小さい頃は超がつくほど人見知り。
常に母親の後ろに隠れて、大人に話しかけられたらキッと睨みつけるようなとにかく可愛げのない幼少期でした。
小学生の頃も友達の作り方がわからない。
1人でいる方が楽。
女の子達が固まって行動しているのがとにかく苦手なタイプ。
人間関係が楽そうな男子が羨ましかった(笑)
生まれ変わるなら絶対に男の子が良いと本気で思ってました。
そんなまったく人とコミュニケーションが取れない私がなんでCAを目指そうと思ったのか?
きっかけは高校生の時、上戸彩が主演の「アテンションプリーズ」というドラマでした。
遅刻しそうな主人公の新米CAが、タクシーの運転手さんに「職場は動かないから大丈夫だよ!」って言われているシーンで、
いや、「違います、私の職場はあそこなんです〜👆」って飛んでいく飛行機を指差してるシーンが、とてつもなくカッコよかった(笑)
破天荒な新人CAがどんどん成長していく姿に目を奪われ、自然と私もCAを目指すようになりました。
英語も苦手、見た目もパッとしない、品もない(笑)
絶対に無理だよ。と周りの先生達や友達、家族にとにかく笑われました。
それくらい当時の私はCAとは程遠い見た目と性格。
でも諦めなかった。
大学時代はみんなが遊んでる中、図書館に篭って勉強、
エアラインスクールに大学と並行して通い、
六本木のグランドハイアットや丸の内のパレスホテル東京でアルバイトをし一流の接客を勉強。
私があまりにも本気だったので最初は無理だよと笑っていた人も気づけば全員が応援してくれていました。
夢だったCAに見事合格した時は家族や友人達が泣いて喜んでくれました。
CA生活がスタートからは毎日が夢のように楽しかった。
素敵なCAの先輩達、明るくて前向きな同期、
プロフェッショナルな職場の人達、
各部署が一丸となって無事にお客様を目的地に送り届ける尊い仕事に毎日誇りを持って仕事をしていました。
降機される際のお客様の「ありがとう。」のお声や、
時々指名で会社に届くお客様からのお褒めの言葉がとにかく嬉しかった。
こんな天職に出会えた私は幸せだと心から思っていました。
だから11年間もCAという仕事を続けられたのかもしれません。
じゃあ何故そこまで大好きな仕事をなぜ辞めることに決めたのか?
そのきっかけが2020年の世界的パンデミック、コロナウイルスでした。
大打撃を受けた航空業界。
空港にいけば人が全くいない、
職場から滑走路を見渡せば何十機の飛行機が停まったまま。
制服を着て職場に行っても飛べる便がない。
400人近く乗れる飛行機にも関わらず、ご搭乗されるお客様は5〜10人。
あの当時のショッキングな光景は今でも忘れません。
大手=安泰
この概念が大きく変わったきっかけでした。
CAという仕事がなくなった時に私には何が残るんだろうか。
劣等感ばかりの私の人生に誇れるものは他にあるのか?
すぐに答えれませんでした。
大手の肩書きに頼っていた自分の人生をどうにか変えたい。
そこで偶然見つけたのがフリーランでした。