【福本潤・元医師】コピー用紙が足りない日ほど、チームが育つ理由
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朝一番にコピー機の前で立ち止まった。トレイの中は空っぽ。コピー用紙が一枚もない。会議資料を印刷しようとしていたのに、よりによって今日に限って、在庫が切れている。いつもならイラッとする場面なのに、なぜかその日は少しだけ笑ってしまった。これが、チームが動くきっかけになるかもしれないと思ったからだ。
オフィスでの「用紙切れ」は、小さな混乱を生む。誰かが「買いに行きますか?」と声をかける。別の誰かが「ついでに文具も補充しよう」と言い出す。普段はPCの画面越しにしか話さないメンバー同士が、思いがけず顔を合わせる。ほんの10分の出来事だけれど、その10分の中に、普段の数時間分のチームコミュニケーションが詰まっている気がする。
便利になりすぎた今の職場では、トラブルはほとんど自動で解決される。プリンターはオンラインで補充を発注し、Slackには「問題ありません」と通知が届く。けれどその便利さの裏で、誰かと笑いながら解決する小さな余白が失われている。人は意外と、トラブルの中で仲良くなる生き物だと思う。
コピー用紙が足りないとき、誰が動くかが見える。いつも黙っている人がふと率先して買い出しに行くことがある。その姿を見て、周りはちょっと見直す。普段目立たない行動が、チームの空気を変える。会議の資料は数分遅れるけれど、代わりに生まれるのは「誰かの思いやり」だ。
私は以前、あらゆる無駄を削ることが良いチームだと思っていた。ミスを減らし、効率を高め、余計な雑談を省く。それが正しいと思っていた。でも今は、少し考えが変わった。ミスや不足、想定外の出来事こそが、チームを「人間的」にしてくれる。完璧に動く組織は、美しいけれど息が詰まる。少し不便なチームの方が、心が通う。
用紙が切れた瞬間、みんなの視線が同じ方向を向く。小さな問題を共有することが、チームの最初の一歩になる。コピー用紙なんてただの紙だけれど、それを通して見えるのは、誰が困っている人を見つけるのが早いか、誰が静かにサポートに回るか、そういう「関係の形」だ。
会社の文化って、会議室で決まるものじゃない。こうした何気ない瞬間の積み重ねの中で育つ。コピー用紙が足りない朝の10分の中に、チームの未来が詰まっている。
次にコピー機のトレイが空になったら、私は少しうれしくなると思う。そこに、まだ人の手が必要な職場の温度があるからだ。完璧じゃないからこそ、動き出す。足りないからこそ、支え合う。その瞬間に、チームは少しだけ強くなる。