半年で10ヶ国を旅行して思ったこと
この経験は「次の世代を担う人へ普遍的に価値あるものを提供できる仕事がしたい」というプロフィールにある考えにつながっています。なぜそう思うに至ったかの経緯をこれから語ります。
そもそも海外に行こうと思ったきっかけは自分の価値観の狭さに気付いたことです。周りの人が当たり前のように高収入の仕事を望んだり、結婚しようとすることになんとなくの違和感を覚えていたのですが、その根拠をはっきり言えるほど成熟していなかったので、いつかは自分にも納得できる瞬間があるのかと思っていました。しかしいつまで経ってもその瞬間は来なかったので、いっそ思い切って海外に行くことで、無理矢理にでも視野を広げなければならないという切迫感を感じていました。
冒頭の考えに至ったきっかけは、一番最初に訪れたマレーシアにて、10歳くらいの子供が露天商の準備のために豚の生足を千切っている場面に遭遇したことが要因として大きいです。それを見た瞬間、自分はその子供のことを本当に可哀想に思いました。ただその直後、ペンギンストリートという有名なアートストリートにて、二人の子供が幸せそうに自転車を二人乗りしているイラストを見たとき、自分が幸せの価値観を一方的に押し付けていたことに気付きました。おそらく子供の労働を可哀想に思うことは正しいのですが、その正しさは日本のような生活水準で生きてきた人にとっての正しさでしかないのではないか。この違和感から、自分の価値観の狭さに改めて気付かされ、もっとたくさんの世界を見ておくことの重要さを思い知らされ、そして半年で10ヶ国を渡り歩くに至りました。元々はオーストラリアでワーキングホリデーをするつもりだったのですが、一箇所で安住するよりもまずは視野を広げることの重要性を優先して早急に切り上げ、ヨーロッパ計8ヶ国へ旅行することにしました。
こうして視野を広げた結果、まずは個人的課題としてあった現代の価値観に対する違和感は「環境によって異なる」という一言で解決されました。そして10ヶ国を旅行し終わった感想としては、もう個人的な欲求はある程度満たされたな、というものでした。海外にいる間、それら各国の文化を比較対象として自分自身を振り返ることが多かったのですが、自分がたくさんの人の愛情や社会システムの恩恵によってこの年まで生きてこられたことに今更ながら気付きました。自分が生きてきた20数年間の日本は世界史的に見ても稀に見るほどの治安の良さで、そんな環境で育ててもらえたことの恩恵をただ受け取って終わりというのは、今の自分の価値観からすれば許容できないことです。だからこそ、せめて自分が受け取ったものと同程度のものを次の世代に渡すことが今の自分の役割だと考えています。ただしその際には、一方的な正しさの押し付けになっていないこと、相手の背景を前提にした価値提供ができる仕事をしたいと思っています。