※本記事は現在Mediumで連載中の山崎の記事の転載となります。
・ Fear and Loathing in Las Vegas
規則的に、かつ不自然なスピードで拍を打ち続ける心臓の音が必要以上に大きくなっていくのを意識の後背に追いやりながら、アリア・ホテルのスウィート・ルームの分厚い扉の前で、これから話すべき内容を頭の中で反芻しては、汗ばむ手のひらを隠すように拳をなんども握った。新しい年がはじまったばかりのラスベガスは温かく、東京の1月の寒さをしのぐための厚手のモッズコートはその場にそぐわず終始邪魔で仕方がない。
しばらくして僕はそのスウィート・ルームの中に通してもらった。アメリカの教室で味わった懐かしい感覚、なぜお前はここにいるのか?という怪訝な視線の中で自分の身体がその場に留まっていられず勝手に浮いていくような気持ちの悪さを感じながら、案内された部屋の椅子にゆっくりと腰を下ろした。二人の男が奥の扉からあらわれて、儀礼上の握手を交わしたあと、僕は訪問の趣旨を話そうと口を開いた。
こういう時に言葉はのどの奥で絡まってつかえ、乾いた舌は役に立たない。アメリカの教室で口を開く瞬間のあの気持ち悪さを文字通り噛みしめながら、僕は自分たちの事業とプロダクトについて語りはじめた。
一人の男が技術的な質問をし終えた後、もう一人の男が口を開いた。「おもしろい、何か一緒にできるといいね。」
「ありがとうございます。継続してコンタクトを取りたいので、名刺を頂けませんか?」
「ゴメン、いま名刺を切らしているんだ。次の予定があるので今日はこれで。」
・ピッチ(プレゼンテーション)の大切さ
もっとうまく話せたと思う一方で、準備不足は明らかだった。英語が話せることと、英語で上手に説明できることとの間には雲泥の差がある。当たり前のような話だが、日本語を操る僕ら誰もが日本語を上手に話せるわけではない。2016年1月のラスベガス(もちろんCESに参加していた)での僕はピッチなるものも、ましてやエレベーター・ピッチなるものも知らず、まさに素手で相手に向かうという愚行を犯していたことになる。
スタートアップが海外に出ていくことはさほど難しくはない。たとえば、JETROのプログラムを利用すればCES、Disrupt SF、SXSW、Slushなど海外の展示会に安価で参加ができる。実際に僕らもDisrupt SFやドバイのGITEXへの参加はJETROのプログラムを利用することで、コストをかけずに参加することができたし、プログラムを通して一定の成果もあげることができた(海外の展示会戦略に関しては別稿で記載をしたい)。
問題はこうしたプログラムや展示会に参加する前の準備だ。僕らは国内でビジネスを進める中で、1分間のエレベーター・ピッチや3~5分のピッチをするような機会はほとんどなく、10~20分という長い尺でダラダラと話すことに慣れてしまっている。プロダクトが魅力的でも、伝え方が下手なのた。これは語学の問題もあるとはいえ、ピッチの型を知り、実戦でピッチを行うことで、十分に解消可能な問題だと僕は考えている。そして国内にも、そうしたピッチを練習する機会は、少ないとはいえ、ゼロではない(ただし、僕は東京の事情しか知らないのであしからず)。
・ピッチの型
世の中にあまたある素晴らしいピッチ・ビデオを差し置いて、厚かましくも自分のピッチ動画をここに掲載したのは、主に以下の三つの理由による。
つまらないくらい基本に沿った構成のピッチ・デックを使っていること 非英語ネイティブが発音、文法等の間違いを多く犯しながらも、とりあえず英語でピッチをしていること それでもこのピッチ・デックに沿ったものを使って海外のピッチ・コンテストで優勝できたこと(Accenture Innovation AwardのAI Awardで優勝) この動画は2017年10月に開催されたStartup World Cup Tokyo 2017のものだ。この大会で僕は優勝を逃し、しばらく大いにふてくされた。会う人会う人に洗濯物は自分で折りたたむんだと宣言した(意味が分からない方は本大会の結果を検索してみてください)。振る舞いなどの点で大きく改善点はあるものの、ピッチ・デック自体は基本的な構成を取っているので、以下、どのような構成であったのかを簡単に説明したい。本大会では使用できるスライドは8枚まで、ピッチの時間は3:30秒というもので、与えられた時間に対して使用できるスライド数は少なめであった。
・スライドの構成
市場規模 課題 課題の解決方法 プロダクトと現在の収益(トラクション) ビジネスモデル 売上予測 競合優位性 チーム スライド8枚までという制限上、「資金調達予定額と資金使途」という、投資家に対しては必要不可なスライドはここには含まれていない。また、プロダクトとトラクションのシートは本来なら分けるべきだが、ここでは8枚に収めるために1枚のシートにまとめている。表紙も制限枚数に加算されるため削除した。
