メタ認知度の低さは改善されないのか?
前回「面接ではメタ認知度を見ないと大変なことになりますよ」という投稿をしたのですが、コメントをいただけたりリアクションも多くいただけ、気をよくしたので(言い方)
「じゃあメタ認知度って面接でどうやって確認するのか?」
を考察してみたいと思います。
前回は
「メタ認知度が低い候補者は自分で自分が『できてない』と思っていない。本人の言葉をうのみにして採用すると大変なことになりますよ」
ということを書きました。
ではちょっと考察してみたいのですが、そもそもメタ認知の低さ(およびそれゆえに発生するトラブル)ってなぜ改善されないのでしょうか?
この投稿を読んでくださっている方も
「部下に行動の改善を指導したが、できていないという認識がない」
「できていないという認識が本人にないので直らない」
という経験がおありだったりするのではないでしょうか。
例えば
・同僚が作ったレポートに対しては「あいつはミスが多い」とその部下はぶつぶつ言う
・でも本人が作ったレポートにもミスが多い
・「あなたもミスがある」と注意すると「そんなことはない」という態度を取る
・一つずつ指摘すると不満そうにするが、ミス自体があったことはしぶしぶ認める(認めざるを得ない)
・だが次回も直らない
みたいなケースです。
上司としては当然
「本人もミスは悪いことだと分かっている、自分はミスをしているという認識がなさそうだから具体的に伝えた。でも直らない。なぜだ?」
となるわけです。
これは「直す気がない」のではなく
「メタ認知度が低く、『批判している同僚と自分の差異』ないし『理想の自分と現実の自分の乖離』が認識できていない」
という状態なのです。
どどど、どういうこと?
とメタ認知度が高い方は思われるかもしれません。
メタ認知度の低さは「見えている世界の違い」
ミスは悪いと分かっている。
自分がミスしているという認識がなさそうだったから具体的に伝えた。
でも直らない。
そんなことあるでしょうか?
あるんです。
これが「メタ認知度の低さ」です。
これは言うなれば、
「同じ映像を見ているが、メタ認知度の高い人は4Kテレビで、メタ認知度の低い人はブラウン管テレビ(古いな)で見ている」
という状態をイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。
例えば同じ「一面の花畑」の映像をもとに話しているのにどうも話がかみ合わない。
上司が
「ひょっとして部下は映像を見ていないのではないか?」
「違うものを見ているのではないか?」
と思って
「映像見えてる?」
「何が映ってる?」
と聞いても、
「花が映っています」
と言うし、色も合っている。
ここでわざわざ
「じゃあRGBかカラーコードで、君が見ている色と俺が見ている色が同じか確認しようぜ!」
という上司もいないわけで、何となくおかしいな、とは思いながらも
「前提は合ってるみたいだ」
と思いながら話を進めるため、同じものを見ていても見えている世界の粒度に違いがある、ということに気づかないのです。
メタ認知度の高さ・低さというのは
「『批判している同僚と自分の差異』ないし『理想の自分と現実の自分の乖離』における認識粒度の違い」
だと考えると、じゃあそれを面接でどうやって言語化するのか? という話になってくるわけです。
(たぶん続く)