今から3年前の2023年4月、GOの新卒1期生として入社した永原さんの歩みは、決してスマートな成功の連続ではありませんでした。
配属直後の大規模なプロジェクトで直面した「自分一人の力では何も動かせない」という無力感。そして、現場での対話を通じて知った、機能の利便性だけでは片付かない運用の難しさや経営の現実。永原さんは、直面する課題の一つひとつに向き合いながら、自身の役割を広げてきました。
プロダクトをリリースして終わりにせず、それが現場に浸透し、社会の仕組みとして動き出すまで見届ける。この3年間で芽生えた、事業企画としての自覚と覚悟を聞きました。
永原 凜太郎 GOアプリ事業本部 DXソリュ ーション事業企画部 配車DXグループ
福岡生まれ福井育ち。2023年4月に新卒1期生として入社。2か月間の研修を経て、プロジェクトマネジメント室に配属。IVR配車サービス、北海道ニセコ地域のオーバーツーリズム対策『ニセコモデル』、軽井沢・伊勢志摩などの日本版ライドシェア立ち上げに携わる。2024年12月より現部署に異動し、現在は事業者向けの自動点呼サービス『GO点呼』などのタクシー事業者向けサービスの企画・推進を担当。
目次
- どれだけ良いものを企画しても、使われなければ意味がない
- 早朝、データが動いた。仕組みで社会を変えられると知った瞬間
- 「便利」の先にある、経営というもう一つの視点
- リリースは通過点。現場の運用が本当に変わるまで、見届けたい
どれだけ良いものを企画しても、使われなければ意味がない
── 現在、タクシー事業者向けのサービス企画・推進を担当していますが、ご自身の中で「事業企画」とはどのような仕事だと定義されていますか?
永原:一言で言えば、「使ってくれる人の課題を解決するために企画を実行し、それが現場に浸透するまでやり抜く仕事」だと思っています。
特にタクシー事業者様向け自動点呼サービス『GO点呼』は、ゼロから立ち上げに関わってきたこともあり、非常に思い入れの強いプロダクトです。ようやくリリースまでこぎ着けましたが、自分の中では、まだ世に出ただけという感覚が強いです。
人によっては、リリースを一つの区切りとして次のプロジェクトへ移るという選択肢もあるかもしれません。でも、自分はそうは思っていなくて。どれだけ良いサービスを作っても、実際に現場で使われ、それによって課題が解決されなければ、事業企画としての役割を果たしたとは言えないのではないか、と考えています。
いかに現場へ広め、使い続けてもらうか。その結果として運用の改善まで責任を持つ。この3年間の仕事を通じて、その価値観が自分の中でしっかりと固まってきました。
早朝、データが動いた。仕組みで社会を変えられると知った瞬間
── 現場の運用にまで責任を持つという今のスタンスは、どのような経験から形作られたのでしょうか。
永原:1年目に携わった『ニセコモデル』での経験が大きかったと思います。これは、冬季に観光客が急増するニセコエリアのタクシー不足を解消するため、他の地域から応援のタクシーを派遣してアプリ専用車として運行するプロジェクトです。
私は福井育ちで、地方の交通空白に対する課題感を学生時代から持っていました。大学時代にニセコへ遊びに行った際も、タクシーが捕まらずに困っている人を見かねて、レンタカーに同乗させてあげたことがあったんです。
それだけに思い入れも強く、解決したいという気持ちで臨んだのですが、いざ始まると現実は簡単ではありませんでしたね。プロジェクトを管理・推進する立場として関わりましたが、自治体、タクシー協会、観光組合、現地の事業者様など非常に多くの関係者がおり、調整事項は山積みでした。プロフェッショナルな先輩たちの横でただ圧倒されるばかりで、「自分はこのプロジェクトの1割も貢献できていない」という無力感もありました。
── その無力感の中で、仕事の手応えを感じたのはいつ頃だったのでしょうか?