僕が強調したいのはこれだけの内容が3分程度で語りうるという事実だ。普段、僕らはプロダクトについてダラダラと語り、自分のプロダクトを愛するあまり(もしくは愛しているように見せようとするあまり)、聞き手を辟易させてしまう。ところが、通常のピッチの構成でプロダクトについて語るのはせいぜい20秒程度である。実際それで十分だ。技術的な詳細はピッチ後の質疑応答の時間で説明すればいい。大切なのは問題がどこにあるのか、その問題を何を用いてどのように解決するのか、それはビジネスとしてうまくいくのか、うまくいくとすればそれを達成できるチームになっているのか、それだけなのだ。
僕のピッチ・デックでは2. の課題の設定にとても苦労した。僕らは音声から感情解析を行うソフトウェアの開発をしており、問題ありきの技術開発というよりは技術それ自体が様々な分野に応用される中で、この技術で解決し得る特定の課題を探索しなければいけなかったからだ。つまり問題がまず先に存在していて、その問題を解決するために技術を開発する、という流れとは異なり、技術はある、ではこの技術をつかって何を解決しうるのか、仮に解決課題が見つかったとして、それはビジネスとして成立しうるのかを考えなければならなかった(当たり前のことではありますが。。)。
したがって僕は市場規模を最初のシートに据えることとした。市場規模のシートは通常、「課題の解決方法」以降に置かれることが多い。しかし、僕らの場合、市場の盛りあがりと課題設定が連動していたので、市場規模から課題提示という流れに仕立て上げた。具体的には、
市場規模:Amazon Echoに代表されるスマート・スピーカーの登場による音声インタフェース市場の興隆とスマート・スピーカーを経由した音声によるe-commerceの台頭 課題:音声によるe-commerceの売上を増大させたい、というAmazon, Googleなどのテック・ジャイアントがもつ課題の提示 課題の解決方法:すでにテレマーケティングにおいて成約率向上に成功した音声感情解析技術をスマート・スピーカー経由のe-commerceと接続させることで、売上を向上させる という形で、市場規模増大による新たな課題の出現→新たな課題に対して、類似市場における成功事例をブリッジさせる課題解決方法の提案、という流れでピッチを進めた。
このように基本的なピッチの型はおおよそ定まっているものの、各スライドの配列に関してはそれぞれのプロダクトに応じて可変的であってよい。もし自分のプロダクトに関してのピッチ・デックがまだないのであれば、まずは型にしたがったデックを作成してみるべきだ。テックを作成していく中で、自分たちがうまく回答できない課題が改めて見えてくるし、そうした課題に対してどのように向き合っていくのかも熟考できる。
ピッチ・デックを作成したら、今度はできるだけ多くの人に助言を仰ぎ、実践の場でピッチを行うのみ。僕のピッチ・デックは東はドバイ、西はシリコンバレーの起業家、投資家の助言のうえに今の形に落ち着いてきたのであり、今もって完成形ではなく、常に改変を続けている。ピッチ・デックに完成形は存在しない。
ようやくピッチ・デックができたところで、では、どこでピッチを行えばいいのだろうか?数は少ないとはいえ、Tokyoでもピッチはできる。
・Tokyoで英語ピッチをする
僕がはじめてピッチなるものを英語で行ったのは海外ではなく、まさに東京であった。2017年から開始されたスタートアップのための英語ピッチ・イベント、Tokyo Startup Pitch Nightに参加したのだ。
1人5分の持ち時間が与えられているので、通常のピッチよりも長めに話すことができるし、スライドの枚数にも制限はない。何より気楽な雰囲気の中、英語でのピッチがはじめてという人も多くいるので、とりあえず英語で自分の作ったピッチデックを披露してみたい、という最初の一歩にはもってこいのイベントである。
海外からのピッチ参加者も多く、ピッチの構成や話し方なども直接見て学べるため、東京にいながら海外のピッチ・イベントに参加しているかのような雰囲気が味わえるのも、このイベントの醍醐味。なおかつ、参加費は無料。いきなり英語でピッチすることに抵抗があるならば、まずは他の参加者のピッチを見学に行くだけでも十分勉強になる。
・Tokyoでピッチを学ぶ
そもそもピッチの構成を無料で学びたい場合にはJETROイノベーション・プラグラムに参加することをおすすめしたい。
