※この記事は、2026年9月にnoteで公開した記事の転載です。(元記事はこちら)
京都で、関西の未来の話を聞いてきた
先週、京都で開かれた「G1関西」に初めて参加してきました。
関西の経営者や政治家、研究者が集まって、朝から晩まで関西の未来を議論するカンファレンスです。
第1部 全体会|新たな時代の関西の可能性
登壇: 泉 健太(中道改革連合 代議士会長/衆議院議員)・山田 邦雄(ロート製薬 会長)・吉村 洋文(大阪府知事/日本維新の会 代表)・(M)高島 宗一郎(福岡市長)・(C)越 直美(弁護士/元大津市長)
第1部のテーマは、2030年を見据えた関西の可能性。議論の中心にあったのは、要するに「関西はひとつになれるか」という問いでした。
東京一極集中に対して、関西がひとつのかたまりとして実行体制を作るべきだ、という統治機構の話です。
理屈は、よく分かります。ただ、大阪には大阪の色がある。京都には京都の、兵庫には兵庫の、奈良には奈良の、和歌山には和歌山の、滋賀には滋賀の色がある。歴史も文化もプライドも違う6つが、どうまとまるのか。
そんな流れの中で、ロート製薬の山田邦雄会長が、正面から違うことを言われたんです。
「まとまらない方が、いいのではないか」
山田会長の主張は、こうでした。
京都と大阪と奈良と兵庫の歩調が合うとも思えないし、合わせない方がいいのではないか。単位が大きくなるほど遅くなる。「仲良く」「まとまる」というのがそもそも貧困な発想で、多様でバラバラだけど成り立っている方が、高度なモデルである。
議論の最後には、登壇者のお一人だった越直美さん(弁護士・元大津市長)が、こうまとめられました。「関西は一つではなく、一つ一つ」。
一つではなく、一つ一つ。
僕はこの議論を、途中からずっと、別の話として聞いていました。
僕は、別の話として聞いていた
これは、知的障がいのある人と社会の話と、同じ構造じゃないか、と。
「まとまる」と聞くと、僕らはつい「同じになる」ことを想像します。
色を薄めて、足並みを揃えて、はみ出す部分を削って。でも会場では、京都に「大阪と同じになってください」と言った瞬間にこの話が終わることを、誰もが分かっていました。色を消すことを前提にした統合に、誰も乗らないんです。
じゃあ、障がいのある人と社会の場合はどうだったか。
これまでの「参加」は、多くの場合、社会の側に合わせられる人から順番に受け入れる、という形でした。色を消せる人から、輪に入れる。訓練して、適応して、目立たなくなったら、一人前。
京都に対しては誰も言わないことを、僕らは障がいのある人には、わりと平気で言ってきたのかもしれません。
じゃあ、色を消さずに交わるには、どうしたらいいのか。
その問いを抱えたまま聞いていた僕に、ヒントをくれたのも山田会長でした。
30年後の話を、普段からする
山田会長は、1970年の大阪万博を中学生で経験されています。そして昨年の大阪・関西万博で、あの高揚感をもう一度味わったそうです。ギネス記録を狙った盆踊りに4,000人が集まり、ロート製薬からも400人が参加した、と。このノリは関西でしか成立しなかっただろう、と笑っておられました。
そのうえでの提案が、これです。次にこの高揚感が来るのは20年後か30年後かもしれない。だったら、30年後にどうなっていないといけないかを、普段から喋っているような文化になれば、関西の良さが出てくるのではないか。
これを聞いて、考え込みました。
30年後の話をするとき、僕らは少しだけ、いつもと違う自分になる気がするんです。今の立場や、目先の損得や、誰が主導権を握るかという話が、すっと後ろに下がる。30年後、いま議論している大人の多くは第一線にいません。だから問いが自然と、次の世代の方を向く。今の子どもたちが生きる社会を、どう整えて渡していくか。
奪い合う話が、手渡す話になる。
その対話なら、理解が深まるかもしれない
そして、ここからは僕の気づきです。
30年後を語り合う対話の輪に、多様な人たちがいたら、そこに知的障がいのある人がいて、その家族がいて、支援者がいて、企業の人がいて、行政の人がいたら何が起きるだろう、と想像しました。
「今、どう支えるか」の話は、どうしても支える側と支えられる側に分かれます。制度の話になり、要件の話になり、立場の話になる。
でも「30年後、どんな社会で暮らしていたいか」の話なら、全員が同じ側に立てます。誰にとっても、まだ来ていない未来だから。
その対話を重ねていく中でなら、知的障がいのある方への理解が、少しずつ深まっていくかもしれない。そして同じ輪の中で、障がいのない人たち同士の理解も、相互に深まっていくかもしれない。理解は、説得や研修だけで進むものではなくて、同じ未来を眺める時間の中で育つものなのかもしれない。そんな可能性に、気づかされました。
先月のnoteで、90歳のお祝いの席で弟の90歳を想像した話を書きました。2084年。時間軸を延ばした瞬間、「今どう支えるか」だけを考えていた頭が、「90年の人生をどう楽しめるか」という問いに切り替わった。あの感覚は、たぶんこれと同じものです。
https://note.com/leanonme/n/n52a115c1ccf6
僕ら株式会社Lean on Meのビジョンは「生涯を楽しめる世界」です。
「生涯」という言葉は、いま思えば、時間軸の宣言でもありました。
「"障がい"を社会に融和する」そのミッションに近づく道は、長い時間軸で未来を語り合う対話の中にあるのかもしれません。