初めまして。真田康平と申します。
普段noteを書いていたりしますが、このストーリー投稿は初めてになります。
Wantedlyで弊社のことが少しでも気になった方が、少しでもハードル低くカジュアル面談にアクセスできるようにしたいなと思ったからです。なので、ダメなところも赤裸々に全部書いちゃおうと思います。
何となく、「こんな人なんだろうなー」ってわかっていたら、話しかけるのもちょっとは簡単になるのではないかな?なんて期待して、自己紹介させていただきます。
プロフィール
名前:真田康平(さなだこうへい)
出身:静岡県三島市/東京理科大学薬学部卒
年齢:30歳(1995年10月生)
役職:株式会社OX3 代表取締役社長
兄弟構成:妹のいる長男
好きなこと:フットサル/サッカー観戦
1.「働く」ということが嫌い
高校生のときは、いわゆる地元の進学校の中の中位から下位くらいの学力。理系が得意だったからという理由、そして子供に苦労をさせたくないという親心からおすすめされた理系で安定した職業(と以前は思われていた)である薬剤師になれる薬学部に、何の疑いもなく進学しました。
そこに自分の意思はなく、ただそういうもんなのだろうというだけでした。受験は将来何をしたいというWillではなく、点数を上げて少しでも上の偏差値の学校を受けて合格しようという勉強ゲームでした。
なので大学に入ってからも、とりあえず赤点を取らないC評価を取るゲーム、とりあえず入ってみたもののノリが合わずすぐにやめてしまったサークル、何よりも最悪だったのが人生で初めて始めた「アルバイト」。
最初のバイトは「塾講師」。幸い教えるのが得意だったこと、何となく学校のテスト問題や宿題の傾向から先生のテストを事前に想像できたことから、生徒の定期テストの点数を上げることはそう難しくありませんでした。
今考えると圧倒的に僕が悪いのですが、当時の真田青年は派手な髪色にすることを望んでいて、実際にしてしまったんです。もちろん社内規則的にダメなのですが、
「塾は生徒の成績を上げる場所、見た目は関係ない」
といって、その理不尽さが受け入れられずバイトを辞めることになりました。
そこからというもの、「1時間経った。1000円稼いだ...」という自分の時間をお金に変えている気持ち悪い感覚を持ちながら、アルバイトを始めては辞めを繰り返していたのですが、いよいよ「働く」ということに対するネガティブな気持ちが最高潮に達し、お金がなくて最低限の生活さえできればいいやというマインドになったのと同時に、「俺将来働けるのかな?」なんていう漠然とした不安とまだ数年あるから大丈夫っしょという楽観的な思考で大学の低学年をだらだらと過ごしておりました。
ちなみに次の章では、僕のマインドが変わったきっかけの話を書くのですが、これ大学4年生くらいまでこんな感じでした笑
だから大学1年生とか2年生のうちから意識高くインターンとか参加している人は尊敬でしかありません。
2.「働く」が現実的に。俺はどう生きるか?
大学4年生の年末。僕は当時、毎年地元で年末にフットサルをやっていたのですが、その年もいつものように高校のサッカー部の仲間で集まっていました。
いつもは「彼女ができた」だの「高校の時のあいつは...」だのをしていた気がするのですが、その年は少し違いました。4年制の大学生は就活を終えたタイミングで、みんな「どういう会社を受けたか?」「どういう会社に行くか?」「どんなところのインターンに参加したか」そんなリアルな話でした。
6年制で卒業する僕は、あまり身近な話題ではなかったのですが少し興味深そうに話を聞きながら、何とも言えない不安感をその時に覚えました。
そのタイミングで、
「お前は、薬剤師になりたいのか?製薬企業に行きたいのか?」
という、人生における大きな問いが自分の中にたてられました。自らの中に問いを立ててしまったからには、全力で解きに行かないといけません。
僕はその答えを探しに、今でいうと「意識高い系」だと思いますが、ビジネス書とかなんかヒントになりそうなことを、近くの蔦屋書店に通っては読み漁る日々が始まりました。
3.Connecting the dotsと多動力
僕が元々本を読むのが好きかというと全くそんなことはありません。むしろ全く読まない方の分類だったと思います。宿題の読書感想文は前書き後書きを引用して、現代文は学年ビリを取るくらいでした笑
薬学部には薬剤師になって病院や調剤薬局に就職するか、製薬企業で研究開発・MRになる道が王道で、それ以外のキャリアを歩んだ先輩は就職先一覧でたまに見るくらいでほとんどいませんでした。そのため、何かしなきゃという思いがあるのと同時に、何をやっていいかなあなあに生きてきた僕はわからなかったんです。
かれこれ何冊読んだかわかりませんが、今でも印象に残っている本というか、考え方が
◾️多動力(ホリエモンの本)
◾️Connecting the dots(スティーブ・ジョブズの名言)
です。まずどの本にも書いてあるんです。「とにかく動け!」とか「まず行動しろ!」とか。どの本にもそう書いてあるのできっとそうなんだろうなと思いつつも、当時の僕は行動するにも「正解」を探し求めてしまっていました。今では一番遠ざけている「正解脳(僕は勝手に正解なんてないのに正解を求めて結局動けない人)」だった気がします。
そんな中、この二つの教えから