僕が参加したのはシリコンバレー・プログラムで、TechCrunch Disrupt SFに参加することを目的としていた。選考にあたっては四日間にわたるブート・キャンプが開催され、ピッチの構成要素、スライドの修正、ピッチの実践などをUSMACのメンターたちから教わることができる。ここでの実践的アドバイスにより、僕はそれまでのピッチデックをうまく修正することに成功、ブート・キャンプの翌週に開催された1776主催のピッチ・コンテストでは優勝をおさめ、2018年1月のグローバル・ファイナルへと駒を進めることができた。
そのほかにも東京都が主催、デロイト・トーマツが運営するスタートアップの海外進出を支援するアクセラレーター・プログラム、X-HUB Tokyoの各プログラムでも、国内にいながら実践的な英語ピッチのトレーニングが受けられるようである。
対面でのプログラムも大事だが、それ以上に事前に様々なピッチ・デックに触れることも重要だ。とりわけAir BnBのデックなど、すでに評価の高いピッチ・デックはネット上でいくらでも閲覧できる。
自社のサービスやプロダクトに近いスタートアップのピッチデックだけではなく、領域横断的にピッチデックを読み込むことで、どんなデックにも共通した核が次第に見えてくる。核が見えてきたら、ピッチデック作成もぐんと楽になる。
・Tokyoで英語ピッチ・コンテストに出場する
米国のVC、1776が開催しているピッチ・コンテストChallenge Cupは日本でも予選が行われている。僕は2017年の東京予選に参加し、なんとか優勝を勝ち取ることができた。
このピッチ・コンテストは制限時間2分、使用可能なスライドは4枚というかなり厳しい制限のあるもので、実際参加者の中には2分以内でピッチを終えることのできない人もいた。ただ、制限が厳しいだけに、一度ここで2分間ピッチのコツをつかむと3分ピッチを行う際、かなりの余裕が生まれてくる。コンテスト前日には2分間ピッチに関するレクチャーも多少はあるので、学びの機会としても有益だ。制限時間の厳しさを度外視すれば、国内の英語ピッチコンテストの中では比較的参加しやすいものと思われる。
その他、参加の競争率は高くなるもののSlush Tokyo、Tech in Asia、前述のStartup World Cupなど、国内で英語のピッチコンテストに参加できる機会は増えてきてはいる。シリコンバレーやベルリンとは比較するにも及ばないものの、スタートアップが英語でピッチをしたりトレーニングする機会はTokyoにも存在するのだ。
・海の向こうへ行く前に
繰り返しになるが、現在スタートアップが海外に行くことはさほど難しくはない。公的機関の援助を得れば、ほとんど費用をかけずに海外の展示会に行くことが可能だ。もちろん、展示会等への参加は海外展開のはじめの一歩、というよりは小指の先がほんの少し触れたか触れていないかくらいのものであり、実際に海外でビジネス展開を加速させるには相当の忍耐が必要になってくる(この点、機会があれば別稿で僕らのUAE展開に関して記述したい)。
それでも海外の展示会やピッチ・コンテストに参加していく中で、海外企業とのパイプはもちろん、国内での存在感が増してきたという実感は大きく、実際に国内でのビジネス展開を加速させる起爆剤になっているという点は否めない(僕らは本当に、本当に「逆輸入」や「グローバル」に弱い)。
しかし、ただ海の向こうへ行けばいいわけじゃない。語学にしろ、ピッチにしろ、国内での十分な修練が必要不可欠である。そしてそうした修練を重ねる機会は、少なくともTokyoでは増えてきている。これを活用しない手はないし、そうした機会をスタートアップ同士が連携して産み出すことも重要だ(そうした意味でもTokyo Startup Pitch Nightとの取組は、スタートアップの起業家が運営しているという意味でも、非常に注目に値する)。
2017年10月のドバイ、クリッカーを持ってステージを歩く最中、僕が思い出したのはラスベガスのアリア・ホテルでの惨めさだった。その惨めさ、身体の震えは、ほんの少しだけ頭の奥から顔を出してのぞいていたけれども、懐かしさを感じるくらいにはその記憶の輪郭が変化していた。リヨンで、サンフランシスコで、ソウルで、アブダビで語ってきたいつものナラティブはTokyoで鍛え上げたもので、これからドバイで話すこともその延長線上でしかない。
僕らの会社の名前が呼ばれると、やっぱり嬉しい。それ以上に賞金を期待していた僕は、賞金がなく、代わりにハッカソンへの招待が副賞であることに幻滅を覚え、別の意味で身体の震えを感じていた。帰国してから数週間後、ピッチ・コンテストの主催者からハッカソンの案内メールが届いた。開催日は2日後。アホか、と思いながら僕はTokyoでくだを巻いていた。