永原:稼働が始まったその日の早朝4時頃、モニターでデータを見守っていた時でした。静まり返った部屋で画面を眺めていると、配車データが一つ、ポーンと動いたんです。実際にお客さんがアプリで車を呼び、応援の車両が動き出した証拠でした。
それを見た瞬間、本当に動いたんだと胸が熱くなりました。学生時代に現地の不便さを目の当たりにしていた時は、交通インフラなんて個人で変えられるわけがないと思っていましたし、正直、変えようとすら考えていませんでした。
でも、GOという場所で仲間やリソースが揃えば、あんなに大きな課題でも解決していけるんだ、自分たちの手で社会を変えていけるんだと、信じられた瞬間でした。
「便利」の先にある、経営というもう一つの視点
── ニセコで手応えを掴んだ後、現在の部署で取り組んでいる『GO点呼』などのプロジェクトでは、また異なる難しさがあったのではないでしょうか。
永原:そうですね。決してスムーズなことばかりではありませんでした。あるタクシー事業者様へ提案に伺った際、私は乗務員様の負担軽減や効率化を中心に説明したのですが、「具体的にどれだけコストが削減できるのか」「運営全体はどう良くなるのか」と、より踏み込んだ問いをいただいたんです。
乗務員様の使いやすさは大前提ですが、経営の枠組みで捉えたとき、コストを抑え、いかに経営を好転させるかという裏付けがなければ、導入の意思決定はしてもらえません。経営的な視点まで考え抜かなければ、事業として社会に広まってはいかないのだと、強く意識させられた経験でした。
── 実際のプロダクトや運用には、どのように反映させましたか?
永原:具体的には3つの点に注力しました。1つ目は機器構成と価格です。初期投資のハードルを下げるため、極力シンプルな構成を追求しました。2つ目は徹底的な視認性。現場では「文字が小さい」ことが致命的な欠陥になります。ボタンの大きさやUIを現場視点で再定義しました。
そして3つ目が、既存の総合管理システムとの連携です。点呼は単独の業務ではなく、前後のシフト管理や給与計算と紐づいています。当初は点呼のデジタル化に注力していましたが、現場を観察する中で、前後がアナログのままでは管理者の二重入力が発生し、逆に負担を増やすと気づきました。そこでシステムを一気通貫でつなぐことにこだわり、点呼から給与までデータが流れる仕組みを実現しました。
導入後、管理者の方から「業務が本当に楽になった」という声をいただき、(事業者様の)経営層からもコスト削減の効果を認めてもらえました。現場の運用と経営のリアリティ。その両方に深く入り込んで形にする大切さを、改めて実感した瞬間でした。
リリースは通過点。現場の運用が本当に変わるまで、見届けたい
── 新卒1期生ということで、入社当初は直近の先輩がいない中でのスタートでしたが、どのように仕事の幅を広げてきたのでしょうか。
永原:最初は右も左も分からない状態だったので、メンターの方に手厚くフォローしてもらいながら進めていました。1年目のプロジェクトでは、実務の8割以上を一緒に見てもらっていた感覚です。
そこから徐々に一人で判断を任される範囲が増えていき、現在は、日々の意思決定やプロジェクトの推進については基本的に自分一人で責任を持って動かしています。段階を追って、自分が判断して進めるべき範囲が広がってきたと感じていますね。
── 「自分が責任を持つ」というフェーズに変わってきた、と。
永原:そう思います。GOの事業企画は、机上の空論ではなく、実際に事業者様のもとへ足を運び、現場の切実な課題や経営のシビアな問いに正面から向き合う仕事です。そうやって現場に深く伴走し、解決のために悩み抜くプロセスを繰り返すうちに、当事者としての責任感が、自分の中に芽生えていました。
かつては、社会の仕組みを変えることはどこか遠い世界の出来事のように感じていたのも事実です。でも、目の前の課題を一つひとつ解いた先に、確実に行動や景色が変わる瞬間がある。その手応えを積み重ねるうちに、自分たちの手で社会を前に進めていけるんだという確信に変わっていきました。
── 最後に、これからの挑戦について教えてください。
永原:この3年間で、プロダクトを作り市場に届ける一通りのプロセスを経験できました。ただ、それが社会に浸透し、本当の意味で変化を起こせているかと言えば、まだまだこれからだと思っています。
日本全体で少子高齢化や労働力人口の減少が進む中、移動を支える交通インフラの維持は、社会全体にとってもますます大きなテーマになっていくはずです。だからこそ、現場の皆さんが直面する一歩先の困りごとを解決し、より運行業務に集中できる環境をつくっていきたい。単にサービスをリリースして終わりにするのではなく、それが現場の当たり前になり、社会が良くなったと実感できるまで見届ける。それが、事業企画としての自分の役割だと思っています。
※掲載内容は2026年4月時点の情報です。