【阪田和典】「風」は、会社の空気より先に変わっていた
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ある日、出勤途中のビル風に思い切り髪を乱された。その瞬間、なぜだか笑ってしまった。前髪を整えながらふと、「この風、昨日とは違う」と感じたのだ。もちろん風向きの話ではない。職場の空気も、チームの雰囲気も、少しずつ変わっている。けれど多くの人は、それを感じる前に「変えよう」と言ってしまう。私はその順番が逆なんじゃないかと思った。
組織が変わる瞬間というのは、会議室の中ではなく、もっと小さな「気配」から始まっている。誰かが新しい提案をしたときに空気がわずかに動く。休憩時間の雑談で、笑い方が一つだけ変わる。そんな「風向きの変化」を察知できる人が、実はチームの中でいちばん重要な存在なのかもしれない。
私自身、以前は「変革」という言葉に憧れていた。壮大な目標を掲げ、ゼロから仕組みを作ることこそが価値だと思っていた。でもある日、チームメンバーが何気なく「最近、みんな前より楽しそうですよね」と言った。その瞬間、心の中で何かが静かにほどけた。大きな変化は誰かの宣言からではなく、日常の「風の流れ」が変わるところから始まるのだと。
風は、誰にも止められない。方向を決めることもできない。けれど、どの角度から吹いているのかを感じ取ることはできる。そこにチームの今の状態がすべて表れている。メンバー同士の信頼が深まると風は柔らかくなり、焦りが増えると突風のようになる。そう考えると、組織づくりって「風を読む力」なのかもしれない。
最近、私は会議室の空調の音よりも、人の話し方や間の取り方を意識して聞くようになった。声のトーン、言葉のリズム、沈黙の長さ。どれも数字では測れないけれど、確実に空気を動かしている。人が安心して話せる環境には、一定のリズムがある。そのリズムが心地よいとき、風も自然といい方向へ流れていく。
ビジネスの現場では、戦略やKPIの話が中心になりがちだ。でも、もし「風の流れ」を見失ってしまったら、どんな優れた戦略も息苦しくなってしまう。だから私は最近、打ち合わせの終わりに必ず窓を少し開けるようにしている。外の風が入ってきた瞬間、場の空気がリセットされる。それだけで不思議と次の会話が柔らかくなるのだ。
きっと、会社という場所は「風通しがいい」ことを理想とするけれど、それは単にオープンなコミュニケーションという意味ではない。意見のぶつかり合いも、沈黙の時間も、全部含めて一つの風景になる。大切なのは、その流れを無理に止めようとせず、変化のサインとして受け止めることだ。
今日も帰り道、あのビル風に吹かれながら思った。
この風が冷たく感じるか、心地よく感じるかは、自分の立ち位置次第なんだ。
職場もきっと同じだ。風を嫌がらずに、少しだけ顔を上げてみる。そこからすでに、空気は変わり始めているのかもしれない。