【渡部遼・埼玉県朝霞市】バグに相談して進路を決めた話
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システムエンジニアとして働いていると、どうしても避けられないのがバグとの対話だ。最初の頃はその存在がただの壁にしか見えなかったのに、ある日ふと気づいた。バグというのは、仕組みの影に潜む小さな違和感の集合体で、その違和感こそが自分の進みたい方向を示してくれているのではないかということに。もちろんバグは語らない。けれど、黙っているくせにこちらの思考を容赦なく浮き彫りにしてくる。その在り方が、いつしか自分にとって相談相手のようになっていった。
あるプロジェクトで、どうしても解決できない不具合があった。原因を追っても辿り着く場所はどれも違っていて、まるで迷路の出口を隠されているようだった。普通なら焦りや苛立ちが押し寄せるはずなのに、その時なぜか別の感情が湧いた。この複雑さを面白いと思っている自分に気づいたのだ。そこで初めて、自分は単に問題を解くのが好きなのではなく、問題そのものの持つ構造を観察するのが好きなのだと理解した。
思えば、システムエンジニアという仕事に惹かれた理由もそこにある。世の中の仕組みを分解し、筋道を探して再構築する。動くことが当たり前だと思われている背景には、無数の意図と偶然が入り混じって流れている。表に出ない世界の動きをこっそり覗けるというだけで、この職種には独特の魅力がある。
その後も、難しすぎて誰も手を挙げない案件が回ってくるたび、なぜか自分は興味をそそられた。決して才能があるわけではない。ただ、少しでも構造の輪郭が見える瞬間があると、それだけで時間を忘れてのめり込んでしまう。解決した時の解放感よりも、試行錯誤の途中にある静かな高揚感の方が好きなのかもしれない。
ある時、ふと「自分はどんなエンジニアになりたいのか」と考えた。流行の技術を追うスピード感も必要だけれど、それだけでは胸の奥が満たされない。自分が本当に求めているのは、仕組みの裏にある必然を見抜く眼と、その必然を人に伝わる形に組み立て直す力だと気づいた。つまり、技術を使って問題を解く人ではなく、問題の意味そのものを整理し直せる人になりたいのだ。
そう思うようになってから、仕事の見え方が少し変わった。バグはただの障害ではなく、システムが語りかけてくるメッセージのように思える。仕様書に書いていない意図がそこに染み出していて、まるで「この仕組み、本当にこの向きでいいのか」と問いかけられているようだ。バグが示す違和感をひとつずつ拾うことで、プロジェクト全体の空気まで読み取れる瞬間がある。
もちろん、現実はそんなにロマンチックではない。納期は迫るし、要件は増え続けるし、複数のタスクが同時に重なるのは日常だ。それでも、自分なりの視点をひとつ持っているだけで、混乱の中にも一本の道筋が見えるようになる。大きな挑戦の中にいる時こそ、自分の思考のクセが鮮明になる。そこで浮き彫りになった自分の本音こそ、次に選ぶべき方向を教えてくれる。
最近、後輩に「どうすればこの仕事を楽しめますか」と聞かれた。その時、自分でもびっくりするほど自然に答えが出た。「楽しもうとしなくていいから、違和感を拾ってみるといいよ」と。それは、かつてバグに悩まされていた自分が一番救われた方法だった。違和感は成長の手がかりそのものだ。そこから逃げなければ、進むべき場所はちゃんと浮かび上がってくる。
今日もまた、新しい不具合と向き合っている。きっと時間はかかるだろう。でもその向こうに、自分がまだ知らない構造が隠れていると思うと、少しだけわくわくする。進路を決めるきっかけがこんなところに潜んでいたなんて、以前の自分なら想像もしていなかった。バグに相談するなんて奇妙な発想だけれど、そのおかげで自分がどこへ向かいたいのか、はっきりと見えるようになってきた気がする。