先月の記事で、私は「もうすぐ出します」と書きました。
出しました。7月15日に、つぎいちというアプリが App Store に並びました。
そして今日、次の版を審査に出したところです。
出してからの一ヶ月で、いちばん考えさせられたことを書きます。
それは「AIに任せられること」と「任せられないこと」の境目でした。
いまの作り方は、AI4体との分業です
私はコードを書くのが速いわけではありません。
だから、開発の進め方そのものを分業にしています。
役割の違うAIを4つ、順番に動かします。 計画を立てるAIが「今回はここまで作る」という仕様書を書き、実装するAIがコードを書き、デザインするAIが見た目を整え、最後に評価するAIが「仕様書のとおりに動くか」をテストする。不合格なら、該当する担当に戻ってやり直しになります。
この形にしてから、私が手を動かす時間はずいぶん減りました。 代わりに増えたのは、「何を作るかを決める時間」と「本当にそうなっているかを確かめる時間」です。
正直、最初は不安でした。自分が書いていないコードで動くアプリを、自分のものと言えるのだろうか、と。 いまは言えます。むしろ、決めることに時間を使えるようになったぶん、前より自分のものになった気がしています。
それでも、見つけたのは私でした
先日、こんなことがありました。
つぎいちには、タスクを終えたときに出る「完了画面」があります。
そこに「AIからの提案」という欄があって、次にやるとよいことを教えてくれる。
作業が全部終わったあと、少し途方に暮れる時間を支えるための機能です。
評価担当のAIが動かしているテスト画面を、私はたまたま眺めていました。
そして気づきました。
そのAIは、私のタスクを1件も知らないまま「次はこれ」と提案していたのです。
調べてみると、アプリがAIへ渡していたのは、たった一行の決まった文章でした。「今日のタスクをすべて終えた。次に何をするとよいか提案してほしい」。それだけ。 何を終えたのかも、何が残っているのかも、渡していない。だからAIは、存在しないものについて、もっともらしく話すことができてしまう。
しかもその一行は「すべて終えた」と言い切っていました。
タスクを1件だけ作って終えた人にも、同じ文章が飛んでいたわけです。
なぜ、4体のAIは気づかなかったのか
これは、AIが頼りないという話ではありません。
評価するAIの仕事は、「仕様書に照らして合っているか」を判定することです。
そして、あの提案の中身は、どの回の仕様書にも書かれていませんでした。
書かれていないものは、誰の視野にも入らない。
責めるところではなく、そういう仕組みなのだと思います。
そのとき私が書き留めたのは、こんな一行でした。
「仕様書に無いものは、誰も見ていない」
いちばん強い検査は、テスト中の画面をたまたま眺めていた人間の目だった、ということになります。
気づけたのは、私が当事者だからでした
もうひとつ、自分でも意外だった発見があります。
私がこれを「まずい」と感じたのは、技術的におかしいからではありませんでした。 「タスクが1件も残っていないのに、次を提案される」ことそのものが、嫌だったのです。
提案が出ると、人は「まだ何か残っているのかな」と読みます。 終わったのに、終わった気がしない。私はその感覚を、ずいぶん長く味わってきました。やることを片づけたあとに、なぜかまだ落ち着かない、あの夜のことです。
つぎいちは「煽らない」ことに、いちばんこだわって作っています。
なのに、終えた直後にいちばん煽っていたのは、自分のアプリでした。
だから次の版では、提案の出し方そのものを変えます。 残っているときだけ、しかも今日やるものがあるときだけ、そっと出す。全部 終わっているなら、何も出さない。おつかれさまで終わりにする。
分業は、私を自由にしてくれました
こう書くと「やはり人が見ないとだめだ」という結論に聞こえるかもしれません。
でも私が言いたいのは、その逆に近いです。
4体のAIが作ってくれるから、私は「見る」ことに時間を使えました。 自分でコードを書いていたら、あの日はきっと実装で手一杯で、テスト画面を眺める余裕はなかったと思います。
支援される側だった私が、支援を作って出す側になりました。 そのあいだにいちばん変わったのは、技術ではなくて、自分の時間の使い方だったのかもしれません。
つぎいちは、App Store で配信中です。 「やらなきゃ、は分かっているのに動けない」——その夜を過ごしたことのある方に、使ってもらえたらうれしいです。
▶ つぎいち(App Store)
https://apps.apple.com/jp/app/id6788242620