書籍【確率思考の戦略論~どうすれば売上は増えるのか】読了
希代のマーケター森岡毅氏の戦略論。森岡氏の著作は数冊読んでいるが、ビジネスにおける思考回路が非常に参考になる。
冒頭でも記載されているが、美味しいメロンパンを提供するパン屋さんの経営状況を見て「勿体ない」と思ってしまったという。
氏には、このお店の課題が完全に見えている。
もしかすると、家族で切り盛りしている店舗で、「そこそこ売上があればいい」と思っているのかもしれない。
そうなると、これ以上改善する必要がないのかもしれないが、「こんなに美味しいパンであれば、喜んでくれるお客様がもっといるはずだ」と考えてみると、この「そこそこ」で満足しているのが、勿体なく見えてしまう。
氏には、日常出会う様々なビジネスにおいて、おそらく課題と解決策が見えるのだろう。
氏が掲げる夢も壮大だ。
自身のビジネスの拡大だけに留まらず、日本全体を底上げしようと奔走する。
日本という国家は、世界的に見て相当に特殊だと思う。
自然環境や地理的環境も含めて、死生観や価値観がどうも他国とは異なる考え方を持っている。
そんな中で、特殊な文化が発展し、数々の特徴的な知的財産が生み出された。
これらを海外に安価で流出させずに、もっと活かして、適正な価値で換金させていけば、日本は成長できると説いている。
これは本当にその通りだと思う。
過去にも浮世絵の流出から始まり、今では「ドラゴンボール」のテーマパークがサウジアラビアに作られようとしている。
世界で認知されているキャラクターランキングに、日本発のものも入っているが、逆に言えば、まだまだこのランキングに入らずに眠っている知的財産が多数あるのも事実だ。
本書はこれら知的財産の活用法についてのものではないが、ビジネスという面では大いに参考にできる。
私は今までコンテンツビジネスに大きく関わっていたが、如何にマーケティングや販売戦略について疎かったかについて思い知らされる。
冒頭のメロンパンのお店を他人事と思ってはいけない。
我々はもっと足元のビジネスについて、真剣に問い直す必要がある。
本書では、とにかく大事なものは「ブランドコンセプト」だと説く。
これは本当にその通りで、メロンパンのお店も含めて、我々が今行っているビジネスのコンセプトが明確になっていないものが多過ぎる。
何となく長年継続してビジネスしているほど、そこを突き詰めて考えなくなっている。
確かにブランドコンセプトが曖昧なままでは、お客様が離れていった際に、呼び戻すことは難しくなる。
当社のビジネスについても同様で、現時点でブランドコンセプトは確かに曖昧だ。
まずここを変えていかなければいけないと思った。
会社経営の文脈でも、単純な売上利益の追及だけではなく、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を決めたり、会社のパーパス(目的)を掲げたりしなければ、ビジネスの方向性が定まらないという話がある。
これに近いと思うのだが、ブランドコンセプトについては、MVVよりも正直難しいと感じた。
会社のMVVは、目指す理想を掲げることで十分に成立すると思うのだが、ブランドコンセプトについては、それだけでは成り立たない。
本書にもある通り、掲げたブランドコンセプトを実現するのは、緻密な計算が必要だからだ。
ブランドコンセプトをどう設定するかで、対象とする顧客の設定も決まってくる。
もし狙いを定めてコンセプトを決めたとしても、実際にお客様に届かなければ全く意味がない。
顧客はそのコンセプトに共感してくれるのか。
それがまさに「お客様の心に刺さっているのか」ということに繋がる。
商品やサービスを提供する会社の意志だけでは、成立しない話なのである。
ここが非常に難しい点だ。
森岡氏は、これを徹底的に考えるそうだ。
「相手の本能にぶっ刺さるかどうか」
モテテクのような話だが、ビジネスの本質も実は全く同じだということに気付かされる。
WHO(誰に対して)、WHAT(何の価値を)、HOW(どうやって)提供するのか?
