旬の味通信 ― 第二章:島をめぐる、風と祈りのレシピ
旬の味通信 ― 第二章:島をめぐる、風と祈りのレシピ
黒糖の祈り
― 苦味の奥にある、やさしさの記憶 ―
西の空が茜色に染まりはじめるころ、
与那国島の製糖釜から、黒々とした煙がのぼる。
風に混じって漂うのは、焦げたような甘い香り。
その香りを嗅ぐと、胸の奥にじんわりと温かいものが広がる。
それは、懐かしい“甘みの記憶”だ。
黒糖職人の上原さんは、今年で七十を越える。
日に焼けた腕に深い皺が刻まれ、その手には火の跡が残る。
「黒糖は、焦げと向き合う仕事さ」と笑う。
さとうきびを搾り、鉄鍋で煮詰める。
その間、火の加減をひとときも離れず見守る。
「焦げすぎてもダメ、弱くてもダメ。
ちょうどいい“苦み”を見極めるのは、心の機嫌と同じさ。」
上原さんが若い頃、工場勤めをやめて島に戻った理由を尋ねると、
「この手で“島の甘み”を守りたかった」と言った。
祖父の代から受け継いだ釜をもう一度火にかける──
そのとき、覚悟よりも先に、祈りがあったという。
「苦いもんを苦いまんまにせず、
やさしく包むのが人間の仕事なんだよ」
その言葉は、静かに心に沁みた。
火の前に立つ上原さんの背中を見ていると、
時間がゆっくりと戻っていくようだった。
鍋をかき混ぜる木べらの音、湯気の中に漂う砂糖の匂い。
そのすべてが、島の風景を形づくっている。
「黒糖ってのは、甘さの中に苦みがある。
だからこそ、食べた人の心が落ち着くんですよ。
苦みを知らん甘さは、すぐに消える。」
店に戻り、上原さんの黒糖をひとかけら口に含む。
最初に広がるほろ苦さのあと、
深い甘みが静かに残る。
それはまるで、人の人生のようだ。
苦みを抱えながら、それを隠さず、
やさしさへと変えていく。
そんな生き方が、この黒糖の味になっている。
今夜は、その黒糖で作ったソースを
島豆腐のデザートに添える。
甘さの奥にある祈りを、
お客様にそっと届けたいと思う。
火を見つめ、風を聴き、
人の手が祈りをつむぐ──
この島の味は、いつもそうして生まれてきたのだ。