観察メモ 02: はじめてのアテンド —— 富士山よりも、心に残っていたもの
この前、モンゴルから来たお客様を案内するチャンスをいただきました。
3日2泊の間、私はスケジュール調整や現場での連絡・対応を担当していました。
GWの余熱がまだ少し残る、5月中旬。自分にとっては、本格的に「人の流れの中へ入っていく」3日間でもありました。
最初は、「予定通りに、問題なく進めていくアテンド」にすることばかり考えていました。しかし、実際に現場に入ってみると、現実は最初から少しずつ予定から外れていきました。
言葉は完全には通じない。
待ち合わせも混乱する。
予定はその場の状況で変わる。
お互いのことも、まだよく知らない。
そんな中で、「正しく進めること」以上にずっと大事なのは、
「どうすれば、みんながちょっと安心できるか」だったような気がします。
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この3日間を通して、人と人との距離感について、改めて自分の考え方を見つめ直しました。
SNSや創作について考えている時も、最終的に回避できないのは、「人と人のあいだに、どんな空気が流れるのか」ということだったのかもしれません。
そこで今回は、この旅の中で自分にとって特に印象に残った3つの瞬間を、日記のような形で残してみようと思います。
目次
Day1 12:00 東京駅集合
Day2 完璧じゃないまま、進んでいくこと
Day2 22:20 ドラッグストアで見えた「生活」
終わりに
Day1 12:00 東京駅集合
初日は、昼12時の東京駅で待ち合わせ。
少し早く八重洲口へ着いた私は、グループチャットに
「とりあえず 『Yaesu(八重洲)』 の方向へ向かってください」と英語でメッセージを送りました。
まずはみんなを無事に集めよう、というような気持ちでした。
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でも、現実は想像以上に混乱していました。
お客様たちは先に丸の内側へ行ってしまい、運転手の叔父さんは私が送った現地の写真を見て、八重洲側の地下駐車場へ車を停めて待機していました。
手伝いに来てくれた叔母さんと私は、なんとかお客様と合流できたものの、今度は言語が問題になってきます。
叔母さんと私は主に中国語と日本語。しかも、手伝いに来てくれた叔母さんとも、その日がほとんど初対面に近い状態でした。
お客様たちは英語と韓国語を使いながら、なんとか会話を繋ごうとしていて、みんなそれぞれが自分にとって少し不慣れの言語を使いながら、ゆっくりやり取りをしていました。
さらに大変だったのは、その時点でまだお客様が、この先3日間の宿泊先を決めていなかったことです。
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結果として、もとの予定はすべて止まってしまって、「どこへ行くか」よりも先に必要だったのは、荷物を安心して置ける場所でした。
運転手の叔父さんが地下で出口を探している間、叔母さんは車の方へ向かい、私はその場に残って、お客様とのやり取りをしながら、その場でホテルを探し始めました。
今振り返ると、不思議な状態だったと思います。
誰かが明確に指示を出していたわけではない。でも、みんな自然に動き始めていた。
・車を探す人。
・お客様を安心させる人。
・宿泊先を確認する人。
あの時初めて、「段取りを正しく進めること」よりも先に、人を安心させることのほうが大事になる場面もあるのだと感じました。
(スシローにあった、小さな安心感)
Day2 完璧じゃないまま、進んでいくこと
二日目の朝、私たちは車で富士山へ向かいました。
集合時間はかなり早かったのですが、お客様たちは驚くほど元気そうでした。
道中では、リアルタイム翻訳アプリを使いながら、少しずつ会話を重ねていきました。
お互いに相手の言葉を完璧に話せるわけではないので、やり取りは自然とゆっくりとなっていきます。
まるで別々の山の上から、伝書鳩で言葉を一つ一つ届け合っているような感覚だった。
不思議なことに、同じ車内で、同じ景色を眺めながら同じ時間を過ごしているうちに、少しずつ距離も近づいていくような気がしました。
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山中湖へ着いてから、ようやく自分が富士山の風を甘く見ていたことを痛感しました。
