打ち合わせでズレる原因は、意外と「話していないこと」だけではない。
むしろ、話した。
確認もした。
議事録にも残した。
それでもズレる。
実務では、そういうことがよく起きる。
なぜか。
最近はこう考えている。
打ち合わせは、合意で進んでいるように見えて、実際にはかなりの部分が「省略」で進んでいる。
「それでお願いします」
「では、その方向で」
「一旦これで進めましょう」
「今月中に対応します」
「確認しておきます」
「共有しておきます」
こうした言葉は、表面上は合意に見える。
しかし実際には、その中に大量の前提が省略されている。
たとえば「今月中に対応します」と言ったとき、顧客は「今月中に使えるようになる」と受け取っているかもしれない。
営業は「今月中に納品できる」と考えているかもしれない。
開発側は「今月中に実装までは終わる」と考えているかもしれない。
運用担当者は「来月から現場で回せる」と思っているかもしれない。
全員が同じ言葉を聞いている。
でも、見ている地点が違う。
このとき、打ち合わせは失敗していない。
むしろ、スムーズに進んでいるように見える。
だから危ない。
ズレは、会議中に発生するとは限らない。
会議中に生まれた省略が、数日後、数週間後に、それぞれの現場で別々に展開される。
そして、ある日こう言われる。
「そういう意味ではなかった」
「そこまで含まれていると思っていた」
「聞いていない」
「前に話したはず」
「こちらではそう理解していました」
ここで初めて、ズレが見える。
しかし本当は、そのズレは最初から存在していた。
ただ、打ち合わせの場では、まだ見えていなかっただけである。
確認したのにズレる
よく「認識合わせが大事」と言われる。
これはもちろん正しい。
ただ、実務上は「認識合わせをしたはずなのにズレる」ことがある。
なぜか。
確認している対象が違うからだ。
たとえば、顧客が「できますか?」と聞く。
開発者は「実装できます」と答える。
営業は「契約上対応できます」と考える。
顧客は「現場で運用できます」と期待する。
全員が「できますか」という問いに答えている。
しかし、それぞれが違う「できる」を見ている。
技術的にできる。
予算内でできる。
納期内でできる。
現場で使える。
担当者が迷わず操作できる。
例外時に戻せる。
監査上説明できる。
引き継ぎ後も維持できる。
これらはすべて「できる」だが、同じ意味ではない。
だから、確認とは単に「Yes / No」を取ることではない。
本来確認すべきなのは、
「今、どの意味の『できる』について話しているのか」
である。
ここが曖昧なまま進むと、会話は成立しているのに、実務はズレる。
仕様変更ではなく、世界変更が起きている
もうひとつ、ズレやすい地形がある。
それは、顧客が「仕様変更」と言っているものが、実際には「仕事の変化」である場合だ。
画面に項目をひとつ追加する。
一覧の並び順を変える。
承認フローを少し変更する。
CSV出力の形式を変える。
通知先を増やす。
開発側から見ると、これは仕様変更に見える。
しかし現場側では、それによって仕事の流れが変わる。
誰が入力するのか。
誰が確認するのか。
誰が差し戻すのか。
誰が例外を判断するのか。
誰がミスを見つけるのか。
誰が責任を持つのか。
つまり、小さな仕様変更に見えても、現場では責任の流れが変わっていることがある。
ここを見落とすと、システムとしては正しく動いているのに、現場では使いづらいものになる。
「仕様通りです」
これは開発側としては正しい。
ただし、仕様通りに作った結果、現場の判断回数が増えたり、責任の所在が曖昧になったり、例外時に戻れなくなったりすることがある。
その場合、問題は機能ではなく、接地面にある。
システムが壊れているのではない。
システムによって、現場の地形が少し変わっている。
誰も質問しないところが危ない
経験上、質問が多い仕様は、必ずしも危険ではない。
質問が出るということは、少なくとも誰かが違和感を持っている。
前提のズレが表面に出ている。
議論の余地が見えている。
本当に危ないのは、誰も質問しないところである。
なぜなら、全員が理解しているから質問が出ないのではなく、全員が自分の前提で補完しているから質問が出ない場合があるからだ。
「普通こうですよね」
「いつも通りですよね」
「前と同じですよね」
「そこは現場で判断します」
「細かいところは後で詰めましょう」
こうした言葉が出たとき、会議は軽くなる。
しかし、その軽さの中に、あとで重くなるものが残ることがある。
特に危ないのは、「いつも通り」である。
いつも通りとは、文書化されていない業務知識の集合であることが多い。
誰かが知っている。
誰かが覚えている。
誰かが気を利かせている。
誰かが例外を吸収している。
それが「いつも通り」と呼ばれている。
システム化やAI導入で一番壊れやすいのは、こういう部分だと思う。
なぜなら、暗黙に処理されていたものは、そのままでは実装できないからだ。
議事録は、会話を保存しない
議事録にもズレがある。
議事録は、打ち合わせを保存しているように見える。
しかし実際には、多くの場合「決まったこと」だけを保存している。
もちろん、それは必要である。
だが、実務であとから効いてくるのは、決まったことだけではない。
決まらなかったこと。
保留されたこと。
誰も明示しなかったこと。
