「その辺、一回りして……」──あの数秒間に、Dはゾクゾクする。
テレビのディレクターや構成ライターを30年以上続けていると、ごく稀に、理屈や計算を超えた「奇跡のような瞬間」に出会うことがあります。
私たちの業界では、それを「神様の贈り物」と呼んだりします。
ロケ先で偶然お祭りが始まったり、大雨のはずなのにカメラが回っている一瞬だけ光が差し込んだり。 だけど、私が何より愛おしいと思う「神様の贈り物」は、人と人とが向き合ったときにだけ生まれる、あの不思議な「間(ま)」の時間です。
今回は、私の心にずっと残り続けている、2つの「間」の話をさせてください。
■ お父様の優しい嘘と、最後の一手
あるホスピス(緩和ケア病棟)を取材していたときのことです。 入院されているのは一人の父親。恐らく余命は数ヶ月もない、1月の初旬でした。
もうすぐ成人式。お父様は、娘さんの晴れ姿を見るのを何よりも楽しみにしていました。
「明日、晴れ着姿で病室を訪ねる」 誰も口には出さないけれど、部屋中、いや病院中の誰もが『その姿をお父さんに見せたい』と願っていました。前夜、私は娘さんと翌朝8時半に駐車場で待ち合わせ、病室へ入る瞬間からカメラを回す約束をしました。
しかし翌朝、予定の時間を過ぎても娘さんは現れません。 嫌な予感がして10分後、そっと病室を覗くと……彼女はすでに、満開の晴れ着姿でそこに座っていました。
「やってしまった」
私たちは撮るべきスタートの絵を逃してしまったのです。プロとして、言い訳のできない大失態。現場に気まずい沈黙が流れます。攻めることもできず、ただ困り顔立ち尽くす私たちスタッフ。
その時でした。ベッドのお父様が、ふふっと笑ってこう言ったのです。
「折角だからさ、その辺一回りして、もう一回上がってきてあげれば?」
お父様の、粋で、優しすぎる嘘でした。 私たちの失敗を察し、カメラを回すチャンスを「一回り」という言葉で作り直してくれたのです。
娘さんはその優しさに甘え、一度部屋を出て、もう一度病室に入ってきてくれました。私たちは無事に、最高に美しい晴れ着姿の娘さんを捉えることができました。
──しかし、ドラマはそこで終わりませんでした。 娘さんが再び病室に入った次の瞬間。それまで気丈に笑っていたお父様が、大粒の涙を流して、子供のように泣き出したのです。
あっけにとられる私たち。 きっと、神様(弱虫なので普段はこの言葉は使いませんが)が用意した、最後の一手。あの、やり直しのための数秒間の「間」があったからこそ、お父様の中にあった堰(せき)が切れ、本当の感情が溢れ出たのだと思います。
あの「間」がなければ、あの本物の涙の映像は、この世に生まれていませんでした。
■ 赤いネルシャツの背中と、天才の「タメ」
もうひとつは、ある子供病院での出来事です。 ナビゲーターを務めてくれたのは、当時トップグループのナンバーワンであり、今も第一線で活躍し続ける、誰もが知るアイドルであり名役者でした。
私たちは、重病を患う一人の女の子をずっと追いかけていました。 ロケの最中、その子が彼の着ていた赤いネルシャツの背中にそっと手を入れ、こう言いました。
「あったかぁーい」
数日後、彼はナレーションブースに入り、そのシーンに声を吹き込んでいました。 映像がその場面に差し掛かったとき、彼は「ちょっといい?」とマイクを止め、私をブースの中に呼び寄せたのです。
「(ナレーションの言葉)どうしようか?」 「『〇〇ちゃんの手も温かい』がいいんじゃないですか?」
私の提案を聞いた彼は、一瞬、深い静寂に沈みました。
「あ~~……」
言葉を噛み締めるような、あの短い「間」。
彼は決して、セリフに悩んでいたわけではありません。彼の圧倒的なセンスなら、瞬時に正解を出せたはずです。 だけど、あの「あ~~……」というタメの中で、彼はもう一度、あの病室の空気や、背中に感じた女の子の手の温もりを、心の中で抱きしめ直していたのだと思います。
「そうだね。そうしよう」
そう言って彼が吹き込んだ声を聞いた瞬間、アナブースの中にいた男二人は、目に見えない大いなる力にふんわりと抱きしめられているような感覚に包まれていました。まさにD(ディレクター)として、身体がゾクッとする瞬間でした。
■ 贅沢な「余白」を、一緒に喜べる仲間へ
テレビの仕事は、忙しいです。スケジュールに追われ、数字に追われ、効率を求められることもあります。 だけど私は、ただテンポが速いだけの、中身のない映像を作りたいわけではありません。
言葉と言葉の間に流れる、人間の愛おしさ。 計算して作ることのできない、奇跡のような数秒間。
そんな「素敵な間」を現場や編集室で一緒に体験し、「今の、最高だったね」と顔を見合わせて喜べる。私はこれからも、そんな風に血の通ったコンテンツを、愛を持って作っていきたいと思っています。
効率やテクニックだけじゃない、その先にある「表現の向こう側」を、一緒に面白がれる仲間を探しています。
もし、この記事を読んで何か心に引っかかるものがあったなら。 近いうちに、私から「ちょっと話さない?」ってスカウトのメッセージを送らせてください。(送っていただいても大喜びです。)
その時は、お互いの好きな「間」の話でもしながら、まずは気楽に、お茶でも飲みましょう。