書籍【2025年日本経済再生戦略】読了
本書のような書籍を私はよく読むのだが、腹落ちする部分が非常に多い。
逆に今の若者は、現代日本をどう見ているのだろうかと考えてしまう。
産まれた時から「経済が停滞している日本」と言われ続けてきた。
それでは現代日本は後進国なのかと言えば、そんなことでもない。
蛇口を捻れば安全に飲める水が出てくるし、治安も非常にいい。
電車も時間通り動いているし、週末に家族でレジャーだって行けている。
電気もインターネットも安定しているし、街中で暴動が起こることもない。
どう考えても、世界的にも恵まれた国に生まれたと言ってよいだろう。
もちろん、個々人の生活を細かく見れば、それなりに不満もあるだろうし、人によっては非常に苦しい生活を強いられている人もいるはずだ。
しかし、総じて考えてみれば、日本ほど豊かな国があるのだろうかと思ってしまう。
GDPは3〜4位と、以前として世界の中では経済大国と言えるが、成長率では著しく低成長。
だからこそ「失われた30年」と言われ、経済が停滞していた国家だった。
デフレスパイラルによって、給料は上がらないが、物価も安く、失業率が低いまま維持された。
日本は国家として、企業の収益性よりも、失業者を出さない選択をしたと言える。
その選択は、労働者を守るという一面があったのは事実だが、負の面があったのも事実。
労働者を守ると言いながら、しわ寄せが派遣社員などの非正規雇用者に向かったのが、そのもう一面である。
失業者を出してでも企業の収益性を目指さなかったために、新陳代謝が遅れ、非効率で収益率の低い企業が生き残ってしまった。
そんな30年がいよいよ変わる(終わる)ということなのである。
給与も上がって物価も上がっていくのは間違いないが、まさに企業も収益性を求め、生き残りをかけていくということだ。
企業のグローバル化が益々進んでいくが、これがすなわち、世界ルールの中でガチンコで対決していくことを意味する。
働く社員も例外ではなく、世界の人たちの中で優秀な人は生き残り、そうで無い人は厳しい状況に追いやられていく。
つまり「100%自己責任」の時代に突入したということだ。
今まではゾンビ企業によって、企業の収益性を捨ててまでも雇用が守られていた。
そこが大きく方向転換される。
その戦いについていけなくなって、脱落する者が多数出てくるだろう。
自己責任とは言え、そんな社会の中でどう生きていくかを模索するのは、相当に難しいだろう。
冨山氏が別の著作でも書いていたが、ホワイトカラーは特に、これらの状況に加え「AI」の影響をモロに受けていくはずだ。
自分が今までやっていた仕事は、AIに置き換わっていく。
事務的なルーティーン作業であれば尚更だ。
そんな時に別のどんな仕事に就けばよいのか。
これだけ少子化、労働者不足の日本なので、仕事さえ選ばなければ、失業しないはずである。
今までホワイトカラーで働いていた人が、まだまだAI・ロボットに置き換わりにくいブルーカラーの仕事に転換できるか。
特にローカル地域は超人手不足のため、場所のこだわりを失くしさえすれば、仕事はあるはずだ。
しかし勿論だが、今までの収入を確保できるはずはない。
AIに置き換わって失業するよりは、働いた方が良いと思うが、それができる人とできない人もハッキリと分かれてしまうだろう。
自己責任の時代にどうやって生きていくか。
真剣に考えてしまうが、いざ自分のことを考えると、上手に対応できる自信は全くない。
長生きすることを考えると、今から細く長く生きる道を模索した方がよさそうだ。
地道にコツコツ、戦略的に出来ることの幅を広げていければと思う。
(2025/6/10火)