前日、私は「薄い上着を持ってきてください」としか伝えていなかったのです。
白鳥に餌をあげたあと、ふと、お客様の叔母さんがスマホを見せてくれました。
翻訳アプリには、
「こんなに寒いと思わなかった。完全に油断していた。」と表示されていました。
そして叔母さんは、いたずらっぽく舌を出しながら笑いました。
本当は、こちらの準備不足だったのかもしれません。
だけど、責められることもなく、かといって必要以上に気を遣われるわけでもなく、ただ冗談っぽく笑って受け流してもらえたことで、その時ふっと肩の力が抜けたようでした。
・
ホテルへ戻った頃には、みんな少し疲れた表情をしていました。
それでも、「次はどうする?」「明日は何時に出る?」と予定を詰めようと思えば、いくらでも詰められたと考えます。
なのでその時、私は拙い英語で、
「今日はもうゆっくり休みましょう。明日のことは、また朝に一緒に考えましょう」とだけ伝えました。
すると、不思議なくらい空気がふっと柔らかくなった気がしました。
完璧な段取りより先に、人が本当に必要としているのは、この時みたいに、「少し安心して息をつける余白」なのかもしれません。
(完璧じゃなかった景色)
Day2 22:20 ドラッグストアで見えた「生活」
富士山から帰ってきたあと、お客様たちは「ドラッグストアへ行きたい」と言い出しました。
軽く立ち寄る程度かと思っていたのに、気づけば、ほとんど大買い出しみたいになっていました。
私は商品の説明を訳しながら、一緒に店内を回っていました。
でも、みんなが手に取っていたものは、意外なほど生活に近いものばかりでした。
歯磨き粉、鎮痛剤、ビタミン、日焼け止め、保湿クリーム、プロテイン……。
どれも、日本で暮らしていると、いつの間にか生活の一部になっているものばかりでした。
最初は少し不思議だった。
せっかく日本へ来たのだから、もっと「旅行らしいもの」を買うのかと思っていたからです。
でも、お客様たちは棚の前で真剣に成分表を見比べながら、
「これは普段使いしやすいか」
「家族にも持って帰れるか」
「子どもにも喜んでもらえるか」
そんなことを話しながら、みんな棚の前に一つ一つ丁寧に商品を選んでいました。
その様子を見ているうちに、私はふと、「人が最後に持ち帰ろうとするものは、案外こういうものなのかもしれない」と実感しました。
疲れた時に飲むビタミンだったり、毎日使うクリームだったり、家族へ渡すための薬だったり。また日常へ戻ったあと、自分の生活や、大切な人の生活を少し支えてくれるもの。
みんな、そういうものを丁寧にスーツケースへ詰めて持ち帰っていくのかもしれません。
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そしてもう一つ、その夜に印象に残っていることがあります。
「案内する側」として店員さんに声をかける時、普段ひとりで買い物をする時とは、少し違う空気が流れていました。
いつもの買い物なら、店員さんとのやり取りは短く終わります。
でもその日は、
「こういうものを探しているんですが」
「これはどう使いますか」
そんなやり取りを何度も繰り返しているうちに、店員さんも少しずつこちらの状況を察してくれて、気づけば一緒に商品を探してくれるようになっていました。
「それならこっちがおすすめですよ」
「このシリーズ、今すごく人気ですね」
必要以上に踏み込むわけではないけれど、完全に無関係でもない。
ほんの短い時間だけ、同じ方向を向いて動いているような、不思議なほどあたたかい時間でした。
終わりに
このアテンドが始まる少し前、私は少し行き詰まっていました。
創作のことや、生活のことを考えているうちに、人と関わることにまで、少し元気を出せなくなってしまっていたのだと思います。
でも、この3日間の中で、私は逆にとても小さなものに救われていました。
言葉が通じなくても、相手に伝わるようにゆっくり話そうとしてくれること。
現場で自然に空いている役割を埋めていくこと。
「今日はもう連絡しなくて大丈夫ですよ」そんな一言で、ふっと肩の力が抜けること。
人と人との間で本当に成立しているものは、思っていたよりずっと小さくて、当たり前のようなものなのかもしれません。
そして今は、そういう小さな空気の動きもまた、自分にとって大事な感覚になり始めている気がします。
(もらったチョコレートみたいに、やさしい時間でした)