とにかく何事も自分がチャレンジしたいことはチャレンジしてみる。一見関係なさそうなことでも、いつか点と点がつながって、経験になって、唯一無二の価値になる。だから薬剤師とか製薬とか関係なく、転がっている機会を全部取りに行こう。
そう決めました。
4.調剤薬局実習で自ら動き、課題を発見し解決する楽しさを知る
よし動いてみようとは思ったものの、薬学部では5年生の前期に約半年間の実務実習(調剤薬局11週間+病院11週間)があります。全ての機会を取りに行くと決めた僕は、まずはこの11週間の薬局実習を最高の時間にしようと決めました。
基本的に実習は「現場にいる薬剤師の先生から教えてもらう機会」と捉えるのが普通かと思いますし、カリキュラム上ではそうなっているはずです。でも僕は教えてもらうというスタンスを捨てて、「自分から学びに行く」というスタンスでこの実習に臨みました。
その結果、その11週間の密度はこんなにも変わりました。
【一般的な学生】
・調剤について教えてもらう
・薬剤師の先生の服薬指導(患者対応の仕方)を後ろで見て学ぶ
・空いている時間は調剤業務をお手伝いする
・最後の2週間くらいで服薬指導の実践をする
【僕】
・いろんな業態の薬局(零売薬局や漢方薬局、地域貢献を主にやっている薬局など)を見学
・学校薬剤師として地元の中学校で薬学講座を実施
(先生の代わりに僕がスライドを作り、本番も講義をした)
・薬局長が本部から出されている経営課題を代わりにやる
(もっと処方箋を増やすにはどうすれば良いか?/お薬手帳の持参を増やすにはどうすれば良いか?/かかりつけをもっと増やすにはどうすれば良いか?)
・本部の経営会議に参加して現状分析と対策についてプレゼンする
全く違いますよね。
その結果わかったこととしては、自分は「誰かに何かを指示されて働く」ことが嫌いなのであって、「課題に対して自ら考えながら働く」ことは好きなんだなということがわかりました。またこの実習を通じて、会社や薬局の経営、ビジネスについて興味をもち、さらにそこの道を極めていくことになりました。
より詳細はこちらのnoteに書いておりますので、気になった方は見ていただけますと幸いです。特に薬学部生や医療関係の大学に通う学生には参考になるのではないでしょうか!
薬局実習での最高な体験|note
5.長期インターンで「働く」楽しさを知る
薬局実習を通じてビジネスや経営に興味を持ったので、薬局実習が終わったら即長期インターンを始めることにしました。流石に病院実習が終わるのを待ってはいられませんでした。
そこで最初にご縁のあったスタディスタジオ株式会社(以下、スタスタ)でインターンを始めることになりました。スタスタは、立ち上げ数週間のスタートアップで、それこそ事業構想はあるものの、まだ何もないと言っても過言ではないくらいの状態でした。
当時はSEO全盛期、初めは学習塾の比較メディアの立ち上げを行ったため、とにかくSEO対策記事を書きまくりました。前述した通り、文章なんて書いたことないし、めちゃくちゃ苦手なわけです。最初は3000文字の記事を書くのに、10時間とかかかっていた気がします。(3回以上やり直しもらった覚えがあります)
それでもとにかく早くメディアをリッチにしたくて、書きまくりました。朝早く起きて記事を書き、9:00~17:00は病院へ実習に行き、終わったらすぐに東京のオフィスへ行き仕事をしました。友達と遊びの予定がある時は、待ち合わせ場所に1,2時間前に行き近くのカフェで記事を書くみたいな、とにかく空いた時間はインターンに打ち込みました。
当時の報酬は出来高制で、文字単価○円みたいな働き方でした。今考えると、最初は時給300円も行かないんじゃないかな?100円くらい?だった気がします。
でもなぜか時給1000円で働いていた時よりも、月末に通帳に入っている報酬金額が心なしか高かったんです。
そう、
・単純に楽しくて働きまくっていた(いい意味で働いている感覚ではなかった)
・どんどん自分のスキルが上がっていき、それに伴い時給単価が上がっていった
ということです。
本とか読んでいると良く出てくる「パラダイムシフト」とはまさにこの時のことで、僕の中で働くことが、「自分の時間を切り売りすること」から「自分の能力を伸ばして、提供できる価値を増やしていくこと」に変わった瞬間でした。この環境を用意していただき、気付きをたくさん与えてくださった当時の社長には感謝しかありません。
それからというもの、記事を書く仕事から記事を書ける人を増やす仕事(マネジメントと教育、採用など)やメディアをさらに伸ばすための戦略的な仕事まで、どんどんできることやれることの幅が広がっていって最高に充実した日々を過ごしていました。
後に僕はリクルートに入社することになるのですが、リクルートには「仕事の報酬は仕事」という文化があります。まさに、これを体感した瞬間でした。
この瞬間に、僕のキャリアは「薬剤師」や「製薬企業」ではなく、自らビジネスを作りにいくルートにしようと決めました。そして新卒ではリクルートに行くという選択をとることになります。
だいぶ長くなってしまいましたが、ここまででが薬学部時代からビジネスの世界へ入ってくるまでの軌跡になります。最後までご覧いただきありがとうございます。
中編は、リクルート編になります。
仲間と本気になれる仕事にチャレンジしませんか?
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