書籍【宝塚歌劇団の経営学】読了
こうして特徴のあるエンタテインメントを、客観的に分析してみるのは、非常に興味深い。
これからの時代、あらゆることがエンタメ化されていくだろうと、個人的には感じている。
教育などは分かりやすいが、先生が教科書を元にして、板書して授業するスタイルは変わっていくだろうと思う。
単純にオンライン化されるだろうことは想像できるが、もし昔ながらの教室という場所が変わらなかったとしても、授業の形態自体は大きく変わるかもしれない。
勉強が「つまらないもの」「苦しみながら身に付けるもの」という感覚から、「楽しみながら学んで成長するもの」という感覚に変化するだけでも、大きなパラダイムシフトだと思う。
当然、そういう時代の流れが来ていると思っているし、この流れは不可逆なはずだ。
だからこそ、時代に抗うのではなく、受容して変化に対応しようという気持ちになれるのだと思う。
もちろん教育現場に留まらず、他にもエンタメ化の流れは随所にある。
例えば企業の工場見学だって然り。
内容的に見事なくらいエンタメ化されていて、多くの人々で賑わっている。
エンタメ業界の人が体験しても、十分に楽しめるように、緻密に計算されて作られている。
どういうものが楽しめるかについては、さすがに何十年間分のトライ&エラーによる蓄積があるために、相当綿密に練り上げられていると思う。
お客様が繰り返し来場し続けることで、データはさらに蓄積され洗練され、それらを次の改善に活かしていけば、エンタメの進化は止まることを知らない状態になる訳だ。
このように世界がエンタメ化する中で、とんでもないエンタメノウハウの蓄積を持っているのが、宝塚歌劇団ということになる。
何と宝塚歌劇団の創業は1913年だというから、すでに100年を超える歴史を刻んでいるのだが、その歴史は順風満帆とは言えない。
数々の倒産の危機を乗り越えて、今の宝塚歌劇団がある訳だが、その中でもコロナ禍は大きな打撃だったはずだ。
宝塚に限らず、数々のエンタメ企業が、コロナ禍によって壊滅的なダメージを受けた。
中には廃業に追い込まれた企業も数多くあっただろう。
本書は、まさにコロナ禍の、2021年発行となっている。
その後宝塚歌劇団は、2023年に大きな事件が起こり、旧態依然の体制が見直されていくこととなる。
今現在であっても、とても盤石な体制とは言えず、トラブルは尽きないということだ。
企業運営とは、そういうものだと思う。
(サラリーマン発想で働く人には、ピンと来ない部分かもしれない)
2023年の事件によって、旧来の「芸能」という閉鎖されていた業界の壁が、音を立てて崩れていく。
いくら創業100年を超える老舗企業であっても、時代の変化に合わせられなければ、生き残ることはできない。
当然だが、お客様あってのビジネスなのだから、顧客を離さずに繋ぎ止めることが、企業の生命線だ。
こういう視点で見てみると、改めて宝塚歌劇団はスゴイと感じてしまう。
時代の変化に合わせ、変えていかなければいけない部分は対応し、一方で本当に自分たちの大事な核の部分は変えずにいる。
むしろ「変えない」と決めて宣言することで、従前からのファンに対しては安心を与え、変わることを期待していたファンに対しては決別も止む無しという選択をした訳である。
「推し活」という言葉が一般的に使われてから久しいが、宝塚歌劇団が元祖と言ってもよいのではないかと思う。
若い団員たちの中から、自分が応援したい推しを見つけて、支援し始める。
自分と同じ推しを応援する仲間がコミュニティを形成し、それをさらに拡大させていく。
推しはいつしかトップスターとなり、宝塚舞台の大階段をセンターで降りてくる。
そんな夢を「推し活」の仲間たちと共有することが、自分の人生をものすごく豊かにしてくれるのだ。
日常の辛いことも、嫌なことも全て忘れさせてくれる。
平凡な自分の人生が、推し活をすることで光り輝いているように感じてしまう。
そんな世界観を作り上げたことこそが、なんて素敵なことかと思えてしまう。
宝塚歌劇団が、小林一三翁の創立当時の理念を大切にし、それを愚直に守り続けてきたことは確かだ。
ただし、そのたった1点だけをガムシャラに行って、組織を100年超維持することが出来たとは、到底思えない。
コロナ禍時の対応も含めて、どうやって生き残りを懸けてトライ&エラーを回し続けたかは、相当緻密な計算を行ったことだろうと思う。
「マーケティング」「コミュニティの作り方」など、小見出しだけ見れば、宝塚歌劇団のことでなくとも、ネットで事例や解説をバンバン探し出すことができる。
「Webマーケティング」「ファンの育て方」など、近しいものの動画の数だけでも、膨大な量の情報が世の中に溢れている。
「マーケ」「コミュニティ」は、用語としてはあくまでも経営に関するものかもしれないが、宝塚歌劇団の場合は、その奥深さを感じてしまうのだ。
マーケティングこそ、まさに販売戦略。
宝塚歌劇団は、自社の資産を商品化して、どのように顧客に付加価値を提供をしていくのか。
コミュニティこそ、まさに超優良顧客。
リピーターを飽きさせない、何度も訪れたくなる、推しを追いかけたくなる仕組みをどう構築するか。
芸能という、商品の価値を計りづらいもので、それらを作り上げなければならない苦労と、逆にその醍醐味。
宝塚歌劇団をビジネスの教材として見てみると、今後のエンタメの未来はどうなるのだろうかと、想像してしまう。
人間が行っていた仕事は、AIやロボットに置き換わっていくと言われている中で、最後まで人間に残る仕事は何だろうか。
エンタメすらも、AIが無限に生成できる時代になった中で、高品質なエンタメを、わざわざ高コストで制作する意味があるのだろうか。
人々が生成されたAIコンテンツを求めずに、宝塚を求める理由は何なのだろうか。
単純に考えて、機械やAI、コンピュータには感情が無い訳で、結局人間の心を熱くする仕事(それを仕事と定義してよいかは別の話として)が、最後まで残りそうな気がしている。
つまり、心の奥底に訴えかけるような。
人の感情を揺さぶるような仕事のことである。
これが人間に残された、最後の仕事であるような気がしてならない。
そういう意味でも、100年を超えるエンタメ企業の生き残り戦略は、学ぶ所が多い。
宝塚歌劇団に限らずに、これからの未来を生きていくために、重要な考え方なのだと思っている。
(2025/5/5月)