その場では重要に見えなかったこと。
なんとなく流れたこと。
言いかけてやめたこと。
担当者の表情が少し曇ったところ。
「まあ大丈夫だと思います」と言われたところ。
ズレは、決定事項ではなく、未決定事項の周辺に残りやすい。
だから議事録は、決定事項だけでは弱い。
本当は、
決まったこと。
決まっていないこと。
次に確認すること。
誰の判断が必要なこと。
現場で試さないとわからないこと。
言葉の意味がまだ揃っていないこと。
これらを分けて残した方がよい。
議事録は、会議の記録ではなく、ズレの発生地点を後から見つけるための地図でもある。
人は仕様ではなく、自分の明日を聞いている
システムの説明をしているとき、こちらは仕様を説明しているつもりでも、相手は仕様そのものを聞いていないことがある。
相手が聞いているのは、
「自分の仕事はどう変わるのか」
である。
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この通知が飛びます。
それは仕様説明である。
しかし現場の人が知りたいのは、もう少し違う。
明日から何をしなくてよくなるのか。
逆に、何をしなければならなくなるのか。
誰に確認すればよいのか。
ミスしたら戻せるのか。
今まで紙でメモしていたことはどこへ行くのか。
急ぎのときに例外処理できるのか。
忙しい時間帯に操作が増えないか。
この翻訳がないまま仕様だけ説明すると、説明したのに伝わらない。
逆に言えば、打ち合わせで必要なのは、正しい説明だけではない。
相手の判断接地面への翻訳である。
ズレやすい地形のチェックポイント
実務上、ズレやすいところにはいくつかの地形がある。
ひとつ目は、時間の意味である。
「今月中」
「早めに」
「一旦」
「なるべく」
「近日中」
「リリース」
「納品」
「完了」
これらは、立場によって意味が変わる。
実装完了なのか。
検証完了なのか。
顧客確認完了なのか。
現場運用開始なのか。
請求可能な状態なのか。
ここは必ずズレる。
ふたつ目は、「できる」の意味である。
技術的にできる。
契約上できる。
予算内でできる。
納期内でできる。
運用上できる。
属人対応ならできる。
継続運用できる。
説明責任を果たせる。
この違いを混ぜると、あとで必ず摩耗する。
三つ目は、責任の戻り先である。
誰が承認するのか。
誰が例外を判断するのか。
誰が戻せるのか。
誰が最終確認するのか。
誰が「それでよい」と言えるのか。
責任の戻り先がない仕様は、動いても現場で詰まる。
四つ目は、例外である。
通常時はだいたい話が合う。
ズレるのは例外時である。
データが間違っていたら。
担当者が休んでいたら。
締切を過ぎたら。
承認者が不在だったら。
顧客都合で急ぎになったら。
二重登録されたら。
過去分を直す必要が出たら。
例外を聞くと、現場の本当の構造が出る。
五つ目は、使う人と決める人の違いである。
打ち合わせに出ている人が、実際に使うとは限らない。
決裁者が使うとは限らない。
現場担当者が決められるとは限らない。
ここにズレがあると、会議では合意しているのに、導入後に抵抗が出る。
それは反対ではなく、接地していないだけの場合がある。
六つ目は、沈黙である。
反対が出ない。
質問が出ない。
その場が静かに流れる。
これは安心材料とは限らない。
沈黙にはいくつか種類がある。
理解した沈黙。
判断できない沈黙。
自分には関係ないと思った沈黙。
あとで現場が困るとわかっている沈黙。
立場上言えない沈黙。
面倒なので流した沈黙。
打ち合わせでは、この違いが見えにくい。
だから、沈黙は合意として扱わない方がよい。
ズレをなくすより、早く見えるようにする
顧客折衝や打ち合わせで、ズレを完全になくすことは難しい。
人はそれぞれ、違う現場、違う責任、違う時間軸、違う不安を持って会議に来ている。
同じ言葉を使っていても、同じものを見ているとは限らない。
だから、目指すべきなのは「一度で完全に認識を合わせること」ではないと思う。
むしろ、
ズレが小さいうちに見えること。
ズレたときに戻れること。
どこでズレたか追えること。
誰の判断に戻せばよいか分かること。
言葉の意味をあとから再同期できること。
こちらの方が実務では強い。
打ち合わせは、合意で進むのではない。
多くの場合、省略で進む。
だから、よい打ち合わせとは、すべてをその場で決めることではない。
何が省略されたか。
どの前提がまだ揃っていないか。
どの言葉が立場によって違う意味になりそうか。
どこに未定義の責任が残っているか。
それを見えるようにする場なのだと思う。
会議で本当に同期されるのは、話した内容だけではない。
むしろ危ないのは、話さなくても同じだと思った前提である。
そこを少しだけ疑えるようになると、顧客折衝は少し変わる。
確認の量を増やすのではない。
問いの置き場所を変える。
「できますか?」ではなく、
「どの意味で、できると言っていますか?」
「決まりましたね」ではなく、
「まだ決まっていないものは何ですか?」
「共有します」ではなく、
「誰の明日が変わりますか?」
「問題なさそうですね」ではなく、
「今、誰が沈黙していますか?」
こういう問いが、あとから出るズレを少し早く見せてくれる。
打ち合わせで本当に見たいのは、合意そのものではない。
合意したように見えた場所に残っている、省略の形である。