜いて、対個人レベルで付き合いを深めていけることがこの仕事のおもしろいところ。そこに見える言葉の壁は決して高いものではありません。
私の立場としては、組織にとって円滑なコミュニケーションとその先にある効果がしっかりと生まれるように、常に考えながら言葉を選び、歩み寄りを仕向けていくことが大切だと思っています。