「遊び」と「勉強」の境界線。誰もがバラバラなビジョンを見ている。:STEAM教育のリアルVol.1
目次
真面目で優秀なAくん。しかし、自由制作には難色を示した
子供にとってのプログラミングは「遊び」か「勉強」か
生徒も保護者も、講師も運営も、考え方がバラバラ
若すぎる、そして進化が早すぎる教育科目が故の歪み
真面目で優秀なAくん。しかし、自由制作には難色を示した
「先生、課題が終わりました」
Aくんの言葉を受けてプログラムをチェックした。問題は見当たらなかった。
Aくんは中学1年生の生徒だ。マインクラフト教育版のコースを経て、中高生向けの上級クラスへ進んでいる。真面目で優秀であり、初めてのJavaScript課題もしっかりと解き進めていた。
「じゃあここで、ちょっとだけ自由制作をして貰おうかな」
「自由制作、ですか?」
私の言葉にAくんは不安そうな顔をした。
まだまだ勉強をはじめたて、ゲームなどは作れない事は私も分かっている。
だから、私の方で簡単なベースプログラムを用意しておいたのだ。
これはボタンをクリックすると文字が表示されるだけの簡単なサンプルで、入力フォームに書いた文字を読み取る事も出来る。
これを改造すれば、ランダムな文字が出てくる「おみくじ」ぐらいは作る事はできる。
入力した数字によって展開を変える「選択肢式のストーリー」なども作れる筈だ。
そこまで説明してもなお、Aくんの表情は暗いままだった。
あくまで学んだことを活用する――アウトプットの練習なので、どんなものを作っても構わない。表示される文字も、いくらふざけたって構わない。
それでもAくんは悩みに悩んだ挙げ句、最終的に「私が例として提示したおみくじ」そのままと言えるプログラムを作成していた。
子供にとってのプログラミングは「遊び」か「勉強」か
不思議だった。
少々不真面目でよく注意している生徒などは「おみくじじゃなくて、ガチャを作る! イラストの表示もできる!?」など、やりたい事を決めて積極的に質問をしてくれた。
しかし優秀なAくんは、今回のようにサンプルを提示してもなお「サンプルをなぞる」という事しか出来なかったのだ。
ここからは私の推測になるが、不真面目だった子はプログラミングを「遊び」と捉えているからこそ、やりたい楽しい事を詰め込むチャレンジが出来たのではないだろうか。
一方でAくんはプログラミングを「勉強」と捉えているが故に、「間違いがあってはいけない」「おかしな事はできない」と考えが硬くなってしまったのではないだろうか。
もちろん各々の性格もあるだろう。
だが、少なくともこの「プログラミングの捉え方の差」は確実に存在する。
なぜなら生徒だけでなく、親や講師や運営すら、捉え方が千差万別だからだ。
生徒も保護者も、講師も運営も、考え方がバラバラ
●子供の視点
低学年向けプログラミングスクールはチラシや体験会で「遊びみたいな楽しい習い事だよ」という点を強くアピールする。
これは間口を広げる手法として正しい。
しかし当然ながら年次が上がるにつれて難易度は上がってゆき、子供によっては「楽しい遊びだと思ってたのに面倒くさくなってきた」と感じる生徒が出てくる。
数としては少数だが、明確にこの理由で退会した生徒も存在した。
かと思えば、Aくんのように「しっかりと勉強と捉えているが故の堅さ」が出るケースもある。
生徒によってプログラミングスクールの捉え方がバラバラなのだ。
●保護者の視点
子供と同様に、大人の考え方もバラバラだ。
保護者で多いケースは「興味を持ってる事に楽しく触れられればいい」という考え方だ。
エンジニアのお父様なども「技術の分野は自発的に勉強しなければ身につかないから、楽しさ・モチベーション重視で良い」という考えの方も多かった。
一方でもちろん「情報学習の一環として勉強させている」という家庭も存在する。
●運営の視点
スクール運営としては「重要な勉強である」という面を推したいケースが多い。
「ただの遊び」では重要性が訴えづらく人が離れる可能性があり、かつ、授業料やイベントなどの料金についても「勉強」という路線の方が高めに設定しやすい。
●講師の視点
講師についてはスキルによってバラバラで、プログラミングの知識が浅くテキスト通りの指導しか出来ない講師は聞きかじった情報で過度なアピールをする事もある。
スキルが高い講師については、かえってカリキュラムのレベルや長短そして高校大学で触れる情報学習への結びつきを考慮して慎重な言葉選びをする事が多い。
●学校の視点
現在では学校でもプログラミングや情報学習の導入がはじまっているが、当然ながら大半の教師は情報学習について学んで来なかった。
あくまで私が聞いた限りだが、学校や教師ごとにサポートできる内容の差が激しいのが現実らしい。
文科省として行いたい事、学校単位で行いたい事、講師単位で行える事、やはり噛み合っているとは言えないだろう。
こういった細かく複雑な歪みが、情報教育全体に根付いている印象がある。
若すぎる、そして進化が早すぎる教育科目が故の歪み
私がはじめてSTEAM教育(当時はSTEM教育)という言葉を耳にしたのは10年ほど前になる。
当時は「新しいスクール」という程度の認識だったが、月日は流れ、今や学校の授業でもプログラミングに触れるのが当たり前になった。
2025年からは大学入学共通テストでも、受験科目として「情報Ⅰ」が追加されている。
【文部科学省 大学入学共通テストへの『情報Ⅰ』の導入について】
https://www.mext.go.jp/content/20211021-mxt_daigakuc02-000018569_3.pdf
厳密に言えば、情報教育 = STEAM教育ではない。このあたりの説明は長くなるため割愛するが、どちらも現代社会を生き抜くために重要な「デジタル知識・技術」であることは間違いない。
ともあれITやプログラミングの知識があればあるほど、このデジタル社会を便利に、そして豊かに暮らせる。それは間違いない。だからこそこういった教育は重要である。
……はずなのだが、今回書いた通りまだまだ「チグハグでバラバラ」というのが現状なのだと感じている。
私もまた「こうすれば解決する」などという解答を持っている訳ではなく、単純な解答など存在しないのかもしれない。
だが、だからこそこの業界を10年見てきた事で得られた知見や意見を元に、少しでも良いSTEAM教育の未来を目指していきたいと考えている。
【お知らせ】
この「STEAM教育のリアル」シリーズは、隔週水曜日に更新していく予定です。
現場で戦う講師や教材開発者の皆様、そしてこれからの教育に興味のある皆様と、この「正解のない問い」を深めていけると嬉しいです。
次回、STEAM教育のリアルVol.2:高度な教材でも発生する油断と慢心。「子供を相手にする」という事