表現で、人と人がつながるきっかけをつくり続けてきた話
私は5歳の頃、絵を描くと黒ばかり使っていたことを心配した両親の勧めで、アート教室「調布美術研究所」に通い始めました。
そこで出会った先生は、今でも人生の師と呼べる存在です。
工作や絵を通して「つくること」が当たり前にある環境で育ち、
中学では一度野球部に入りアートから離れますが、片倉高校造形美術コースを目指し、再び美術研究所に通い始めました。
2007年、片倉高校に入学。
3年間アートとデザインを学び、美大を受験しますが結果は不合格。
その後はフリーターとして働きながら、アイドルの推し活にのめり込む時期を過ごしました。
最初は楽しかったものの、次第に
「このままでいいのか」
という不安が大きくなっていきました。
「やりたいこと」と「好きなこと」を言葉にした日
悩んだ末、久しぶりに調布美術研究所の先生を訪ね、自分の将来について相談しました。
そこで改めて、自分は何がしたいのかを深く考えることになります。
その時に言語化できたのが、
「自分の活動をきっかけに、人と人がつながり、その関係が広がっていくことをつくりたい」
という想いでした。
では、自分は何が好きなのか。
考えたときに真っ先に浮かんだのが、アニメや特撮などのサブカルチャーでした。
「人と人をつなぎたい」
「サブカルチャーが好き」
この2つを掛け合わせたときに出てきた答えが、
ヒーローショーをつくることでした。
何もないところからヒーローショーを立ち上げる
2013年、高校の同級生で特撮に詳しい友人に声をかけ、
ヒーローショー制作団体「ユウグライド」を立ち上げました。
最初は右も左も分からず、
企画、キャラクター設定、運営方法、すべてが手探りでした。
2014年、オリジナルヒーロー
「ギャラクシーケイビネコ・ギャネック」
が誕生。
そこから地域のお祭りやイベントに参加し、
グリーティングやミニショーを重ねながら、
少しずつギャネックの存在を知ってもらう活動を続けました。
人が集まり、関係が生まれていく実感
2017年5月、初の自主開催ヒーローショーを実施。
これまでの活動で出会った地域のローカルヒーローたちを招き、コラボ形式で公演を行いました。
以降、2024年まで年1〜2回のペースで主催公演を継続。
2023年の「ギャフェス2023」では、合計動員数100名を達成しました。
企画を立て、仲間を集め、形にし、当日を迎え、
子どもも大人も笑顔になる空間をつくる。
その中で強く感じたのは、
自分は作品をつくっている以上に、“関係”をつくっているという感覚でした。
2024年、公演を一区切りにユウグライドを脱退します。
げんきアートとの出会い、そして現在
2023年からは、調布美術研究所の先生の誘いで
障がい者アートプロジェクト「げんきアート」に参加。
現在は
・企画運営
・動画制作
・フライヤーデザイン
・SNS運営
などを担当し、障がい者アートの魅力を伝える活動を行っています。
ここでも私の役割は、
「つくる」だけでなく
「伝える」「つなぐ」「場をひらく」ことです。
出会いに支えられてきた人生
これまでを振り返ると、
自分の人生は常に「人との出会い」に支えられてきたと感じます。
先生、ユウグライドの仲間、地域で出会った団体の方々、
そしてギャネックを応援してくれた人たち。
人と人をつなぎたいと思って始めた活動でしたが、
いつの間にか、自分自身も「つながってきた側」でした。
これから
これからは、
イベント企画、展示企画、空間プロデュース、体験型コンテンツ、文化事業など、
「人が集まり、場が生まれ、関係が動き出す仕事」に携わりたいと考えています。
ヒーローショーやげんきアートの活動を通して、
企画を立て、仲間を集め、制作し、発信し、当日を迎え、
その後の関係まで育てていくプロセスを一通り経験してきました。
私は制作単体よりも、
「何をやるか」から「どう体験されるか」までを設計する役割に強いやりがいを感じます。
企業・行政・地域・クリエイターなど、
立場の違う人たちをつなぎながら、
想いが形になり、体験として立ち上がる現場に関わり続けたい。
将来的には、
企画・制作・発信を横断できる人材として、
プロジェクトの“芯”をつくれる存在になることを目指しています。