ここから森岡氏は、数学的思考を使って、勝利の確率を高める計算を行うという。
購買確率を高めるには、次の①〜③の組み合わせが大事なのだという。
①認知率 → そもそもブランドが認知されているのか
②配荷率 → 認識されたとして、購入できる状態にあるのか。棚に並んでいるのか
③プリファレンス → 「買いたい」と思わせる動機が強くあるのか
ここで、上記の①②が100%になることはありえないとのこと。
③が非常に重要で、率だけで測れない故に、逆に言うと上限がないという特長がある。
だから「③プリファレンスを最大化することを目指せ」と説くのだ。
本書内にさらに詳しい解説が記載されているが、確かにこの発想は非常に面白い。
会社の方向性であるMVVは、それぞれ数式で関連している話ではないのだが、著者が語るには成功するマーケティングは、あくまでも数式で説明できるとのことだ。
本書のタイトルが「確率思考」だから、やはりこの考え方に腹落ちするかどうかは非常に重要な気がする。
「ブランドコンセプト」が明確であるほど「プレファレンス(買いたい確率)」が上がる
計算式で考えると、相関関係があることが見えてくるし、力点をおくべきところも見えてくる。
メロンパンのお店のように、本質とはあまり関係がないところに労力を懸けても、全く効果がないことも見えてくる。
著者がUSJ在籍時代に実施した、コンセプトの再定義と、プレファレンスを最大化させた実例についても一部紹介されていた。
有名な話だが、この実例を改めて聞くと、著者のすごさがよく分かる。
瀕死状態のUSJを、V字回復させた。
西武園ゆうえんちを復活させ、丸亀製麺を復活させた。
奇策を思いついて、復活させた訳ではない。
緻密な計算に計算を重ねて、これらの経営を立て直したのだ。
著者が天才的なのは、その計算結果に基づき、「お客様の本能に刺さるかどうか」を徹底的に突き詰めた点だ。
脳科学の分野も深く勉強したそうだが、確かに我々が普段購買行動をしている中で、無意識に行っていることは実際に多い。
人間の脳は日常様々な判断を行っているらしいが、それでは脳のエネルギー消費が大きくなってしまうために、より単純化するなど省力化されるように働く特性があるそうだ。
だから自然とその商品を選択してもらえるように、単純化して考えられるように設計する必要がある。
こういう一つ一つが戦略であり、確率思考である。
コンセプトを決める際に、ついついターゲットを絞ってしまいがちだが、著者曰く、それは良い筋ではないらしい。
そもそもターゲットを絞るほど、顧客の拡大が難しくなるという矛盾をはらんでいるからだ。
だからこそ、より高い視座でターゲットを捉え直してみると良いのだという。
こういう点も非常に参考になる。
メロンパンのお店の例で言えば、誰をターゲットにするのか。
近所の人が食べる用なのか、手土産用途としてなのか。
食べる用としても、その場合の競合は、同じ地域のパン屋さんなのか?
それとも「おやつ」まで競合と捉えれば、ケーキ屋やたい焼き屋なども含まれるのか?
それとも「食事」まで捉えれば、町のレストランも競合になるのか。スーパーマーケットも競合なのか。
ターゲットをどこに定めるかだけでも、戦略は大きく異なってしまう
だから「コンセプト」をどこに向けてどう組み立てるかが大事になるということだ。
そして、コンセプトで選ばれる確率(プリファレンス)を上げるために、「人間の本能」を、徹底的に理解することが重要ということなのだ。
本書の内容は非常に難しい。
つまり、それだけビジネスで成功するというのは難しいのだ。
まずは本書の内容を正しく理解して、数式通りに実践してトライ&エラーを繰り返すしかない。
当社のビジネスも、市場の変化で益々厳しい状況になっている。
コンセプトの再定義と、プレファレンスの最大化。
生き残りたければ、本気で取り組むしかない。
改めてそんなことを考えてしまった。
(2025/3/5水)