【前嶋拳人】オフィスの窓から見えた、コードより複雑な人間模様
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初めて大手SIerのオフィスに入ったとき、窓の外の景色が妙に印象に残った。街路樹の隙間を縫うように行き交う人々、その動きはまるで複雑なアルゴリズムのようだった。同期と並んで作業していたあのデスクの向こうに、人生の断片が無数に交差していることに気づいたのは、意外にも早い段階だった。
僕はシステムエンジニアとして、要件定義から設計、実装、テストまで一貫して経験してきた。大規模プロジェクトでは、膨大なデータの流れや処理を正確に制御することが求められる。しかし、人間という生身の存在は、コードのように予測通りには動かない。どんなに計画を立てても、思いがけない行動や感情が混ざり、予期せぬ結果を生む。
フリーランスになってから、その現実をさらに肌で感じるようになった。クライアントとの打ち合わせ、リモートでのコミュニケーション、プロジェクトの進行──どれもコードを書くのと同じくらい、観察力と想像力が求められる。人の意図や感情を読み違えれば、スムーズな開発は成立しない。技術力だけではなく、人間力が試される瞬間だ。
ある日のこと、リモートミーティング中にクライアントがぽつりと呟いた。「こういうとき、どうしても焦ってしまうんですよね」と。その言葉に、僕はすぐに応えようとはせず、少し沈黙した。焦る理由や背景を想像する。その数秒の余白が、相手の心を開くきっかけになることを、経験的に知っているからだ。
技術もプロジェクト管理も大切だ。しかし、最終的にプロジェクトを成功させるのは、人と人との関係性だ。コードのバグは修正できるが、人の心のバグは、急には直せない。その事実を意識することで、僕は開発のスピードよりも丁寧なコミュニケーションを優先するようになった。
オフィスの窓から見た街の人々の動きは、今でも頭に浮かぶ。目の前の画面に映る文字列も、向こう側にいる人の感情も、どちらも予測不可能な変数に満ちている。だからこそ、フリーランスとして働く今、僕はコードを書く手を止めることも覚えた。目の前の人や状況をじっくり観察し、理解する時間を大切にすることで、プロジェクトも自分自身もより豊かに動くのだ。
今日もまた、画面越しに人の声や表情を感じながら、コードを書き進めている。窓の外の世界と同じように、仕事の中にも無数の複雑さが交差している。それを楽しめるかどうかが、エンジニアとしても、人としても生き抜く力の源泉なのだと思う。